■ 後 編
ベンチに、ふたり。
並んでのんびりと座り、これからリンクに出る人や滑り終わって帰り支度する
人を見ていた。
休憩所には大きなストーブは設置されているものの、やはり少し寒い。
安全対策でゲージで囲われた石油ストーブに、ベンチに腰掛けたまま両手を
伸ばして火にあたっていた。
ハヤトが無言でミノリの赤いミトン手袋の右手を掴んだ。
すると、その手から手袋をはずす。
そして自分の左手の毛糸の手袋もはずすと、ミノリの少し冷えた右手をつかんで
そっと自分のコートのポケットに入れた。
ポケットの中の少し窮屈なふたりの手は、指を絡め指の間をにぎり合う。
『・・・あったかい。』
嬉しそうに照れくさそうに、ミノリが目を細め微笑む。
ハヤトも、また背中を丸めて口許を緩めていた。
『あのさ・・・。』
ハヤトが足元に目線を落としたまま、どこか躊躇いがちに口を開いた。
『前にさ。 チャット、で。
俺んコト、学年で3本の指に入るって言ったの・・・ 覚えてる?』
ハヤト扮するmossoとの最初の頃の会話で確かに言った記憶があるミノリ。
あの頃はまさかハヤト本人だなんて思いもしないで、恥ずかしい言動をたくさん
していた。
『ん。言ったけど・・・ なに?』 ハヤトをまっすぐ見た。
『あのさ・・・
他の2人って・・・・・・ 誰、なのかなぁ・・・、と。』
その言葉に、ミノリがキョトンとしている。
”同学年のカッコイイ男子3人のうち、自分以外の誰をカッコイイと思ってる
んだ? ” と、そう訊いている。
(・・・ヤキモチ・・・?)
ニヤける顔が堪えられないミノリ。
『なんで? ・・・気になるの??』 わざとすぐ返答せず、からかってみる。
すると、どこか必死な顔で『タケルは入ってんの??』 と身を乗り出すハヤト。
肩をすくめて、クスクス笑うミノリ。
あんまり笑うとまた拗ねるから、笑い過ぎちゃいけないとは思いつつ。
案の定。
ちょっと不満気な顔をして、ハヤトが目線をはずした。
ミノリが目を細め、言う。 『入ってないよ、アイザワ君は。』
『じゃ、誰っ?? 誰? ・・・あと、2人。』
(・・・まったく、もう・・・。)
ハヤトが愛しすぎて、胸が痛い。
(心臓病にでもさせる気・・・?)
やわらかく微笑んで、小声で言った。
『ヒーローは、ハヤトマンだけ。・・・でしょ?』
言って、自分の言葉に恥ずかしくなって真っ赤になった。
言われて、ハヤトも赤くなりせわしなく瞬きしながらやはり嬉しそうだった。
『ねぇ、今度。 ウチ来ない? 出汁巻き玉子、また作るよ。』
『えっ!!!』
『・・・キンチョーする?』
『そりゃ・・・ するよ・・・。』
笑う、ミノリ。
『逆に。 ウチに来れば?』
『だって・・・ 誰もいないんでしょ・・・?』
『キンチョーする?』
『するに決まってるでしょー!!』
笑う、ハヤト。
笑い合う、ふたり。
『いつか、ね・・・。』 同時に呟いた。
ポケットの中でつなぐ手と手に、どちらからともなく、ぎゅっと力を込めた。
離れないように。
決して離れることなど、ないように・・・。
【おわり】