第2話 カタツムリライター
月曜日の朝、ボクはパンとコーヒーで朝食を食べると自転車に乗って
会社に行きました。ドアを開くと社長がコーヒーの機械をいじってて、
経理の三下さんがテーブルの上を拭いていました。ボクはおはようござ
います! って挨拶すると朝から元気が良いねえ、って社長に言われま
した。
机に座って今日は何をすればいいかなあって考えていたら、電気の木
森さんと機械の添山さんも出社して来ました。ボクはおはようございま
す! って挨拶するとおはよー! って挨拶してくれました。
そして仕事が始まりました、といってもタイムカードが無いので始ま
る時間はなんとなく、だいたい9時前後です。社長は机に座ると小さい
テレビを付けてそれを見始めました。設計の2人もパソコンのスイッチ
を入れると仕事を始めました。
経理の三下さんも伝票をさわりながら電卓をたたいています。今日は
何をすればいいのかなあ、そう思っていたら社長がちょっと来てって言
ったので何かの仕事かと思って行くと、テレビを指さしてコケシ作り名
人のモモちゃんだよ、昔から知ってるやつだよ、でもあんな作り方じゃ
まだまだなんだよね、そう言うのでボクは、あっそうなんですかって言
いました。
社長はコケシも作れるんだ、すごいなー! って思っていたら、社長
が立ち上がり設計の2人の所に行って、ねえねえ、ジャンピングバッタ
もうすぐ完成でしょ? そしたら次、電気コケシ作ろうよ、こうやって
前に立つとコケシがこっちを見るやつ、できれば朝だったらおはようっ
てしゃべるやつがいいなあ〜。モモちゃんにコケシ作りのイロハを教え
てやらないと・・・・
そう言い終わると、2人は振り向きもせずにハイって一言だけでした
。社長さんが言ってるのにずいぶん冷たい反応だなあって思いました。
社長は机に戻るとその情報番組を見ながらブツブツと言っていました。
ボクは席に戻ってやることが無いので携帯の画面を見て時間をつぶしま
した。
すると社長がやってきて、またテレビのニュースの解説を始めました
。ボクは良くわかりませんでしたがその話をハイハイって聞いて全部言
いい終わると満足気に戻って行きました。そんなくり返しをしてたらお
昼になりました。ボクは自転車に乗って家に帰りお昼を食べて少し休ん
でまた会社に戻りました。
電話がかかってきたのでやった仕事だ! と思いボクは出ようとした
ら、経理の三下さんが先に出ました。するとすぐにシドロモドロになっ
てきて、すいません、はい、申し訳ございませんって謝り始めたんです
。ボクは何かあったと思いました。ちょっとお待ちくださいって言うと
、電話を置いて社長の所に行きました。
岩口さんが受けたカタツムリライターの見積りと納期の返事がもう2
週間も来ないけど、どうなっているんだ! ってお客さんすごい怒って
いるんですよ、社長出てくれませんか? 経理の三下さんがそう言うと
、社長は岩口くんか困ったなあ、折りかえし電話させるからと言って岩
口くんに連絡してと言いました。
電話を切ると経理の三下さんはあせって営業の岩口さんに電話をしま
したが、何度かけても携帯がつながらないみたいです。そして三下さん
がつながりませんって言ってたその瞬間、営業の岩口さんがドアからノ
コノコ入って来ました。すかさず、怒ったお客さんから電話があったの
ですぐ返事をしてください! って言うと三下さんはほっとした様子で
した。
岩口さんは机に座るとパソコンのスイッチを入れてからコンビニのお
にぎりを食べ始めていつものフリーセルを始めました。いつまでたって
も電話する感じじゃ無くてとうとう社長がお客さんに電話しろ! って
命令すると、ウエッ! と言い面倒くさそうにやっと電話をかけたんで
す。
お客さんの怒鳴る大きな声がうっすらと聞こえて来てかなり怒ってい
るようでした、でも岩口さんは、ええ、あー、ええ、って全然平気でし
た。そして聞き終えると、すぐ出しますので! と言うのかと思ったら
、今忙しくて順番にやってますから来週出します! って言うとガシャ
ッと電話を切ってしまいました。
お客さんが2週間待ってても連絡ないからすぐに出せと言ってるのに
、まったく聞いて無くて今日じゃなく来週出しますなんてすっとぼけた
ことを言ってお客さんの電話を切ってしまったんです、ボクが働いてい
た居酒屋でそんなことしたら店長にすごい怒られてしまいます、ボクは
怒ったお客さんからはもう注文来ないなって思いました。
岩口さんは電話を切るとおにぎりを食べながらフリーセルを始めまし
た。忙しいっていうのは仕事じゃなくてフリーセルのことなんだ、すご
いなーって思いました。そうしてるとまた社長が来て、ねえねえ知って
るかな、ロシアで雪男が見つかったみたいだよ! って楽しそうに言っ
てきたので、ボクは本当ですか! って返事をしました。
社長が話し終わって満足した感じで戻るとボクはカタツムリライター
ってなんだろう? って思いました。気になるとどうしようも無くて悪
いと思ったけど忙しそうに働いてる設計の2人の所に行って、カタツム
リライターって何ですか? って聞くと、電気の木森さんが、あーあれ
か、苦労して作ったのに全然売れなかったやつよと言いました。
すると添山さんが、奥の倉庫にあってもう捨てようと思ってるんだ、
欲しかったら全部持って帰っていいよと言いました。ボクはどんな形で
すか? って聞くと、一言、カタツムリの形って言われました。ボクは
テレビ見てる社長の前を横切って、2回も説明を受けた棚の前を通って
奥の倉庫に入りました。
棚にダンボールがいっぱい並んでいて、マジックで商品の名前が書い
てありました、えーっとカタツムリライター、カタツムリライター、探
したけどなかなか見つからないでした。無いや、そう思って一番奥まで
行くとありました!
すぐにダンボールを引っ張り出してめくってみるとビニール袋に入っ
た商品がいっぱい見えました。手にとってよく見ると、はあああ! カ
タツムリだあ! って口走ってしまいました。もっと良く見たかったの
で3個だけ手に取ってから自分の机に戻りました。
ビニール袋をやぶって手の上に乗せるといろんな角度で観察しました
。これがカタツムリライターなんだ! そして説明書きを読むと火のつ
けかたが出ていました、殻の部分をつまんで押すのか・・・・ 指に力
を入れてつまむと、カタツムリさんの角がズルズルっと伸びて来ました
、はあああ、出たあああ・・・・ さらに強くつまむとカチッと言う音
がして口から火が出ました、はあああ、火がついたあああ・・・・
すごいなー、まるでライターみたいだ! ・・・・ そして足という
か下のほうがゴムで出来ていてベタベタしています。ぼくはくっ付くか
なあ、と思って引き出しに押し付けるとペタッと張り付きました。冷蔵
庫のドアにも付くかなあ? 観葉植物の葉っぱにも付くかなあ? 会社
内のあちこちにくっ付くか実験したら全部付きました、はははっ、便利
でおもしろいなあ。
カタツムリライターで遊んでいるとまた社長がやってきて、ねえ見て
見てってパソコンを持ってきて画面を見せられました。グラフが見えた
けど何だかわからず聞いたら、ドルを買っておいたらこんなに儲かっち
ゃった! と嬉しそうに言うんです、ボクはいくらですか? って聞く
と手数料を抜いても80万円くらいの儲けかなあ、って言うのでボクは
すごいですね! って言いました。
世界情勢を観察しながらでないと利益を得ることは出来ないんだよ!
ボクは頭が悪いので良くわからなかったけど、ハイハイって話を聞い
ていたらよほど嬉しかったのかまた初めから同じことを説明し始めまし
た、正直、聞いていて疲れました。
そんな話を聞いていたら夕方になって会社が終わりました。設計の2
人はがんばって仕事をしてましたがボクはすることが無いので挨拶をし
て帰りました。それから家に帰って自分の部屋でカタツムリライターを
いじって遊びました。
次の日もボクは自転車に乗って会社に行きました。そして2回社長の
テレビの話を聞いていたら電話がかかってきました。ボクが取ろうとし
たらまた経理の三下さんが先に出ました、すると急に緊張した声になっ
て電話を置くと、昨日の怒ったお客さんからです、社長出てください!
って言ったけど社長はいやだよ、怒られるのなんてと言いました。
でも今すぐ! って言うんです、どうしたら良いでしょうか? って
困った顔で言いました、そんな三下さんの顔を見ていたら目が合ってし
まいました。電話に出て欲しいような涙目でボクを見る三下さん。仕方
ないのでボクは電話に出ることにしました。
居酒屋で働いていた頃は店長とかお客さんに毎日怒られていたので、
ずっと謝れば許してくれると思ったからです。そして怒鳴られると思っ
て少し緊張して電話に出ると、ホッホッホッ、何とかしてくれよお!
って泣きそうな声が聞こえました。お願いだから明日までにカタツムリ
ライター送ってくれよお。って言ってきたんです。
ボクは何個欲しいんですか? って聞くと10個よ、明日お客さんが
取りに来るのよ、もう言い訳出来ないからいくらでも良いから頼むよ!
ってすごい弱気になっていたんです。ボクはとっさに1個600円な
ので10個で6000円です、それに送料がかかりますけどって言うと
、頼む! 明日午前中で絶対だから本当に頼むよ、と半泣き声で言われ
ました。
送り先を聞くと、今日中に送りますから明日の午前中到着します!
と言うと、弱々しい声で、本当に大丈夫なんだろうなあ、もうお客さん
に言い訳出来ないんだから、本当に頼むよお〜ってひつこく言うので送
ったらすぐ電話します! と言って電話を切りました。
ボクは社長の前を横切ってダンボール箱の中から10個出して適当な
ダンボール箱につめてから三下さんに宅配便の紙をもらい住所を書くと
、集配の電話をしました。そして発送するとお客さんに電話をして問い
合わせ番号を言うと、本当にありがとう! 助かったよと感謝されまし
た。営業の岩口さんに何度催促しても返事が来ないから困ってたんだと
言ってました。
電話を切ると待ち構えてたようにまた社長が今度は業界ネタの話をし
て来ました、ボクはカタツムリライター10個売れました! って言う
と全然興味無さそうに、あっそう、と言うといつもの長い話を何回も聞
かされました。
あーなんか今日は良い気分だなあ、仕事したって実感がわいてきまし
た。1個600円で10個で6000円の儲け。すごいなーやったあ!
何か気分がウキウキして来ました。そしてその日は営業の岩口さんは
会社に来ませんでした。それから終わりの時間になるとまっすぐ家に帰
りました。
夕食の時間になると、お父さんが仕事大丈夫なんか? って聞くので
カタツムリライターの話を夢中で最初から全部話すと、お父さんは、じ
ゃ今日の仕事は電話で注文聞いて宅配便で送っただけか? って言うか
らうん、そうだよ! って言いました。
そうだ! これがカタツムリライターだよ! ポケットから出してそ
れを見せて、ここを押すとツノがほら伸びるんだよ! それからカチッ
と! 口から火が出るとボクはうれしくて、火が出たあーーー、あはは
はーっ! って大笑いしたけど反応がありませんでした。
ボクは顔を上げてお母さんを見ると涙目で心配そうにボクを見てまし
た。お父さんは一言、おまえだいじょうぶか? って・・・・ でもボ
クは今日会社のためにはじめて役にたった仕事ができて、その夜は興奮
状態でなかなか眠れませんでした。
次の日会社に行くとまたすることが無くて携帯画面を見たり、カタツ
ムリライターで遊んだり、社長の長い話を聞いたりしてました。そして
午後になると営業の岩口さんが会社に来たので、昨日の件ですけどって
言うと、えっ、何だっけ? って忘れてる様子だったので、カタツムリ
ライターお客さんに送りました! って報告しました。
すると、あっ、そう、ついでに請求書も作って送っておいてと言われ
ました。ボクは作り方がわからないですと言うと、岩口さんはごめん、
俺もわからない、経理の三下さんに聞いてって言われました。ボクは三
下さんに作り方を教えてもらいパソコンを借りて個数と金額を入れて印
刷をしました。
あーなんか仕事してるって感じだなあ、はははっ。切手をはることが
こんなに楽しいなんて・・・・ また注文が来ないかなあ・・・・ そ
んなことをして社長の話を聞いたらその日の仕事は終わりでした。何か
少しずつ会社の役にたってきたなあ、明日もがんばらねば。
ボクも早く一人前になって、技術の2人みたいになってお金儲けをし
たいなあ、そして頑張って働いて給料をもらうんだ・・・・ そんなこ
とを考えてたらまた夜眠れなくなっちゃいました。
そういえば、給料いくらもらえるのかなあ? ・・・・