第6話 まねき猫パンチ
今朝は会社に行き昨日の続きのカタログ作りを始めようとしたら、ケ
ンさんがやって来ました。ボクは昨日はありがとうございました! っ
てお礼を言うと、いいのいいの、ハハハッと笑っていました。本当にい
い人だなあ。
今日ケンさんが来たのは電気コケシの最終版が完成したからです。社
長と設計の2人とボクで取り出された電気コケシを前に観察をしました
。スイッチを入れるとすぐに電気の木森さんのほうを向いて、おはよう
! って言いました、つられて木森さんもおはよー! って言いました
。
ケンさんがカムの位置合わせがなかなか決まらなかったけど、合わせ
る定規を作ったから誰が組み立ててもバッチリよ! そんな話をしてい
るとコケシさんはそれに合わせて、フムフム、ハイハイ、エエ、ってま
るで話し相手になってるようにしゃべったんです。
ボクの意見が初めて入った電気コケシ、ボクはおこずかいをはたいて
でも欲しいって思いました。その出来ばえに社長も満足したらしくノリ
ノリでした。すると機械の添山さんがとりあえず2000個作って!
って言うと社長もそうだな頼むよ! そう言うと自分の席に戻って行き
ました。
ケンさんが帰って行き、ボクは5本の電気コケシさんの前で体を左右
に振ってみました、するとコケシさんが全員ボクのほうを見てそして、
フムフム、ハイハイ、エエ、フムフム、ハイハイ、エエ、ってしゃべっ
たんです、こだまのように重なって聞えるコケシさんたちの声と動きに
たまらず、あははーーっ! と大きな声で笑ってしまいました。
そうやってコケシさんと遊んでいたら、社長がやってきてねえねえ、
これから電気コケシを持ってモモちゃんの会社に行こうよ! って言い
出しました。ボクはカタログ作りがあるんですって断ったら、そんなの
やらなくていいよ、行こうよ! って言われボクはハイって返事をしま
した。
またカバン持ちだ・・・・ キーを受け取り電気コケシをケースに入
れてミニバンのハンドルをくるくる回して走り始めました。すると社長
がモモちゃんとは昔は同じ会社で机が隣だったけど意見が360度合わ
なくて毎日机をたたき合っていた仲なんだ、この電気コケシで作り方を
教えてやらないとと言っていました。360度って1周して同じ所だな
あって思いました。
行く途中、ボクは気を使ってケーキ買って行きましょうか? って聞
いたら、そんなの買わないでいい! って言われました。この前の倒産
した時の社長さんに会いに行く時は買って行ったのになあ・・・・ そ
して走ること1時間、モモさんの会社に到着しました。
うちの会社は小さいし5人しかいないけどモモさんの会社は大きくて
社員がいっぱいいました。そして受付のおねえさんに面会申し込みをす
ると応接室に案内されました。ボクは社長のカバンをソファに置いてケ
ースから電気コケシを取り出すとスイッチを入れました。
コケシさんはじっとしてますが、社長がコケシ作りのお手本を見せて
やるんだって言うと、コケシさんはフムフム、ハイハイ、エエ、ってし
ゃべり始めました。それでふと思ったんです、社長の机の上に電気コケ
シさんを置いておけばコケシさんが話を聞いてくれてボクの所には来な
くなるかもって・・・・
5分くらいするとモモ社長が応接室に入ってきました。ああどうも、
今日は何の用? そう聞いてくるとモモちゃんコケシ作ったよ! こう
いうのを作らなくちゃ! そう自慢気に言うと、コケシさんがモモ社長
のほうを向いてこんにちわ! ってしゃべりました。
モモ社長は眉毛を動かしながら5秒間観察すると、こんなものコケシ
じゃないよって否定したんです。そして応接室のウインドウから木で出
来たコケシを取り出してこれが本物のコケシだよ、何十年も修行した職
人さんが神経を集中して作ったものなんだ、そう言いテーブルの上に置
きました。
うーん確かに民芸品としてみるとモモ社長が作ったやつのほうがしっ
かりと立派に出来ています、電気コケシさんはプラスチックで出来てい
るから並べてみるとオモチャのように見えました。
中にセンサーが入ってるんだ! 木は飛騨地方の銘木だ! カムで動
きがしなやか! コンマ5ミリと違わない職人さんの力作! やっぱり
動かないと! これは100年後もこのままだ! もっと明るく陽気じ
ゃなくちゃ! 歴史が一番大切なんだ!
社長もモモ社長も自分の会社のコケシ自慢ばかりで話がまるっきりか
み合っていません、ボクは黙ったまま下を向いていました。そんな悪い
ムードの中でもコケシさんはフムフム、ハイハイ、エエ、って返事をし
ていてえらいなー! って思いました。
結局最後まで話しがかみ合わないまま1時間たってコケシ自慢のネタ
話が終わりました。モモ社長はこんなオモチャってボソッと言うと、社
長も負けじと歴史に縛られてると過去の人になっちゃうよ! って言い
返してました。するとモモ社長はまたウインドウから別の物を取り出し
てきてコケシの横に並べました。
そしてこれが次発売のまねき猫だよ、こういうしっかりと木で出来た
やつを作らなくちゃ、100年先まで余裕で置いておける物を作らない
とと勝ち誇ったように言いました。うーん確かに良く出来ているなあ。
ボクは手をのばしてまねき猫を持つと観察しました。
よく出来てますね! そう言うとモモ社長はわかるだろ! そうなん
だよ、ハハハーッと・・・・ すると社長はもう帰ろうって席を立った
のでボクも立ち上がり会社を出ました。帰り道の車の中ではいつもノリ
ノリの社長は無言でした。
会社もモモ社長のほうが大きいし、社員もいっぱいいるし、テレビに
も出ていたし。それに今日のコケシ自慢もモモ社長のほうが勝っていた
なあ、社長はコケシ作りのお手本を見せに行ったのに逆に言い返されて
負けたことが悔しいんだ。
会社に戻ると社長はすぐ設計の2人の所に行って、ねえねえ次はまね
き猫作ろうよ! モモちゃんに負けないやつでお金はいくらかかっても
良いから! そう言うと、2人は振り返りもせず一言ハイと言っただけ
でした。席に戻った社長はよほど悔しかったのかテレビをボーッと見な
がら思い出し怒りをしてました。
ボクはまねき猫さんの完成した姿を腕をくんで天井を見ながら想像し
ました。うーん、まねき猫というと良く玄関に置いてあったり、お店の
レジの横に置いてあったりするあれかあ、猫ちゃんが招いてくれるわけ
だ・・・・ 想像をふくらませて妄想の世界に浸っていたら宅配便の人
がお荷物です、ハンコかサインお願いします! って入ってきました。
ボクはいつものように引き出しからハンコを出してそれを持って行っ
て伝票にペッタンコと押し付けました。その瞬間頭の中でランプがピカ
ッ! と光り輝いたのでした。まねき猫さんがハンコを押してくれれば
すごい便利だな!
荷物を受け取るとすぐに社長の所に行き、まねき猫さんにハンコを押
す機能をつけたらどうですか? って提案すると社長はテンションの低
い声で、そうねえ、モモちゃんに負けないためには何でも付けないとだ
なと言い、設計の2人の所に行くと、ねえねえハンコ押してくれる機能
も付けようよ! って言うと2人は振り返りもせずにハイと一言答えた
だけでした。
その夜、まねき猫ハンコ、違う、まねき猫スタンプ、違う、ねこパン
チ。どんな名前になるのか考えていたら眠れなくなってしまいました。
そして朝になって目が覚めるとまだ30分あったので2度寝しました。
あーあと30分も眠れる、天国、天国・・・・
寝かけたその後、1階からお母さんの叫び声が聞こえたんです、ハア
アアアー、ピーちゃん! ハアアアアーーー! ボクはただならね声を
聞いて飛び起きると階段を一気に駆け下りて行きました。鳥カゴの前で
叫ぶお母さん、よく見るとカゴの中でオカメインコのピーちゃんが死ん
でいました。
ハアアアー、ピーちゃん! ピーちゃん! お母さんが可愛がってい
たオカメインコがとうとう死んでしまったんです。最近元気が無いなあ
って思っていたけど突然でした。でもボクは子供の頃からピーちゃんが
嫌いでした、だってボクを目のかたきにして襲うんですよ、いったい何
回頭をつつかれたことか。可愛そうだと思ったけど正直ホッとしました
。
お父さんも起きてきて朝からいったい何の騒ぎだって言ってピーちゃ
んを見るとアッ、死んでる・・・・・ って。混乱状態のお母さんに1
7年も生きたんだ、十分長生きしただろ、しゃうがないじゃないかって
言い、いつまでもこのままにしとけないから庭に埋めてお墓を作ってあ
げようって。
おかげでボクは朝からパジャマ姿でシャベルで穴掘りをさせられて朝
食を食べる時間も無くて会社に行きました。あーお腹が減ったなあ、コ
ンビニでおにぎりを買ってくれば良かった・・・・ あっいけない、そ
れじゃ岩口さんになっちゃう!
お腹が空いた状態でボクはカタログ作りを続けたけどいまいちテンシ
ョン低かったです。社長もいつもはノリノリでねえねえ! って話しか
けて来るはずですが今日は来ません。やっぱり昨日のモモ社長に負けた
ことをまだ根に持っているんだ・・・・・
お昼になって家に戻ったけれどご飯は出来ていませんでした。お母さ
んは落ち込んだ様子でテーブルに座り下を向いたままブツブツとひとり
言を言ってました。近くに行くと昨夜研究のために持ち帰った最終試作
品の電気コケシさんに話しかけていたんです。
ピーちゃんはおりこうだったね! こんなことならもっと美味しいエ
サを最後に食べさせてあげればよかったね! お母さんは電気コケシさ
んにピーちゃんって名前を付けて話しかけていたんです。お母さんの言
うことに、フムフム、ハイハイ、エエ、って返事をするコケシさん。
ボクはそんな姿を見てお母さん小さくなったなって思うと何だか悲し
くなりました。ボクは外で食べて会社に行くからと言うと家を出てコン
ビニでおにぎりを3個買うと会社に戻りました。すると社長がカップ麺
を食べてました。
あれっ、午前中はテンション低かったけど今は元気になってる・・・
・ ボクはおにぎりを食べていたら、ねえねえ、この間倒産した会社の
社長、さっき電話かかってきてこれから行っていいですか? って言っ
てきたからどうぞ! って返事したんだよ! アハハーーっ! って。
どうしようかなあ、雇おうかなあ、どうしたら良いと思う? ってボ
クに聞いてきたんです。ボクはわかりませんって返事をするとその社長
の悪口を言い出しました。ボクはいつものようにハイハイって返事をし
てたら仕事が始まってしまいました。
でも話が終わらずに聞いていたら、営業の岩口さんがウエッ! と言
いながら玄関から入って来ました。すると今度はねえねえ岩口くん、倒
産したあの社長がこれから来るよ! アハハーッ! って言って今度は
岩口さんの机の前で同じ話をし始めました。
ボクはやっと行ったと思い、残りのおにぎりを食べ始めました。岩口
さんを見るとパソコンのスイッチを入れてフリーセルを始めながら社長
の話を聞きながらおにぎりを食べていました。いけない、岩口さんと同
じになっちゃった・・・・・
すると悪口を言ってた倒産した社長がこんにちわ! って玄関から入
って来たんです。社長はああどうもおー大変でしたねえ! ハハハーッ
! って笑うと大きなテーブルに座って話を始めました。どうやら雇っ
てほしいというお願いの話のようでした。
社長はあんなやりかたしてるから倒産したんだ! なってない! み
たいなことを何度も言ってはアハハーッ! と笑っていました。何だか
倒産してグッタリとしている社長さんが可愛そうだなって思いました。
そして1時間するとちょっと考えるからと言うと、その社長さんは帰っ
て行きました。
モモ社長にこてんぱんにやられてテンション低かったのにわずか1日
で見事に復活しちゃいました。あの回復力はどこから来ているんだろう
・・・・ その日はノリノリのハイテンションでボクに何度もどうしよ
うか、雇おうか? アハハーーっ! って話を聞かされていたら夕方に
なってしまいました。
家に帰るとすでにお父さんが心配して早めに帰っていました。そして
ボクに小さな声で、お母さんがあんなだから駅前でお弁当買ってこい!
って言うのでボクは自転車に乗って3個のり弁を買ってきました。
放心状態のお母さんとお父さんとボクはテーブルで食べ始めたけどお
母さんはまったく食欲ゼロでした。そして電気コケシのピーちゃんに話
しかけてる姿を見てお父さんとボクは思わず引いてしまいました。
社長はあの人を雇うのかなあ、お母さんは明日になったら元気になる
かなあ、まねき猫パンチって名前がやっぱり良いかなあ、そんなことを
考えていたらまた夜眠れなくなってしまいました。