10 クリントの教会
無人の村からまた徒歩で二日。海沿いにある港町クリントがそこにある。ラミエール王国内で人口は王都に次いで二番目に多い。が、やはり噂通り、街全体が沈んだ雰囲気だ。
クリントはグレムリン伯爵が治める。上級貴族に名を連ねるグレムリン伯爵は例にもれず横暴な性格だ。領民に課せられる税が領民税、所得税の二種類あるのだが、領民税は一月一人あたり金貨一枚、所得税は収入の五割。しかも領民税は0歳児から死亡認定されるまでのお年寄りまでだと言うから日本の常識だとありえない。イストの冒険者以外の平均的な収入は一月あたり約金貨二枚。ここから金貨一枚を領民税で取られて残り金貨一枚。所得の五割を所得税で取られて手元には残らない。これでどう生活しろというのか。
横暴というのは税だけでなく、暴力的という意味もある。税を払えない領民がいたらその領民に子供がいるなら子供、働けない老人がいるなら老人をまず殺す。それでも払えないなら女を屋敷へ貢がせる。それでも払えないなら奴隷にされる。ほぼ全てのお金を奪っておいてこの仕打ちだ。あまりにも・・・酷い。
冒険者や旅人に税金は課せられない。その代わりに街に入るのに一人当たり金貨三枚必要だ。俺とイズモは意味が分からないと思いながらも金貨六枚払って入った。今まで狩った魔物や魔獣のドロップアイテムがかなり溜まっているので前の村で換金したかったができなかったので所持金が少ない。いや、1000万シリンあるから少なくはないのだが、この国で生活するとなるとやはり足りない。因みに1シリカ=鉄貨一枚だ。
冒険者ギルドは国とは独立した機関であるから買い取りは相場でしてくれるはずだ。俺の神眼の一つである鑑定眼には物の価値も見えるので信用するかどうかはその時に決めようと思う。
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さて、俺たちは今一軒の宿屋にいる。その名も『泊まり木』。港であるから渡り鳥が多くみられるこの街で一時の安らぎをという意味で付けられたと目の前にいるおばちゃんから話を聞いた。このおばちゃんは宿の女将でスレアさん。夫と二人でこの宿を経営し続けるやり手のおばちゃんだ。
「グレムリン伯爵に領主が変わってからかなり人が減ってね、泊まってくれて助かるよ」
「いえいえ、ここが一番よさそうだったので」
「よさそうというなら目の前にあるホテルのほうがいいんじゃないかい?」
そう、『泊まり木』はほとんど開店休業状態で常に開いてはいるんだがいかんせん客がいない。その理由は冒険者や旅人がこの国から離れていっているのと、目の前にある巨大なホテルのせいだろう。普通は旅人、冒険者、商人しか宿は使わない。そのうち旅人と冒険者はほとんどいないしこの国で商人として生きている者は大抵が金持ちであるから目の前のホテルに流れる。つまりは客が他国からやってきた船の船員くらいしかいない。だがその船員も最近は来ないらしく、経営なんぞ出来るのかというほどに客が来ないらしい。そのうえ一月あたり二人分の領民税金貨二枚を払わないといけないのだから溜まったものではないだろう。
「あのホテルは暴利です。高すぎます」
「そりゃそうだろう。あのホテルは金持ち向けだ」
この後は教会に行って母さんへの報告と神殿の作り替えをしないといけない。作り替えと言っても建物を建て替えると言う意味ではなく、今は母さんの神気が満ちているのを俺の神気に変えるだけの話だ。まぁその作業が大変らしいのだけど。
「出掛けるかい?」
「ええ、ちょっと教会まで」
「・・・教会に行くのかい?」
教会に行くと言った途端、スレアさんは表情を変えた。ニコニコと機嫌のいいものから真剣で忌々し気に歪んだ顔に。
「?ええ」
「やめておいたほうがいい」
表情でそう言われるのは分かっていたが俺たちは行かないといけないんだよね。ただ、何かがあった、もしくは何かがあるのだろう。でなければこんな表情をするわけがない。
「なぜでしょう?行くことには変わりないですが何かあるんですか?」
「だからやめておいたほうがいい。特にお前さんは」
そう言って指を指されたのはイズモ。なんでだろう?
「この街の教会は大司教が一人と司教が二人、司祭が四人いるんだが、大司教と司教は全員男で司祭は全員女なんだ。で、大司教と司教が毎夜毎夜司祭を犯し続けている。どうして異動しないかとも思うだろうが大司教はグレムリン伯爵と仲が良くてね、それで脅されているんだ」
なんだそれは。そんなことをしているのか。しかも敬虔で潔白でなければならない神職に就く者が、教会の中で。
俺の中で言いようのない怒りが満ちる。
「シンク、落ち着いて」
「落ち着いてるよ。大丈夫。まだ、大丈夫」
どうやら怒りに反応して神気も漏れ出ていたみたいでスレアさんが当てられてしまったみたいだ。
「それで、スレアさん。イズモが危ないと言うのは大司教や司教に捕まるからということですか?」
「あ、ああ。あの三人は職務を全て司祭にやらせてその間街で気に入った娘をどこかに連れ込んで犯しているらしい。被害に遭っていない娘のほうがもうこの街には少ないだろう。さらにはグレムリン伯爵と協力して近くの村から娘を攫ってきたりもしているらしい。他の住人は奴隷として王都へ送られる。それくらいに女が好きなのさ」
「その大司教と司教は強いんですか?」
「戦闘という面では強くはない。ただ腐っても司教以上であるから治癒属性魔法と聖属性魔法を使う。問題なのはグレムリン伯爵と繋がっているということだ。下手に手を出すとグレムリン伯爵が表に出てきてよくて奴隷落ち、悪くて極刑だ」
「つまりは虎の威を借る狐ということですね」
「?その言葉の意味は分からないがグレムリン伯爵の権力を脅しに使う卑怯な奴らだ」
そういう意味ですよ。
「なら問題はないです。忠告、ありがとう」
「・・・どうしても行くのかい?その娘がどうなってもいいのかい?」
「俺が行く必要があるんです。それに、俺たちをどうにかしようなんてこんな街の住人にできるはずがありませんよ」
一旦会話を切って出口に向かう。
「心配には及びません。おそらくわたしでもこの街くらいなら制圧できますから」
「・・・それはそれで私は不安だが、そうか、意志が変わらないなら行くといい」
「ええ、ではいってきます」
会話をそこで切って俺たちは教会へと向かった。
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クリントの教会内、大聖堂では七人の男女が情交をしていた。否、男三人が女四人を無理矢理組み敷いていた。
「ちっ、もうこいつらも飽きたな」
「そうだな、そろそろ違う娘でも連れてくるか」
男三人に共通する特徴は醜く歪んだ顔、体重が100キロはあるだろう巨体、そして見栄えだけを求めた結果逆に醜くなった服装。
女に共通するのは皆が美人、美少女であること、白の法衣、俗にいうシスター服を着ていること、そして四人の眼は虚ろで無表情であること。
「グレムリン伯爵に頼んで攫ってきたあの村の娘はどうされましたか?」
「ああ、それなら地下でオークやゴブリンに襲われてますよ」
この三人の巨体に犯されるだけでも女性は壊れてしまうだろう。しかし攫ってきた娘にはさらに生きる意味が無くなる、死にたいとすら思えてしまうほどの地獄を味合わせていると言う。
「ふふふ、あの娘たちには魔物どもの繁殖に役立ってもらわねば。世界征服のためにもな。ふふふ、ふははは、はーはっはっは!」
「たのも~」
「「「!??」」」
三人が高笑いしていると二人の人間が大聖堂に入ってきた。そのことに驚いた三人は思わず動きを止める。なぜ驚いたのか、それは教会入り口には強力な結界を張り、大司教である男が許可した人物しか入れないようにしていたからと、もしものために50人ほどの手練れの騎士をグレムリン伯爵に借りて教会内に配置していたからだ。つまりはここに知らない人物がやってくると言うことはない。であるなら今の声の主はそれらを突破してここまで来たと言う意味になる。故に驚いた。「なぜここまで通したのか」「騎士は何をしているんだ」と。
三人は騎士がやられることはないと思っている。なぜならここの騎士たちはグレムリン伯爵家の家紋の付いた鎧を身に着けているためで真っ向から自分たちに挑む者などいないものと思い込んでいるからである。であるから、驚きは目の前に現れた二人組ではなく、不甲斐ない騎士たちに向けられている。
そんな三人は改めて二人組、シンクとイズモを見る。イズモを見た瞬間、三人の顔は下品でさらに醜く歪む。
「おい、お前。どうやってここまで来れたか知らないがこっちに来い、可愛がってやるぞ?」
「ははは、ちょうどこいつらに飽きてきたところだったんだ。お前みたいな娘は大歓迎だ!」
「ふふふ、こっちに来なければどうなっても知りませんよ?」
すでにシンクは目に入っていないようだ。三人の言葉と表情にイズモは悪寒を感じた。嫌な予感がすると言うことではなく、ただただ、気持ちが悪かっただけだが。
そしてイズモにそんな要求をすれば黙っているはずのないのがシンクという男である。それ以前にスレアの話でプチ切れ状態とでも言おうか、少しばかり怒りがあったため、今は怒髪天を衝く勢いで内心は怒り狂っている。力の制御ができていなければ教会が、街が、国が一瞬で崩壊してしまうほどに。だがシンクという男は怒れば怒るほどに気が収まる。これは今までこれほどまでに怒りが溜まったことのないためにシンク自身も気付いていない事実。
「やぁやぁ、醜く太った豚鬼ども。・・・神の名において貴様らを厳罰に処す」
前半はにこやかに、後半は厳かに、シンクは宣言する。
今宵、教会内の大粛清が始まった。
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