知り合う 向かい側
そばかすの散った白い肌が薄桃色に染まっている。潤んだ瞳が睨みつけてくる。心の奥がその艶やかな表情にゾクゾクと悶えるのを知りもしないで。
華の芳香に誘われた蝶のように魅惑的なマリーから離れるのは非常に残念だったが、仕方ない。
彼女をエスコートして、庭園の方に導く。
驚いたような安心したようなため息が聞こえて、彼女を緊張させてしまったと、強引過ぎた自分のやり方に苦笑いした。
温室を見せようとは思っていなかったが、興味津々にビニールハウスを見つめる瞳が可愛くて、母の形見の薔薇を見せた。
花よりも土に興味を示す辺りがマリーらしい。
私の魔力の痕跡に目を輝かせているのは素直に嬉しかった。
マリーは僕に近付きたくないから名前を言わない、と言った。そして本当に僕のことを何も知らないようだった。
好き勝手に噂されているのは知っていたが、こうして自分の口で、必要なことだけを知ってもらえることに奇妙な感動を覚える。
彼女は、亡くなった彼女の祖母のことを考えているのか、労るような目を向け、静かに聞いてくれていた。
こんな子がいたんだ……
確かに、優しい癒しの空気を纏った彼女に惹かれていた。輝くスミレの瞳。ふわふわと頼りない黄金の細い髪。柔らかな良い香りの身体。
それに加えて、ワーワーと感情を露わにして、貴方が跡継の権利があるのよ!諦めないで!などと僕の不遇を騒ぐことなく。静かに聞いてくれる姿。
理想すぎる。
美味しそうに夕食を食べる姿も、彼女の口元を見るだけで興奮しそうになった。僕は変態か?と常に笑顔で取り繕ったが。
夕食後に、本当は魔術具の並ぶ部屋にマリーを連れ込みたかった。
そして僕の所有物とともに並んだ彼女を骨の髄まで愛したいと。
だが、それを知ってか知らずか。
何度か味わった形の良い唇から、僕の過去に行った研究についての考察、質問が飛び出す。
呆気にとられた。それらは、お世辞抜きでとても的確なものだったから。
そうだ、彼女は学校の庭師に教えを乞う程の勉強家だった。
さらに魔力について、僕の研究欲を刺激するような提案もしてくる。
本当に何度もマリーには驚かされる。
有意義な時間はあっという間に過ぎてしまった、、、
いや、だがまた機会はある。
まずはマリーに他の男が近づくことのないよう、外堀を埋めてしまおう。
馬車で送りながら、挙動不審気味な彼女の柔らかさを堪能する。
そして送り届け、彼女の両親に僕と彼女の婚約を考えて欲しいと伝えたが、
まさか当の本人に倒れられるとは考えもしなかった。
帰りの馬車で、ついイライラと指を噛んでしまう。
心配で、またすぐにでも様子を窺いに行きたいが、いかんせん、明日からはしばらく仕事で王族のところに行かねばならない。
悔やまれるが仕方ない。ご両親に意思報告できただけでも良かったと思おう。
入院中の祖母にも報告しておかなければ、、叔父夫妻にも……一応。
苦々しい気分になる。
どうせ、貴方は跡継ではないのだから、嫁を貰っても出て行ってもらいますからね?勘違いしないで!後を継ぐのはウチの子よ!身の程を知っておいて貰わないと困ります!と、いつものようにヒステリックな叔父嫁に叫ばれるだろう。
はあ、とため息をつく。それは構わないのだが、一部の親族が、スプートニク家直系であり、王侯と関わりの深くなりつつある私に後を継がせたほうが良いのではないかと口にし始めているらしい。
それが事態を面倒なことにしている。
全部投げ出して、マリーと暮らせたら良いのに。裕福とはいえ彼女は商人の娘。嗅ぎつけて余計なことをする者がいなければいいのだが……不意に不安がよぎる。まさか、そんな早く情報を得る者もいないだろう?
慎重にしなければという気持ちと、彼女を何としても手に入れたいと焦る気持ちが混ざって、胸の中が黒い靄に包まれそうになる。
こんな時に仕事を入れるのではなかった、と後悔するが、前々からの依頼なので仕方がない。
祈るような気持ちで見上げた夜空は期待に反し、折れそうな月が毒々しい黒雲に、ゆっくりと飲み込まれていくところだった。