■ 前 編
白いスケート靴の靴紐を素早くカギホックに引っ掛け編み上げると
カカトを付けてつま先を90°に開き、スケートリンクの手すりに掴まり
氷の上に立った。
背筋を伸ばし美しい姿勢で立つと、片足で氷を蹴ってもう片方のエッジの
上に乗る。
そして、反対のエッジに乗り換え蹴って踏み出したのは・・・・・・・・
ミノリ、だった。
2-Aの学校祭実行委員だった、1年前。
タケルとナナがじゃんけんに勝ち、ポスター貼りの仕事を敗者のハヤトと
ミノリに任せて暇つぶしの為だけに好き勝手に考えていた
”ハヤト・ミノリ デート大作戦 ”
概要は、と言うと。
冬季にスケートデートに行き、ハヤト扮する ”ハヤトマン ”が
スケート超初心者のミノリの手を取り颯爽とフィギュアスケーター宜しく滑る。
”転んだミノリをお姫様抱っこする ”、という謎のト書きまであった・・・
の、だが・・・。
『久々だから、ちょっと勘がなまってるなぁ・・・』
ブツブツ呟きながら片方の足で踏ん張り、後方に体重をかけ後ろ向きに
滑るミノリ。
キレイなフォームでなめらかにバックで滑るその姿を、ハヤトマンが遠く
見つめていた。
(・・・は、話が・・・・・・ 違うじゃねぇか・・・・・・。)
12月の市営スケートリンク場。
待ち合わせ場所に現れたミノリの服装に、少し驚いて笑ったハヤト。
『なんか・・・珍しくない? ミノリのジーンズ姿・・・。』
アウターはいつもの濃紺ピーコートだが、下はジーンズ。
赤いマフラーに赤いミトン手袋のミノリを、目を細めて眺めるハヤト。
『だってさー・・・
なんか、あの ”大作戦 ”に赤太字で ”スカート厳禁!! ”て・・・
意味がよく分かんなかったんだけど・・・ 一応・・・。』
ふたり、手をつないでスケート場に向かった。
日曜ということもあり、そこは家族連れやカップルでにぎわっていた。
ハヤトがリンクサイドにしがみ付くように体をもたれている。
足はガクガクと、まるで生まれたての小鹿。
まっすぐ立つことさえままならない。
(完っ全・・・ 甘くみてた・・・。)
実は、ハヤトはスケートをしたことが無かった。
しかし、スキーは得意だったので然程難しくもないだろうと高を括っていた。
おまけに、あまり ”どん臭く、なく、ない ” ・・・もとい。
”どん臭い ”ミノリ。
ハヤトがスケート上級者じゃなかったとしても、大差はないだろうと
思っていたが・・・
『ハヤト・・・ あんまりスケートしない人・・・?』
慣れた感じで見事な滑りを見せるミノリ。
ハヤトはなんとか小鹿脚を誤魔化そうと、リンクサイドに肘をつきまるで
モデルのように斜め立ちして引き攣りながら無理やり涼しい顔を向けている。
ミノリがハヤトに向けて両手を伸ばした。
『一緒に滑ろ?』
目を白黒させているハヤトになど構わず、両手を掴み向き合う形でミノリが
バックで滑り進んだ。
すると全体重を預けていたリンクサイドから離れた途端、バランスを崩し
不安定に大きく体を前後させて思いっきり転んだハヤト。
後ろに体重が掛かったため、見事なまでの尻餅をついた。
慌ててしゃがみ込んだミノリに、少しふくれっ面で口を尖らせ言う。
『なんだよ! ムカつく・・・
なんでこんなに滑るんだよ。 滑りすぎだろ!!』
その子供のような文句に、ミノリが大笑いした。
『やった事ないなら、ないって言えばいいじゃない・・・
なーにカッコつけてんのよ、まったく・・・。』
そう言って、ハヤトの手を取り立ち上がらせると、ミノリはすぐ横に並んで
立ちハヤトの腰に手をまわした。
『わたしにも、手。 まわして?』
ミノリの腰に手をまわせ、との指示。
(・・・・・・・・悪くないじゃないか、スケート・・・。)
ちょっとニヤける口許を誤魔化しながら、ハヤトがミノリの腰に手をまわす。
確かにこの体勢だと少し安定感があり、小鹿脚にはならずに済む。
おまけにこの接近具合ときたら、もう・・・
ハヤトには嬉しくないはずがなかった。
少し慣れた気がしたハヤト。
ミノリの腰から手を離すと、そのまま今度は手を掴んでヨロヨロと氷上を歩く。
ハヤトに合わせてミノリもゆっくりゆっくり前進していたところ。
やはり後ろ体重になってしまったハヤトが、またしても、派手にすっ転んだ。
手をつないだままだった為、ミノリも引っ張られてハヤトに覆いかぶさる
ように転ぶ。
氷上リンクの中央で、ふたり。
ハヤトが下。ミノリが上で。
男女逆ヴァージョンの、床ドンに・・・
(やっぱ・・・悪くないじゃないか、スケート・・・
・・・イヤ。 むしろ・・・・・ 大好きだ!!!!)
ミノリは真っ赤になって慌てて立ち上がり、ハヤトはニヤけ顔で氷に
寝そべっていた。