知り合う
すんごく勇気出して、これ以上寄るなアピールしたはずが。
抱きつかれてキス、されてしまいました。
口の中に熱い彼の舌が突っ込まれまして、、、
呼吸しようとしてはいた息はそのまま貪るように飲み込まれまして、、、
もはや素顔なことも忘れてポカーンです。。
今までの私には、こんな熱情をぶつけられた経験は皆無。
庭師の男性はともかく、男の子、という存在はどこか遠く、兄以外には近寄ったこともなかった。
熱くて息、できない、苦しい、気持ちいい、動けないーってなんだこのデジャヴ!?
おかしいよおかしいよ!なんで私またキスされてんだ?!やっぱりこうして誘われてるってことは……
えっと、リュージーン様は恐れ多くもワタクシめに興味を抱かれているということで……
そ、そしてそれは一夜の夢と考えていた私には非常事態でありまして……
ええい、不慣れだと言っただろうが!引き続き夜の雰囲気でもないのにいきなり何するんすか!?
お化粧なしOKとか嘘でしょ!ちょっと毛色が変わったので遊んでみたくなったんでしょう??
落ち着け私!流されるな!
心の訴えが功を奏したのか、馬車が止まった。ようやく離してくれてほっとしたものの、目の前にはものすごく不機嫌そうなリュージーン様。こ、怖いよ……
あなた止まらなかったらあのまま何してたんですか?どんだけキスがお好きなんですか?まとめている黒髪も乱れて艶っぽくてなんか非常にエロいんですけど。。耐性のない私にはキツいんですけど。。
酸欠気味と色気にあてられてふらふらな私は、エスコートされてようやく外に出られたのだった。
え、え、えと、んで、ご飯を共にたべるっていう約束はまだ有効なんですね?!
なんか馬車で恋人でもないのにチューとかされて拒絶してもおかしくないんじゃないですかね?
当たり前のように案内されるのおかしくないですか?
疑問が浮かびまくるが、すべてがいつものニコニコ笑顔に遮られている、、気がする。
どうやらいつの間にか庭園のある大きなお屋敷、に到着していたようだ……。
うう、、、ここで騒ぐには民間人はあまりにも無力!!
こ、ここはもしかしてスプートニク家の屋敷?!
む、無理、やっぱ無理ですよ。お呼ばれにお呼ばれじゃない姿の女とか。睨まれて追い出されて終わりですよ!ええ!
ガチガチになる私は、そのまま手を引かれて庭園の方に案内されていく……
あら?そちらなの?
クスッとリュージーン様が笑う。いたずらっぽく光る緑の瞳で。
「ごめんね、突然用意させたから。君にもこちらの方が気を使わなくていいと思ったんだ」
屋敷の前に広がる気持ちの良い庭。数種類の背の低い木々。春を喜ぶ淡い色のお花たち。
夕闇の中で流れる空気に肩の力が抜ける。
屋敷の規模に合うように凝った庭園の中には小川も流れていた。池には蓮の葉が、輝きはじめた月の光を浴びて揺らぐ。
ほぅ、と溜息が漏れる。ここの主は庭を愛しているのね。少なくとも手を抜いているようには見えない。
生命力に満ちたお庭だわ。白いコデマリが咲き誇り、おいでおいでをするように優しく揺れている。
スプートニク家の好感度が少しあがった。
お屋敷は手を入れても、お庭まではなかなか気が回らない貴族が多いと聞く。私は盗み見るようにしか見たことがないけれど。
さすがお金持ちのお坊ちゃんだこと。
ん?でも、リュージーン様のことは良く聞くけど、ご両親の話はあまり聞いた覚えがないような……?
社交をしてこなかったため情報に疎い私は少し首を傾げたが、次の瞬間、その疑問は消えていた。
小川に沿って作られた飛び石で出来た小さな道。沈丁花の垣根を抜けると、開けた土地に可愛らしい二階建ての木造の家と家庭菜園。ビニールハウスが並んでいた。
うわぁ、可愛い。でもなんだろうこのお屋敷とそぐわない感じ!
腕を引くリュージーン様(もうセージュという名前は忘れた)に、良いもの見せてあげようか?と、ビニールハウスに案内される。
ん?何だろう。
ビニールハウスの扉を開けると、ピンク、紫、黄色、赤。色彩豊かな薔薇が溢れんばかりに咲き誇っていた。
「うわぁ……素晴らしいわ」
近寄り、土の状態から咲き誇る花弁までじっくりと観察する。この土には魔法の力を使っているのかしら?
堆肥の匂いがなく、キラキラと少し光っている土は見たことのないものだった。
たくさんの魔力を持った人はそう多くないこの世界。
持っている人は治癒の仕事に就いたり、王侯の警備に雇われたりする。あとは便利な魔術具に魔力を注ぐ、魔力屋さんなんかもある。
魔力の効率の良い使い方を教えるのが単位制の魔法学校で、学校には3年間、何歳の人でも通うことができるのだ。
人を癒すならともかく、土に魔力を使おうとするのはもったいないと先生はこぼしていたが、そんなことはないと思う。誰かが私のように、自然のために魔力を使っている……
「これは……この土は」
隣を見上げると、嬉しそうな彼のほほ笑みが眩しく返ってきた。
「わかるかい?魔力の痕跡があるのが。僕が使って、薔薇を咲かせている。この薔薇たちは、僕を産んだ母親が育てた」
「リュージーン様のお母様が?」
重厚な香りの美しい薔薇たちは手をかけて育てられたものだとひと目でわかった。
「母は花が好きだった。この場所を祖母が残してくれたおかげで、僕は今でも母の好きだった薔薇を見ることができる」
その言葉に思わず小声で尋ねる。
「今、お母様は……」
「ふふ、そうだね。君は僕に名を教えることすら拒絶する人だもの。知るわけなかったか。
僕の両親は亡くなっているんだ。幼い頃にね」
流れるように彼は続ける。
「スプートニク家は割と裕福な上流貴族だったせいで、後継者争いが色々と面倒だった。結局、父の弟である叔父夫妻が後を継ぎ、僕は魔力をたまたま多く持っていたので彼らの養子として今生かされている。彼らの子供がまだ小さいから、大きくなって家を継げる立場になるまでの世間への盾としてね。
……身体を悪くして、今は入院中なんだけど、祖母は彼らに馴染めなかった僕の気持ちを汲んで、彼女の領域だった庭の東屋を僕にくれた。そこを改良して研究場所として使用しているんだ」
「そうだったんですか……ごめんなさい。私、何も知らなくて」
思わぬ過去に胸が痛い。
「君はそのままでいいんだよ、マリー。不幸な生い立ちの魔導師のことなんて知らなくていい」
下ろしていた髪を掬って口付けられる。
「セージュとしての僕に、君を招待させてくれ」
麗しく咲いた薔薇を見て、こんなに切ない気持ちになるのは初めてだ。
私に園芸を教えてくれた祖母の死。悲しいと虚しいには一番下がまだあると知った。
虚無感に押しつぶされて、二度と会えない人へ宛てた手紙を何通も何通も書いた。
両親も兄と姉も友達もいつか死んでしまう、という恐怖。
怖くてもう大事な人を、ものを作りたくなくて閉じこもった。自分の中に。
その絶望を、彼は済んだことのように気軽に口にする。穏やかな瞳で。
どれだけのものを乗り越えて来たのだろう。
魔導師として働くのは、家を出ることを決めているからだろうか。
黒い髪の美しい男性。王子様と呼ばれるその人をイメージで決めつけて、人となりを全く知ろうとしなかったことを反省した。
木造の可愛らしいドアを開け、案内されるままに入ると、天井は吹き抜けで広々としていた。
白い鳥をかたどったオーナメントが天井に釣られてゆっくりと回転している。
食事をとる部屋なのか、奥にはまだドアが幾つか見えた。
シンプルでセンスのいいお家。
どっしりとしたマホガニーのテーブルにカトラリーがセットされており、向かい合わせに座らされる。
ブルブルと首を振って佇んでいたけど、ここには彼の義理の両親は近づくこともないし、礼儀作法も気にしなくていいと言われてしまうと、ここまで来て座らないわけにもいかず。。。
そしてどこからともなく現れた侍女の女性が給仕してくれた。
ひいぃ、すいません、すいません!こんな格好で恥ずかしい!と俯いていたけど、とても美味しいスープに驚いて顔が上がる。新鮮なサラダの野菜は彼が育てたと聞いて、ビニールハウスの横にあった菜園を思い出す。
そういえば料理もするって言ってたな。
野菜や料理を作ることも、彼の研究の一部なのかと思うと面白かった。
近寄りがたくて気取ったイメージがあったけど、こんな身近な生活もしてるんだ。
思いの外温かい晩餐に、心もじんわりとあったまる。
デザートのフルーツをいただいた後は色っぽい空気になるのが怖くて、図書館にあった彼の研究資料について質問を繰り出してみた。彼は驚きながらも、愉快そうに質問にこたえてくれた。
「久しぶりに寛いだ気持ちになったよ、マリー。今日は本当にありがとう」
「私もご馳走になりました、ありがとうございます」
帰りの馬車で送られながら、ツッコミきれないでいる。なぜだろう。馬車の座席ではなく彼の膝の上に抱き上げられるように座っているのは。
なぜだろう。気まぐれに首や肩や髪にキスを落とされるのは。
こ、これって恋人同士とかがすることじゃないのかな?え、もうキスしたら恋人だったの??そういうルールとかあるの??
そして送り届けられた我が家の玄関先。
リュージーンが両親に彼を私の婚約者として考えて欲しいと告げ、、、
あまりのことに私はその場で卒倒したのだった。