再会 向かい側
俯いた横顏は静かで、肩先でカールを描く蜂蜜色の髪に遮られている。
……こちらを見てくれない。ちょっと強引過ぎただろうか?
細い腕。軽く握っていた指の先が少しザラついているのに気づく。一輪車を慣れた手つきで押していた姿が蘇った。
彼女は緑を非常に愛しているらしい。あの夜より少し幼く見える顔。つばの広い帽子に隠れていたが、間違いなくマリーだ。
週に数回、庭師と共に作業をしているという情報を得た時はその情報の信憑性を疑ったが……
土に汚れるのも構わずに一心に作業する彼女を目にすると、心底驚いた。
年頃の娘が、薔薇を愛でるくらいならともかく、土の堆肥の配合や、添え木のやり方についてまで知りたいと思うものだろうか。
しばらく様子を窺っていると、添え木をしていた彼女は満足そうに微笑む。
かんぺきだよ、と口が動いたように見えた。
まるで木と対話しているかのような表情に、心を掴まれる。
美しい。
あの夜の魔法のように、マリーの笑顔はあたたかく、優しい。
不意打ちで襲ってしまったので、逃げられても仕方なかったのかなどとクヨクヨしていた自分を恥じる。
明るく光る彼女の瞳には最初から私など映っていなかったのかもしれない。
だが、その笑顔にいっそう強く惹きつけられてしまった。
苦しい。話をしたい。もっと、もっと知りたい。マリー、いや、オリビア・ローレンス。君のことを。
堪らず、使者を送り、彼女と夕食を共にし、その後送り届けると伝えさせた。
そして今、僕の一番笑ってほしい人が、無表情で僕から顔をそむけようとする。
こんな悲しいことがあるだろうか?
「……マリー、ごめん、いきなり連れてきてしまって怒っているのかい?」
するすると白い腕に指を走らせながら言うと、ビクビクッと身をよじられて、その反応についにじり寄ってしまう。
「や、ちょ!近い、です」
ピッと目の前に彼女の手のひらが出され、視界を遮られる。え。
さらに彼女はもう片方の手で自身の顔、鼻から下を覆い隠す。そ、そんなに拒絶されるとは。ショックだ……
「お、お願い……ですから、あまり、こちらを、私を見ないで……ください!」
「……な、なぜだか訊いてもいいだろうか?」
キッと目だけのマリーに睨まれる。瞳が潤んでいるのは何故なのか?全くわからない。
「私、お化粧もしておりませんし、服も普段使いのものですし、リュージーン様のような方と並ぶ権利すらないのです!こ、これから食事など、恐れ多すぎます!」
うぅ、とそのまま両手に顔を埋めて、身体を曲げて突っ伏す彼女に呆然とする。
「え、と、マリー、その」
ぐすぐすと、顔を埋めたままマリーは続ける
「魅力的な殿方にこんな姿を……しかも二人きりで見つめられるなんて、、、耐えられません」
ドキ、、、
か、可愛い。何だ、嫌われたわけではなかったのか。むしろ魅力的と思われているのがわかり、こっそり安堵のため息をつく。まったく、何を気にしているのだろう。こんなに君に惹かれているのに。
バサリとローブを広げ、腕の中にマリーを閉じ込める。
「わ!!」
「大丈夫、こうすれば、私しか見ていない。他の者に見られなければいいだろう?」
「いや、、違います、リュージーン様にこそ見られたくないんですけど!」
真っ赤になって見上げられ、もごもごと呟かれた声には微笑みで応える。
「ふふ、私は構わない。
マリーの肌が少し日に焼けて色づく姿はより魅力的だと感じたし、そのスミレ色の瞳は着飾っている時よりもいっそう煌めいて見える。全く気にすることはないと思うが?」
服装は……マリーが言うのでつい見てしまったが、上から見下ろすと、ストンとしたワンピースの胸元が露わで。綺麗な鎖骨とその先の肌が見えそうで、、、見えない、、
体の形がわかりそうでわからず、上から下まで空気が通り抜けている感じが何とも悩ましい。
じっと目をこらすと、恥ずかしそうに身体をよじられてフツフツと興奮が湧いてくる。
石鹸の香りがほのかに香った。
……まずい、襲ってしまいそうだ。
「マリー、、、」
顔を近づけると、思いに反して腕の中の彼女が急に力を抜いた。
「リュージーン様、あの、そろそろ離してくださいませんか?今日は、もう諦めます、、」
うな垂れた頭にふわりと広がる髪。拍子抜けしつつ、この機会を逃すのは惜しい。
ピンクの唇がふて腐れるように尖るのを見ると、この唇をあの時味わったのだ、と、そのまま顔を思いのままに倒した。
「!?んっ」
少しの間だけ……。ふわふわとした髪に片手を差し入れ、舌を入れて驚く彼女の舌を絡め取る。これだ、この感覚。
溺れるように彼女は苦しそうに息継ぎし、その彼女に溺れている身の上を知り、息継ぎの合間にまた口付ける。
「はっ、リュー、さまっ……やめ」
「マリー、、僕だけの」
これ以上はヤバイと頭の隅の方で警告が聞こえる。うるさい、黙れ、、と跳ね除けようとした時、馬車が止まった。