決戦前日
翌朝、ウェルシー伯領の(ひいては帝国の)命運をかけ、公称約1万人の(しかし、実際にはその半分程度の)軍団がミーの町を出発した。夜には前線に到達し、前線で敵と対峙している部隊と合流、翌日には決戦という予定になっている。
わたしは伯爵の指揮する中央軍にいて、プチドラを抱き、ピクニック気分で馬車に乗っていた。事前の説明によれば、中央軍は戦場全体を見渡せる後方の小高い丘に陣取ることになっていた。左翼軍はゴールドマン騎士団長の騎士団が中核となり、右翼軍は「皇帝の騎士」バーン・カニング氏が指揮し、まず、弓兵が敵陣に大量に矢を放ち、次に、左翼では騎士が、右翼では(騎士とは別の)騎兵が敵陣に向かって突撃、さらに、歩兵が騎士や騎兵に続いて第二撃を与えつつ戦果を拡大し、最終的には左右から包み込むように敵軍の殲滅を図るという作戦であった。
「ねえ、プチドラ、今回の作戦はうまくいくと思う?」
「どうかな。実際にやってみないと分からないな」
わたし的には、騎士や騎兵などの快速部隊は一つにまとめ、集中運用により敵陣の突破を図るほうが勝率は高そうな気がする。ただ、カニング氏と騎士団長の仲の悪さからすると、二人が顔を合わさないですむ方法が一番かもしれない。
「カトリーナ殿、疲れたら、いつでも言って下さいよ」
「ええ、ありがとう」
伯爵は颯爽と、自慢の白馬に騎乗していた。見事な装飾が施された甲冑を身につけ、マントをなびかせている。強そうには見えないが、姿かたちはなかなかいい男だ。ちなみにわたしは、相も変わらず漆黒のメイド服。
「ところで、カトリーナ殿、前々から気になっていたのだが……」
「はい、なんでしょう。」
「その黒いメイド服に、何か意味があるのかね?」
「話せば長い話になりますが、ある大切な人とのお約束のようなものです」
「大切な人? ああ、そうだったのか……」
伯爵は、急に気が抜けたように、力のない声で言った。
「つまり、喪服のようなものです」
「喪服? すると、その大切な人って?」
伯爵は、急に元気を取り戻したような声で言った。
「もう二度と会うことはないでしょう」
「そうか、君もいろいろと苦労していたんだな」
伯爵は、なんだか知らないが、一人で勝手に適当なストーリーを作り上げ、納得しているようだ。
そうこうしているうちに、時刻は夕方、中央軍は目的地の小高い丘に到着した。左翼軍と右翼軍が持ち場に到着するまでもうしばらく時間がかかるだろうが、いずれにせよ、決戦は明日だ。果たしてどうなることやら。




