再会
見つかってしまった、、のは校舎裏に土を運んでいた時だった。
汚れてもいいように履いた古びた靴。
タオルを首に下げた、泥のついたスッピンの顔。大きなツバの帽子に雑に結い上げた髪が収まっている。
中庭の管理をたまにお手伝いしている私。
庭師のおじさんから教わることはものすごく勉強になる。あの宴の夜から数日経った、そんないつもの放課後。
ふんふーん、と無意識に鼻歌を歌っていた。我ながら慣れた手つきで肥料の入った土山に一輪車で運んだ土を落とす。
ふー、身体を使うって大事よね!
汗水たらして働いたら脳内もスッキリ。
あれから何日か引きずってた彼への思いもスッキリ、、したよね。忘れなきゃ。初恋の相手とは実らないっていうし。
あれ?ていうか初恋なのか?ん?いや、違う気がしてきた。嫌じゃなかった人、って感じかな。
……そう思うと大したことなかったかも。私何で悩んでたんだ?置き去りにしてきた罪悪感?ファーストキスの衝撃?
お風呂に入る度に目に入る、胸に付けられたキスマークのせいだったのかもしれない。
まるで彼が私にかけた魔法みたいで、つい顔を思い浮かべてしまった、って鬱陶しいな私も。
何にせよ、とっくに新しい恋人ができてるよねぇ。王女様に入れ込まれてるとかも聞いたことあるし。
花は綺麗で、緑は瑞々しい。空もどこまでも広い。
なんだ、こんなにちっぽけなことで、悩んで損したなぁ。
今日は添え木のやり方を細かく習ったから、帰って庭の庭園にやってみよう。
そして、首に回したタオルでおでこを拭い、校舎に戻ろうと身体を回す。
と、そこに黒い影が立っていた。
……え?
折しも時は夕刻。ドス赤い夕暮れに、雨の前なのか黒い雲が所々にかかっている。
それをバックに佇む人影。風にはためく黒いローブは遠くからでもよく目立つ。
ひっ!?ど、どうして……
出かけた言葉を飲み込む。認めちゃダメ!バレちゃう。頑張って鉢合わせしないようにした苦労が水の泡だ!
努めて気がつかない体で、一輪車を押しながらその場を去ろうとして。。。
ドスン、
一輪車がバランスを失って倒れる。
後ろから抱きすくめられて、息ができない。顔が熱い。ていうか汗臭いよ!私!
「……え、と、あの、何か用ですか?」
震える声で言うと、ふっと肩に回された手の主が笑った気配がした。
「つれないね?……会いたかった。マリー」
「……セ、リュージーン様、あの、人違いされてませんか?」
顔を俯かせたまま両手で彼の胸を押して、体を離す。ちょっとセージュって呼ぼうとした自分に引いてしまった、、恥ずかしすぎるしバレるし!!
すると、伸びてきた手が帽子を奪う。
フワリと乱れた髪が肩に散らばる。いつもうまく纏められないんだ。
そしてその散らばった髪を優美な指が弄んだ。
「人違いなんて、するはずないだろう?マリー。……探したよ。同じ学校の生徒だったなんて、ね」
嬉しい誤算だった、と言いながらニッコリと微笑む黒王子様。
ど、どうやって私の存在を突き止めたんだ、、と春の夕暮れの少し冷たい風が胸にざわざわと吹いていく。
……実はほんのちょっとだけ見つけてくれたことが嬉しくて。そんな自分と、彼の取り巻く世界が怖くて複雑な気持ちになる。私はなんとも答えられなかった。
「お願いだ、マリー。私にチャンスをくれないか?今日、君を送らせて欲しい」
無言のまま、一輪車を押して所定の場所に戻していると、後にヒヨコのように付いてくる彼が言う。
お、送る!?なんて。リュージーン様にそんなことさせたら、女たちにも男たちにも、驚愕と慟哭が広がりそうな気がする。というか、そういう目を向けられる世界に心からお邪魔したくない。
「いえ、その、ちょっと今日は用事が……」
「ふふ、マリーは逃げるのが好きなんだから。庭師に教わる用事はもう終わったよね?
大丈夫、ご家庭には、夕食をとって送り届けることをすでに連絡しているから」
ニコニコ
眩しい笑顔に立ち眩みが、、い、今なんて仰いました?!家に報告、、、だと?!
に、ニコニコじゃねーよ!大事件だよ!!
なんてことしてくれちゃってんの王子様!?
我が家に特大の話題の種が、、地響きと共に落とされてしまった、んだね。。
空いた口が塞がらず、そのままよろよろと倒れこみたかった。でも今は泥だらけの汗まみれ。この格好ではさすがに倒れたくない。
……とりあえず、シャワーを浴びて、着替えて、帰る。
帰る、うちに帰る。この境遇を忘れたい。忘れよう。
無言になった私は、彼の存在をなるべく無視し、黙々とシャワー室へと歩いた。
当たり前のようについてきていたリュージーン様は、シャワー室前につくと、
「校門に馬車を用意して待ってるね」
ものすごいキラキラな笑みを残して去っていった。
……セージュ(誰か私をあの遠い空までぶん投げてください)じゃない、リュージーン様とご飯なんて無理。無理無理無理。
第一、あの時みたいにお化粧してないし……化粧道具も持ってないし、おしゃれな髪留めもない。
服もなんの飾り気もない、汚れ着に脱ぎ着しやすいように頭から被るだけで着れる臙脂色の木綿のワンピース、だけ。上着は授業でも使う校章入りのダサいローブ。洒落た羽織ものも何も持ってない。
なんか、もはや切ないよ自分が。。
あんな美男子の横に並べません。この格好でいち女子として。ええ、そこはわかっていただきたいのです。
校内に設けられたシャワールームをこそこそと出て、逃げるように正門ではなく裏門に向かうと……
既に門の前にニコニコ黒王子。
……バレてましたか。あのぉ、、いい加減その笑顔、薄ら寒くなってきたんですけどぉ。。
「まったく、マリーったら。天邪鬼だなぁ」
ふふっと笑う緑のタレ目が怖い。なんか言葉に含まれた押しの強さがぎゅうぎゅうと私を取り囲んで来るようで。
気が付くと馬車の中。
何故か彼に腕をとられて手つなぎ状態。
なんだろう、どうしよう。どうなるんだろう。私。え、これ現実?
呆然とする私。ひたすら笑顔の魔導師を連れて、馬車はゴトゴト進んでいくのであった。