出会い
今夜は、パーティ。春の夜の宴。
誘ってくれたアレク兄様、親友のカリーナ。
行きの馬車の中で二人の関係に気づいてしまった。完全に遅すぎた。
そう、熱心に誘われたはずの私は会場に着いた途端にお払い箱。
二人は見つめ合い、おずおずと腕を組み、楽しそうに語らい出す。
あ、ヤバ、お邪魔だ。私。
ここまで二人の世界に入られると、友達もいないのにこの宴に連れてこられた意味って何なんだろうと。虚しくなる。
私は、オリビア・ローレンス。十七歳。
ちょびっと裕福な商人の娘。姉も嫁ぎ、後継の兄もいい感じに成長し、歳が離れて生まれた私はひたすらに大好きな植物を育てて生きていた。
両親は私の生き方に関しては自由にさせてくれている。
何故かというと、植物の育て方を教えてくれた祖母が亡くなった時、私は気を落としすぎて、死ぬ一歩手前だったらしい。
それからは、とにかく生きてくれたらそれでいい、と社交界にも無理に出されることもなくなった。
お父さんは密かに商売人として私を育てようとしているけど。
魔力が少しだけ人より多いので去年から魔法学校に通わせて貰っている。特に強くも弱くもない。植物に魔力がどのように使えるのかを研究しに行くのがその目的だ。
学校でひたすら植物について研究し、休日には着古した泥だらけの服を着て花や木と過ごすばかりの私を、アレク兄様と学校で出来た親友のカリーナは心配してくれていた。
たまには夜に着飾って出かけないと、一生独身だ!と熱く語られ、父と母もこっそり頷くのが視界の隅に入る。面倒くさいな。
でも、今日の春の夜の宴は魔法学校の大きな談話室で開催されているというので、パーティという集まりに不慣れな私にはありがたかった。在校生だから。
アレク兄様は卒業生だから、懐かしいと。ぜひ行きたいと、妹に案内せよと、、、言ってましたよね?私の兄孝行返してください。
行くと決まれば、母とカリーナは浮かれてワンピースや靴を準備しはじめた。家にそんなワンピースあったんだね。お金が勿体ないよ母さん。
そう思いつつ、襟元にパールの付いた、可愛らしい水色のワンピースを選んだ。
広がる光沢のある水色のスカートと、その下にたっぷりと付けられた白い繊細なレースの組み合わせが、まるで海の波のようで素敵だったから。
髪も、何回やっても後れ毛が落ちてくるけど、バランス良く侍女が結い上げてくれる。お化粧も初めて。鏡の中の私は随分おめかしさんだ。
これならすぐに相手も見つかるよ!と、みんなが褒めてくれた。
や、やっぱりまだ見つからなくていいけど……と父が呟くのを母が横目で睨む。
まあ、私も興味ないから良いんだけどね。二人のそばにいたらいいんでしょう?
その認識は非常に甘かった。
今思えば、彼らは計算していたのだ。後継である兄と、下級でも一応貴族のカリーナ。付き合いたての二人で夜会に出ても目立たない方法を。
そして私が選ばれた。生贄か!?
せめて私には事情を話してくれても良かったのに……と恨めしく思う。
二人の世界に居た堪れず、離れた場所で立ち竦んでいると、年長の男に声をかけられた。撫でまわすように人を見る目つきが気色悪くて、無言で頭を下げて逃げる。
はあはあと息を切らせ、花に、花に花に、木々に、助けを求める。
学校内に中庭は幾つかあるけど、二人が探しに来ても良いように、パーティ会場から二つ目に近い場所にした。
近すぎるとパーティ客がいて一人になれないから。
庭の芝生に足を踏み入れると、慣れた空気に心が静かになっていく。
植物はもう眠っているのに
どうして私はこんな時間にでかけているの?
小さい公園くらいの大きさの中庭には、奥まった場所に石造りの噴水がある。
ポツンとひとつ佇む外灯が静かに夜を照らしていた。
人目を気にしないで良い仄暗さと気配にようやく体の力が抜けて、匂い立つ花の香に顔を向ける。
小さな茂みには名前の知らない白い花が溢れるように咲いていた。
「待っていてくれたの?ありがとう。優しいね」
花につぶやいて顔を寄せる
お礼に習った魔法を少しだけ
あなたの輝きが増しますように。
光が花に吸い込まれる。
ホッと息をつくことができて、そのまま座り込む、、と、それは誰かのお腹の上だった!!
「きゃ!」
お尻の下の温かくガッチリとした感触に、慌てて起きようとすると、そのまま両手を優しく握られた。
ハッと暗がりから起き上がる顔を見る。
「こんばんは、花の精さん。随分と積極的ですね?」
ふふっと笑うその人は。。。
学園の黒王子様と呼ばれているリュージーン・スプートニク。
うわー!!
大声はさすがに出せず、心で叫び、口は開けたままにして、なんとか驚きをやり過ごす。
一生関わりなんてないと思ってたよ。
彼は3年制の魔法学校で1つ年長の先輩だ。
王子様の名に違わず、整った美しい顔立ちをしている。
漆黒の髪に少しタレ目がちな優しげな緑色の瞳は、心を囚われた女性たちによる噂が絶えない。そして、彼は魔導師を兼業している学生としても有名だった。独立して魔法を使い、王侯の要望にも応えていると聞く。
彼の研究はレベルが高く、魔力の効率の良い使用法など、私も使えそうなものはないか図書館で調べた記憶がある。
それにしても……いつもは縛っている肩までの長い黒い髪を解き放つだけで、ここまで妖艶になれるもんなんですね。
よく見ると、趣味の良い魔導師のローブは黒地に銀色で刺繍がしてあり、それがまた似合いすぎて堪らずドキドキする。
いや、興奮か?素晴らしいものを見たわ。みんなに自慢しよう。
彼はニコニコしながら、でもまだ私の手を放してくれない。
「あ、あの、リュージーン様、本当にすいませんでした。暗がりで気づかず、、、」
ニコニコ
「あ、あの、それで手を放していただけませんか?いつまでも殿方のお腹に座ってるのはちょっと、、、」
「ふふ、そう。じゃあお腹に座らなきゃいいのかな?」
「は?」
そして、次の瞬間には、私は彼の膝の上に座るように横抱きにされていた。
「え!?えと、あの!」
彼が女の子に不自由してるなんて聞いたことない。暗がりで私の顔が見えないんだろうか、、なんでこんな私を、、ってまあ、からかわれてるんだろうなぁ。
熱くなる身体とは冷静に頭が思考する。
「リュージーン、様あの。。」
「ちょっとね、ここにいるとバレると寄ってくる虫が多いから静かにしてて、ね?」
と唇に人差し指がそっと当てられて顔が火を噴いた。火山噴火!鼻血注意警報発令!
なんなんだこの人。
は!そうか!たまにはギャラリーに見つからずに静かに過ごしたいから、カップルに見せかけて人を寄せ付けない作戦?な、なら納得してあげてもいい。
はーっとため息をつくと、軽く抱きしめられた。しまった、失礼だった?
「ごめんね、利用させてもらって。いやあ、君の存在には気づいてたんだけど、突然腹の上に座られるとか」
くっくっくと彼の笑いが伝わってきて、何とも言えず恥ずかしくて俯く。
「俺、色男 漆黒の魔導師とか言われることあるんだけど、やっぱ撤回だな。色男が椅子に間違われるとか、くく」
あ、あう。
いたたまれん。でもその称号は取り消さないでください。とてもお似合いです。
「君の名前、聞いてもいいかな?」
ギクッ、、身体が強張る。こ、この人と関係すると、、途端に脳内に湧いて出た、ケバいおねいさん達の取り巻き&ファンクラブ&仲間の冷徹そうな優秀美麗なイケメンたち。
正直お近づきになりたくない!
私はひっそりと友達二、三人と楽しく、お花や木を愛でて研究しまくって卒業したいのよ!
「あー、えと。ここで会ったのは偶然で、二度と会うことはないでしょう。なので、名前は名乗らないことを許して……ください」
思いもよらないことを言われた、とばかりに目を見開く。深い緑の瞳が外灯を受けて、なんて綺麗なんだろう。宝石みたい。この人を創造した神様万歳。
まあ、彼とはお近づきになりたい人ばかりだもんね。驚くよね。でもそうじゃない人もいるんですよ。
「君は不思議な人だな。名前を教えてくれない人と出会うことはそうそうない。じゃあ、待って」
そう言うと、頬に這わされた指によって外灯に照らすように顔を上げられた。内臓吐いて王子の顔にぶちまけるかと思った。
ぎゃぁぁ!!夜間フィルター!私を少しだけでいいからマシに見せて!
「ふむ、蜂蜜色の髪に、薄紫色の丸い瞳。
愛嬌のあるソバカスが白い肌に映える花の精さん」
プニッと鼻の頭を押された。
ひぃ!!テカってるかも!彼の指がベトつきませんように!涙
「マリー。ローズマリーからとってマリーって呼ぶよ、君のこと」
まさかの名付けキタコレ!?!?
ぎゃははは!!名付けられるとか何それ!?恥ずっ!恥ずっー!!ぎゃはは!!腹がいてぇ!
と、内心でゲス笑いし続ける自分という名の相棒。
頰筋を総動員してピクピクするほっぺを抑える。
そう、今日は少しでも女性らしくとおしゃれな淑女の格好をしているのだ。普段の擦り切れたズボンと古靴では無い。
彼に恥をかかすわけにはいかない。
「す、素敵な名前をありがとうございます、リュージーン様」
はあ、はあ、はあ、声震えずに言えた、私偉い。頑張った。
「僕にも、リュージーンなんて気取った名前じゃない名をつけてくれないか?」
頬を撫でながら言われて
まさかの名付け返し!?どんな苦行?!やばたんやばたん!!笑わナイ!笑っちゃダメ!!腹筋に力いれるんだヨ!
……はあ、はあ、と小刻みに息をつく。色々と堪えるものが多すぎて、変なとこから汗が吹きだす。
ちらりと見ると、ワクワクしてそうな色っぽい男がそこにいた。
ヒィィ!!さすが初対面の人間に名前つけてくる男は違うなオイ!
慣れてないんすよ!こんなこと!あんたらみんなお互いこんな恥ずかしい会話すんの?信じらんねー!!上流階級コワッ!
ゲスい心の声が愛しい。でも死んでも口から出してはならぬ。ならぬぞ。はい!死んでもこの口からそのような罵声は吐きませぬ!
自問自答をしつつも、必死で頭を回転させる。まあ……前向きに考えると、こんな美しい人に私が名付ける機会は二度となかろう。うむ。子供が生まれるとしても、彼よりは間違いなくブサイクに違いない。
そうだな、男性的な名前になりそうな植物。ローズマリーから付けられたから、ハーブの名前にしようか。
セージ。学生にして優れた魔導師という優秀さ。万病の薬と古来から歌われたセージは料理にも欠かせない、とても優秀なハーブだ。リュージーンのユをとって、セージュ。
「……セージュ、とか」
嬉しそうに彼の目が煌めいた。
「セージ?ふふ、僕、美味しい料理が作れるようになりそう。」
意外だな。料理なんてするのか?
とびっくりして見つめると、ニヤリと得意げに微笑まれた。
「魔導師だからね。薬作りもするんだよ」
あー、なるほどぉー
そんな半端な返事をした耳に、室内からか、小さくワルツが聴こえてきた。宴は盛り上がっているようだ。
「じゃあ、マリー。ここで一曲踊ろうか?」
「え?!ちょ、リュ、セージュ(ヤバい恥ずかしい今なら土に穴掘ったらそのまま逝ける)さん、あの」
「セージュ、でしょ?マリー」
注意するように軽く睨んで、笑って。真っ直ぐに見つめられる。ぐっ、咎められない。これは夢、一夜の夢と思って忘れよう。
「セージュ、私ダンスは、、、」
「苦手なの?大丈夫、僕がリードするから」
ようやく彼の膝から降ろしてもらえたことにホッとするけど、優しくとられた手から逃れられない。優美な腕は見た目より力強く、私の腰を引きつけた。
うへー!
ガラスで出来た靴みたいね、とふざけて選んだキラキラ光るヒールに後悔。普段履かないから怖いよう。
ニコニコと笑いながら、庭の噴水の横、小さく空いた空間に私を誘導するリュ、、セージュ(誰か私を葬ってくれ)
「マリー、いくよ、1、2、3」
ワンつ、スリーとダンス教師の声が蘇る。
フワッと身体が浮いた気がした。
うわっ、うわわ、っと必死で授業で習ったステップを踏む。
彼の手がしなやかに私を回す。
え!何これ、何これ
音楽が小気味好く、身体を取り囲む。
……楽しい
セージュと目を合わせて、悪戯げな瞳に思わず笑う。
初めて、踊ることを楽しい、なんて思った。
ステップを踏んで、回る、髪に、肩に春の夜のしっとりとした空気が気持ちよく触れる。
眠る植物たちが空気を優しく包み、月の光と外灯が私たちを照らし出す。
一曲終わる頃には、ダンスって相手が上手かったらこんなに楽しめるものなんだ、と高揚した気持ちで、ぺこりとセージュに頭を下げる。
セージュと目が合い、少し火照った顔で笑いかけた。
「すごく、楽しかった。ありがとうセージュ。こんなにダンスが楽しく踊れたの、はじめて」
目を見開いた彼は、優しく
「それは良かった。マリーを楽しませることができて」
少し離れた二人の距離を、セージュの腕が再び伸びてきて縮めた。
また彼の胸に抱きしめられて、ちょっと驚いたけど、密着していたダンスの後だからか、驚くような、嫌な気はしない。
どうしたんだろう?にしても、この人触れてくるの好きだなー。恋人とかいないのかしら?
小さな後ろめたい痛みには気がつかないフリをする。そう、これは本当に一晩の夢。
彼とこんな距離にいることは二度とないのだ。
だから、抵抗しなかったのかもしれない。
この美しい空気に、夜に酔っていたかった。
セージュの指が私の顎にかかり、上を向くと、なぜか潤んだ瞳の彼の顔が近づいてきた。
あ、と予感がした。けど、身体を硬くして避けることも考えず、目をつむって王子様のキスを受け入れた。
あくまで紳士的な唇は、そっと触れてそっと離れる。
ファーストキスが王子様とか、一生自慢できるな。輝かしい青春の思い出なんだよって。
ふふ、とつい未来を考えて唇が笑みを浮かべる。
そして閉じた眼を開けると、安堵した表情の彼がこちらを見ている。
「なんだ、良かった。嫌がられなかった……マリー」
お、っと身構える隙もなく、そのまままた抱き込まれて、口付けられる。
が、今度は初心者向けじゃなかったぁぁぁ!!
「あ、、っんぅ!!」
不意をついて入れられたセージュ(こんな時なのにようやく慣れてきた)の舌が、私の口の中を自由に動き回る。
その行為に、不快感しか感じないと想像していたけど、何これ、ヤバい。王子すげー。
き、気持ちいんですけど、、
絡められた舌を吸われて、肺の奥が熱く締め付けられる。ヌチュ、クチュ、と卑猥な音が二人の間から聞こえるので、これはどうやら自分に起きていることだと、わなわなした手で、思わず彼の服に縋り付く。
は。はあ、息が苦しい、胸が苦しい。
はむはむと、私の唇を味わっている彼にこの窮地を伝えたくて、小さく胸を叩く。
薄い目で見た美形男子のアップに心臓が止まるかと思った、、、
彼は名残惜しそうに唇を離す。
潤った唇をペロリと舐めるセージュに、ゾクゾクっと背筋が寒気立つ。色っぽすぎる、、
はあ、はあ、と息をいっぱいに吸い込む私。
「マリー、大丈夫?ごめん、つい夢中になって」
は、はい。あなた様のいつものお相手たちはさぞ慣れてらっしゃるんでしょうが、いかんせん私は初めてなのです。
ビギナーです。
そういう人々の代わりはやっぱりできませんわ。
優しく背中を撫でてくれるので、ちょっとだけ彼の胸によりかかって休む。刺繍が指に触れて気持ちいい。やでやで。興奮のあまり窒息死するところだったよ、まったく。
すると、何を思ったか、うなじに生暖かい感触がはしって、私は息を吐きながら驚きの声を上げた。
「ひゃ、!あ、あぅ、やめ、、」
思いの外、色っぽい声が出たな。さっきのセージュの色気にあてられたか。と冷静でいられたのは最初だけで、彼はそのまま私の首元に舌を這わせ始めた。
ヌルヌルと伝う新しい感覚に、下腹部がきゅんと不思議な反応をする。
「は、あぅ、、セージュ、、私、」
ビギナーなので無理です!と必死で訴えたところ、突然身体を離された。
「初めて?」
初めての女だとめんどくさいだろうからさっさと諦めてくれるだろうと、ブンブンと頷けば、
「そうか良かった。殺人に手を染めなくて済む。僕も初めてだ」
にっこり微笑まれ、続行。
ええーー!?
おいぃ!!お前の中には『中止』の二文字はないんかい!?
一晩の夢とは思ったけど、それがここまでとは想像もしてない、ていうかヤダ!時と場合が!誰か来るかもしんないし!って相手はこの人でいいんかい私!?
「んー!んん!」
弱々しく首を振り、さすがに、抵抗の声を上げると、ものすごーく色気だだ漏れの顔が、、
「マリー、君にどんどん惹かれていく。今君を離してしまったら、二度と会えなくなりそうで怖いんだ。繋いでおきたいんだ」
繋ぐってその方法ですかぁ?!ひぇぁ!
しまった最初から名乗らないとか逃げのポーズ見せるんじゃなかった!!ワンピースの後ろのチャックが半分開けられ、露わになった頸を好き放題舐めて触られる。これが愛撫ってやつか!?下着見えてるし!
ヤバいヤバい!何がヤバいって、このクタクタになって使い物にならなそうな身体が!熱くて、溶けそう。流されそう、、、
「こ、ここは……ここは、ヤダ」
切れ切れの声でとにかく止めようと伝えてみるも、夢中で胸に顔を埋められて、私も直視できない!!あう、痛い、なんか痕つけられた?今。
「マリーって、全部がすべすべで柔らかくて、花の匂いがする。そしてこの、、素晴らしいんだね、女の子って」
わかった気がするよ、スー。と胸を揉みながら何か呟いてるけど!そうじゃないんだって!ココ!野外!誰か来るかも!
いや、でも、、私ならそれこそ、庭で色っぽいガサゴソ音きいたらそれだけで逃げるかも。
むしろ向かってくるならそれは、、、そう、人探しとか。
「え、そこにいるのって?」
「リュージーン様、いた?」
庭の中に突然響いた尖った女子たちの声。
セージュ、改めリュージーン様がさすがに動きを止める。
私は慌てて服を引き上げた。そのまま、力が抜けてしゃがみ込む。
よ、よかったワンピースで。背中のチャックを上まで上げたのと、女性たちの気配が草木の影に現れたのはほぼ同時だった。
「きゃ!いたぁ!リュージーン様、私たちずっと探して」
「……君たちに探される身の不幸を今僕は思い知っているところだ」
低い低い声音。口調は優しいけど、怒りが隠せてない。こんな声も出すの?この人。
「え?」
「あっちに行きましょうよーリュー様」
女の子の一人が彼の腕を取る。幸いここは外灯が一つしか無く、暗がりにしゃがんでいる私に二人は気づいてない。
うわーモテる男は違うなぁ。やっぱり私はお呼びじゃないよね。
そして、、チャンスだよね。やっぱり、こんな風に流されて、知らない人とそういうことするのはねぇ。。自分大事にしなきゃ。反省反省。
彼女らを振り払いそうな声だが、紳士対応のリュージーンは一応の礼儀を持って接している。ジリジリとしゃがんだまま後退していた私は、この庭を知り尽くしていて本当によかった。
感覚でここだ、っと後ろに倒れこむ。
壁沿いに植えられている木々の隙間。木々の後ろには細い通路があり、庭と分館をつなぐ渡り廊下に繋がっているのだ。庭師が出入りしている簡単通路なのかもしれない。
「?!っ!マリー!!」
悲痛な声がして、正直私も抵抗できなかったから、それはゴメン、と心の中で謝罪する。
気持ち良すぎた。楽しかったし、王子様の笑顔は胸が高鳴ったし。
ホントごめん!でも他を当たってください!良い出会いがありますように!
そして
走った、走った。
ガラスの靴は両手に掴んで。
しばらく走り、追ってくる気配が無いことに安心して、靴を履く。
泥んこのストッキングが、惨めなような私らしいような。
はー。もったいないことしたのかな?でも貞操の危機は守られたわ。このさき貞操を失う機会はないかもしれないけど。
学校のすぐ近くにあるカリーナの屋敷に向かう。そもそもここに馬車を停めてるんだから、二人は戻ってくるだろうと。カリーナとアレク兄様は私を探して既に屋敷にいたらしく、どこいってたのと散々問い詰められて、庭にいたと笑って誤魔化した。
貴方たちこそ、知らなかったわよっと笑うと、二人とも真っ赤になって可愛かった。
あー、良い感じだな。めでたいな、うん。
いろんなことが起こったけど、今、そう素直に思えてよかった。
帰りの馬車に揺られながら、とても貴重な体験をしたなぁと、しみじみする。
初めてのキス、とプラスそれ以上。
酔狂な魔導師が、単に女の子に触ってみたかっただけなのかもしれないけど。
初めてって言ってたの、ホントかな?
危うく全部奪われそうになったけど、怖いとは思わなかった。
大事なものみたいに優しく触れられて。情熱のこもった低い声で囁かれたこと。私、きっと一生忘れない。