貴方の為に私は堕ちることを厭わない
おや、私に何か?
あぁ、やはり貴方が見つけてくださったのですね、あの方を。
知っていたのか?
えぇ、知っていましたよ。
知らないわけがない。
私は、風の高位精霊の第一位に座するもの
始原の世界から、あの方の隣にあることを誇りとしていたのですよ?
あの方の思いも、あの方の考えも、あの方の在り方も
全てを知ろうとしてきたのです。
あの方がこのような事態となったらどうしようとなさるのか、これまでの全てをかけて考えれば分かりきるというものです。
それで、あの方は何処におられたのです?
健やかであられましたか?
そうですか、帝国の・・・
だからこそ・・・それもあって貴方が見つけたのですか。
確か、現在の帝国の王妃は貴方が守護を与えるポロスの民の出身でしたからね。
王妃の子が次代の王となれば、帝国もまた貴方の守護の内となる盟約。
・・・そうなると・・・あの方を貴方は守ってくださるのですか?
本当に?
あの時のように、あの方を裏切ることなどないようお願いしたいものですね。
詳しいな と?
えぇ、それこそがあの方の残された願いでありました。
世界を見よと。
光の届かぬ場所も
闇の届かぬ場所も
火が灯らぬ場所も
水が流れぬ場所も
地が届かぬ場所も
風は見下ろすことが、吹き抜けることが、できるのです。
そして、それらをもって見届けた事柄を誰よりも早く伝えることができるのもまた風。
だからこそ、風たる我らは世界の何物をも見逃すことなく共有せよと。
それこそが、世界を支える大いなる力となると。
何より、世界を見渡していれば、あの方を見つけることが出来ると思ったのです。
気づかないはずがありません。
我々はずっと、この島であの方が封じられた棺を見守ってきたのです。
棺の中から、あの方の気配が減ったことなど気づくに決まっています。
我々は探しました。
あの方を。
しかし、見つけることは出来ませんでした。
そう。
まるで、拒絶されているように感じました。
苦しかった。
悲しかった。
信じられなかった。
この思い、貴方がたに分かりますか。理解できますか?
そんな時、彼女を見つけました。
小さな下位の精霊たちからの報告、そして第五位であるあれからの知らせでした。
風の気配を纏った彼女は、何も知らない精霊たちからすれば稀有なる存在だったのでしょう。
それは、貴方たちの考えでもあったはずです。
甘言をもって彼女を動かし、遂に、風の精霊王にしたのですから。
あれが甘言でなくてなんだというのですか?
あぁ、貴方はそうではないでしょう。
ですが、火の御方と水の御方のあれは・・・
君にしか出来ない
あなたに頼むしかない
君は特別なんだ
ほら、こんなにもあなたは愛されているじゃないか
周囲に愛され、甘い世界しか知らない小娘を思い上がらせるには十分でしたね。
風の高位精霊も彼女の傍にあった。
そうですね。我々も幼い彼女を見出した頃から、傍にあり、守ってきました。
でも、それは彼女を愛したからではありませんよ。
当然でしょ。
我々の愛は、ただただ、唯一なるあの方にのみ捧げられています。
始原のあの頃より、この世界から風が失われるその時まで。
我々は、ただ考えたのです。
どうすれば、あの方と再会できるのかを。
そして、彼女の周囲に侍り、煽てていれば、あの方が出てきてくださると思っていたのですが・・・
あの方は、誇り高い。
自分の代わりに、あのように狭小なものが置かれたとあってはと出てきてくれると思ったのです。
ですが、あの方は出てきてはくれなかった・・・
何がいけなかったのか・・・
なんと
いらないと
精霊も、民も、
もういらないと
そう、あの方はおっしゃったのですか?
ただの人として生きると
そうお決めになられたのですか、我らを切り捨てて
そうですか。
そうですね。
思い違いをしていました。
誇り高いあの方は、
しかし、己を省みなくなった全てをいらぬと切り捨てることを躊躇いもなく行ってしまわれる方でした。あぁ、我々は、私はなんと愚かなことをしたのか
今すぐに、あの方の下へ参じ、この身を捧げ許しを請わねば
許しが頂けないのであれば、消えてしまおう。
あの方の傍にあれないなど、私に存在する価値もないも同じですから。
行ってはならない?
なぜ、そのような酷いことをおっしゃられる
あぁ、それもあの方にお聞きになったのですか?
そう。
彼女では、あの方の残り香でしかない今の精霊王ではこの島は支えきれませんよ。
私たち高位の精霊がこの存在をもって支えているのが現状の真実です。
それが何か?
あなたがたが支えてさしあげればいい。
そもそもに、あの方を裏切り、彼女を選んだのは貴方かただ。
我らはただ、あの方の最後の言葉を守っただけ。
あの方の民を、あの方の家たるこの地を、守っただけですよ
何時でも、あの方が、あの方の民たちが、帰ってこれるように。
あの方がそれらをもういらないとおっしゃられるなら、そうだというだけです。
あぁ、ご安心下さい。
第5位のあれは残りましょう。
彼女の元にね
あれは、あの方が封印された後に生まれた子供。
あの方の存在を知らぬ身。
無知なる愚か者。
高位の精霊が一つでも残れば、少しは支えも持ちこたえましょう。
それでは、これでお別れです。
失礼いたします、地の御方。
貴方との話は他の者たちも聞いておりました。
すでに、この地との柵を解き放ち、移動を始めています。
あぁ、嬉しい。
あぁ、楽しみだ。
あの方が人として生きるとおっしゃられるなら、
我らも人となるのも、また一興。
これからのことを思うと、ただただ心が震えます。
おや、島の最深部であるここにまで響く音など
一体なんでしょうか?
地の御方、どうなされました?
あぁ、
あまり、あれも役にも立たなかったようですね。
すでに、第5位以外の高位精霊があの方の元へ向かいました。
それによって、島の一部が崩れ始めたのですよ。
小さな国が一つ
消えたようですね。
微かに吹く風に、怒号と悲鳴が混じっていますね。
あぁ、痛みを感じられましたか?
大地が沈むほどの衝撃ですからね。
大地そのものである貴方への影響は計り知れないものでしょう。
さぁ、彼女は、慈愛深き幼き精霊王殿は、この事態にどのように対処なされるのか。
あの方のお傍で、見させていただきましょう。
それでは、今度こそ失礼を。