7 旅立ち
落ちていた三つの品を鑑定してみる。
キングワイプの魔石
属性:炎、闇
キングワイプの魔石。
魔水晶
キングワイプの討伐証明部位。杖の先についていた水晶。
呪杖ゲイル
呪い:マジック使用不可
長年の負の感情を蓄積し呪われた杖。杖なのに装備するとマジックが使えなくなる。もはや意味が無い。
さて、ひとまずこれらを無限収納に入れておこうか。確か武器の呪いもマジックで解けるらしいから後で思い出したころにでもやろう。今は杖が必要ないからね。
キングワイプを倒して二時間ほどで俺たちは住んでいる洞窟に戻ってきた。
「お帰り、どうだった?」
「問題なく」
「そうか。イズモ、すまないが料理を頼めるか?材料は集めてある」
「はい、お父様」
イズモは晩御飯を作るため中に入っていった。俺も続こうとしたがクルトさんに止められる。
「シンク、少し話がある。今いいか?」
「ええ、イズモが料理を終えるまでなら」
クルトさんはいつもよりも穏やかな顔だが何か重大なことを決心した目をしている。
ついてこいと言うクルトさんに従ってやってきたのは初めて修業をした場所。今では広場のようになっており、あの後は何度もここで模擬戦をしたりした。おかげで魔物や魔獣は近づいてこない安全地帯ができていた。
「シンク、君はもう旅立つのかい?」
その広場の真ん中でクルトさんは口を開いた。やはり、これからの話だそう。
「・・・ええ、半年間で生きていくだけの力を付けました。この世界の知識を身に付けました。目的が無ければいつまでもここにいてもいいと思えるほどに楽しかった。でも、俺には目的がある。この世界にいるはずの二人を見つけ出すという目的が」
初めて出会ったときにも言ったことを繰り返す。しっかりとした意思を込めて。
「イズモは本当に連れて行ってくれるのかい?」
その質問も今更だ。そんなもの決まってる。
「当たり前です」
即答した俺に満足したように小さく頷き、その場に座った。
俺も同じように座る。
「以前話したことを覚えているかな?イズモを連れて行ってくれるとここで話した時の話だ」
それも覚えている。結んでおくと便利な契約の話。
「供の誓い、ですね。覚えています」
それは幻獣種族と人が交わす、一生物の契約。供として、友として共にあり続ける、そんな契約。
「ああ、今夜寝る前に、イズモと儀式を行ってほしい。これがその方法が書かれた巻物だ。わしは飯を食べたら集落に戻らなくてはならん。だから、これが最後の頼みだ。イズモをよろしく頼む」
巻物を受け取った俺にクルトさんは頭を下げる。頭の耳が地につきそうなほどに。
「頭を上げてください。彼女はすでに俺の巫女ですよ。それにクルトさんへの恩もあります。神として、それ以前に一人の男として、彼女は守り通して見せましょう」
それに対し俺は鷹揚に答える。それは神の宣言。至上の言葉。絶対に守られる、不変の事実。
「そろそろイズモも調理が終わった頃でしょう。戻りましょうか」
「ああ、ありがとう」
手を差し伸べ立ち上がらせる。二人向かい合いもう一度強く握手をした。
「もうできてるわよ」
洞窟に戻るとすでに机の上にはご馳走が並んでいた。
森のサラダ、キノコのスープ、炊き込みご飯、焼いた御揚げ。メインはグリーンウルフのステーキ。グリーンウルフはこの森に生息する狼型の魔物で雑食の生き物。味は牛に近く、それでいて脂は鶏のようにしつこくない。いくらでも食べられる、そんな気のする味だ。
「「「いただきます」」」
三人で声をそろえて食べ始める。これが三人で摂る最後の食事。自然と会話が少なくなった。
黙々と食べ続ける三人。すでに残りは少ない。そんなころにクルトさんが声を出した。
「イズモ、シンク。二人に餞別の品を用意した。部屋に置いてあるから後で見ておいてくれ」
いろいろと助けてもらったのはこちらなのに、何から何まで悪い気がする。
「わしからの旅立つ子供へのプレゼントだ。遠慮なく受け取ってくれ」
そんなこと言われたら受け取るしかないじゃないか。
「ありがとうございます。大切にします」
イズモは何も言わない。が、手は震え、唇は何かを耐えるように固く結ばれている。
最後のステーキを食べ終わり、クルトさんは席を立つ。
「では、わしは集落へ戻る。いずれまた、元気な姿でわしらの下へ帰って来い」
半年ではあるが三人で過ごした日々は色濃く俺の心に残っている。すでにこの人は俺の中で親同然の人だ。だから俺はこう言おう。
「ええ、クルトさんもお元気で。また会いましょう」
別れの言葉ではなく再会の誓いを。
「ああ、二人ともまた会おう」
クルトさんはそう言って去っていった。最後に見たクルトさんは笑っていた。
「・・・イズモ」
何も言わなかった、否、言えなかったイズモは俺の横にいた。ぎゅっと口を結び、目から零れる物を流し続け、手を震わせながら。
そんなイズモを俺は強く抱きしめる。イズモは俺が守ってやるという意思を込めて。一人じゃないからと言い聞かせるように。一時の別れを悲しませないために。
そしてイズモはついに決壊する。
イズモは俺の胸に顔をうずめて泣き叫ぶ。おそらくこの声はクルトさんにも届くだろう。だから俺はより強く抱きしめ、同時に頭を撫でる。これで落ち着いてくれるのならいいのだけど。
イズモが泣き止み食器も片づけ、許可を得ていたので洞窟内の物を無限収納に入れていく。リビング、浴室、キッチン、イズモの寝室、クルトさんの寝室、倉庫など俺の部屋以外を片付け、今は二人、俺の部屋のベッドの上で座っている。これから供の誓いの儀式を行うためだ。
「「・・・」」
だったのだが、巻物の中を見た途端、俺たちは固まってしまう。だっておかしいだろ、なんで体液交換なんだよ!
「・・・」
いかん、イズモの顔は真っ赤だ。ここはどうするべきか。供の誓いの効果を考えるとやっておいたほうがいいのは確かなんだが・・・う~ん。
「シンク」
唸りながらも考えていると未だに顔が真っ赤のイズモが俺を呼ぶ。
「なんだ?」
俺のほうが座高が高いからイズモから見上げられる感じになるんだがこれはヤバい!こんな美人の超至近距離からの上目遣い+ちらっと見える胸の谷間のコンボ! これはだめだ、もう我慢できそうにない。俺はこんなに節操なしだったんだろうか。すまない、藍。お前を世界一愛しているが俺はイズモも好きになってしまったらしい。
「私は、大丈夫。だから、しよ」
と理性崩壊寸前の俺にそんなセリフ。これ以降の描写は控えさせていただきたい。想像にお任せしよう。
イズモと三回戦ほど行ってしまったが供の誓いの儀式は成功したようだ。体内から普段より強い力が漲っている。これが供の誓いで得た力だろう。そのせいか疲れていたはずなのに全く眠くならずに外に涼みに来た。
明日がイストへ来てちょうど半年。
俺の目的は藍と蒼葉を見つけ出すこと。今まで忘れていたわけじゃない。それどころか二人のことを思い出さない日なんてない。
あの事故から約二年。俺はついに旅立つ。藍と蒼葉、二人を探す旅へ。大切なものを守るため。愛する者と共に生きるために。
「母さん、見守っていてくれ。俺たちの行く末を。藍、蒼葉、待っていろ。今から迎えに行くからな」
少年の旅立ちに合わせるように否応なく世界は動く。それは進化の兆しか退化の道か。その行く末は天上に座す女神すら知らない。




