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消える  向かい側



机に置かれた貴族たちからの手紙、見合いパーティへの招待状を握り潰す。

メキメキと固い紙が曲がっていく手の中を他人事のように眺める。


どうやら僕は世間で、血迷って商人の娘に(たぶら)かされたが、無事自分を取り戻した男、というおかしな設定で見られているらしい。わかりやすく同情された文章。自身の娘をすすめる下卑た手紙に吐き気しかしない。


……一体どこのどいつがそんな情報を流したのか?


うんざりだ。本当に。

ゴミ箱に残骸を放り込む。

そのままぼんやりと見つめた窓には、叩きつけるような暴雨と酷い顔をした自分が写っていて……

何度目かのため息をついた僕は、縛っていた髪を解いてぐしゃぐしゃとかき混ぜた。



……今日も、手がかりは無い。






魔導師としての仕事をはじめたのは、いつか来る、家を追い出される時のために、自立できる何かをしていた方が良いと思ったから。一人で生きていくために。


魔力が人より抜きん出て多いということで、僕は物心つき始めたころから、いろいろな実験をやってみた。

褒められたもの、馬鹿にされるようなくだらないもの、叱られるもの、片っ端からやってみると様々な結果が出た。


それを『研究』という形にまとめ上げ、薬、魔術具の作成から、癒やしなどの治療行為、そして魔力を使って物事を円滑に進めるための助力をすることで、報酬を得るようになったのだ。もちろん全ては僕の意思。暗殺などの後ろ暗い依頼は受けていない。例え王侯の要望であろうと追われる立場にはならないように気をつけていた。


だが、自分の容姿においては深く考えていなかったのだ。


高位な女性から町娘まで。今思えばいろいろな種類の女性が僕に声をかけてきた。だが、スーに気にされるぐらい僕は彼女たちに注意を向けてこなかった。

彼女たちがどのくらい僕の容貌と、いつかなくなる予定の『跡継ぎとしての地位』に執着していたかなんて、知るよしもなかった。

考えるべきことは常に膨大に存在し、色恋ごとなど人生のおまけにすぎないと思っていたから。

未来が不確定である僕には、おまけなど必要ないと。


あの夜突然現れた彼女に、マリーに会うまでは。



だから、マリーが必要以上に僕から離れようとする姿勢に納得がいかなかった。

逆に闘志が湧いたくらいだ。何が何でも僕のことを彼女の視界に入れ、その心ごと彼女を手に入れたいと。

要するに、初恋に浮かれた僕には、周りが全く見えていなかったのだ。

……今になってわかるなんて。僕はなんて愚かなんだろう?『漆黒の魔導師』が聞いて呆れる。


あの時、どうしてもっと冷静に考えなかったのか?彼女の実家の情報を僕は把握していたのに。



……マリー、いや、オリビア。君は今何処にいるんだ?



嫌な予感を振り切るようにして仕事から戻った僕は彼女の家を訪れた。

そして聞かされたのは、彼女がもうそこにいないということ。


居合わせた彼女の母親は、涙ながらに起こったことを説明してくれた。

商会への誹謗中傷。嫌がらせ。止む無くそれを娘に説明して、彼女が受け入れるならばと遠縁の家との見合い話まで出したという。僕を諦めさせるために。

だが彼女は涙を零しながら首を振り、気にしないで、迷惑をかけてごめん、と逆に両親に謝罪した。


そしてその翌日、部屋に置き手紙を残して姿を消していたという。


眼前に暗闇が広がり、そこに足場ごと落ちていくかと思った。

真っ青になった無言の僕に、婦人は続けた。


今は家族皆で行方を探している。私達を恨むのは当然だけれども、もし何か連絡があれば教えてほしい、と逆に懇願されてしまった。最悪の事態……自害、に至ってなければいいが、とも。


昔彼女の祖母が亡くなった時、彼女は祖母の跡を追おうと何も口にしなくなり、あと一歩で、というところまで衰弱したらしい。明るい勉強家の彼女だが、思いつめると一気にひとつのことに向かう性格であると。



「私達も油断していたんです、あの子がすっかり元気になって、いつも笑顔で庭の緑と接していたから。

こんなことになるなんて……。商会は続けて行けても、私たちは大事な家族を失ってしまった」



彼女によく似た金髪の婦人は真っ赤な目をして、どれだけ彼女が大事に思われているのかひしひしと伝わってきた。



その場からどうやって離れの家に戻ってきたのか、記憶が定かではない。

にわかに信じられない気持ちで、一瞬、ローレンス商会の家中を荒らして彼女の姿を探そうと考えたが……母親は嘘をついている様子ではなかった。


手紙には、『少しの間留守にします。心配しないで。ほとぼりが冷めたら帰ってきます』とだけ。



『帰ってきます』と書いてあるのだから、自害、ということは無いだろう?

僕が彼女と接した時間はあまりにも短いが、すすんで命を絶つような人には見えなかった。

それにご家族は誤解をしているようだが、僕たちはまだお互いに愛を交わし合っている、とは言えない。

むしろそこまでの感情が彼女にあれば狂喜して、嫌がらせをした連中全員始末して真の意味の『犯罪者(クロ)の魔導師』になって彼女との愛を貫き通してもいいくらいだ。



使い魔の鳥やネズミなど小動物は既に放った。だが一向に成果がない。

遠い場所にいるのか?探索の魔術具を作ってみるか?


持てる全ての魔力を使って君を探そう。

不器用な初恋に振り回されて、君を探してばかりの僕だが、どうか愛想は尽かさないで欲しい。

今度は周りを固めて閉じ込める前に、君の目を見て愛を告げるから。


今はただ、一刻も早く、君の顔が見たい。





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