9話嵐の前の静けさ
カリンと啓太が森へ行ってしばらくした頃、リンナの元に村の中でも若い故にリンナと親しい男性、ルイズが少し早い行商の到着を知らせてきた。
「おーい、リンナー。カリンちゃんは居るかーい?行商の人がカリンちゃんのに話があるってさー。」
予定では明日の朝くらいの筈だが、何かあったのだろうか?
しかも、カリンに直接の用事という事は戦闘関係の可能性が恐ろしく高い。
こう言っては何だが、カリンは頭脳労働には向いていないのだから。
「え?!もう来たの?今回は早いね。カリンちゃんなら今丁度森へ行ったとこだよ?帰るとしたら夕方になるんじゃないかな。色々と材料を頼んだし。」
リンナはそう言ったあと、ルイズに今回来た人は誰かを聞く。
ここに来る行商は大体周期的なものがあり、同じような人が選ばれる。
場合に由ってはリンナの友人が来てくれる場合もあるのだ。
「ねえ、ルイズ。今回は誰が来てるの?私の知ってる人?」
「リンナの知ってる人かは知らないけど、矢鱈ゴツイ人やいかにも魔術師って人までいるよ。・・・あれは王都で何かあったんじゃないかな?」
ルイズの答えに、リンナは驚いた。
こんな片田舎に喜んでやってくる冒険者など、数える程しかいないし、魔術師に至ってはその希少価値の高さから殆どが王都か若しくは大きな町で自分の能力に合った商売をしているのが殆どだ。
カリンはその特性ゆえに狩しか出来ないが、魔道具や魔法薬などの作成を出来るのは何もリンナだけではない。
勿論、この村にはリンナしか居ないが、少しくらい大きな町に行けば簡単な回復系統の魔法薬を作れる者は結構いる。
リンナが持つ特殊な魔法は確かに少ない為、行商も態々ここに買い付けに来るが、それ以外の回復魔法薬は町で買った方が移動の護衛代を考えれば安い位なのだ。
そんな現状の中、態々王都の方から貴重な魔術師や護衛が務められる程の冒険者を連れてくるような事がこの村の何処にあるのか悩むリンナ。
そして、そんなリンナの悩みを余所に、件の護衛が村長の家の客間に入っていった。
その入って行ったメンバーを見たリンナは今度は先ほどの倍以上は驚いた。
それもその筈。客間に入って行った護衛の中に自らの姉が紛れ込んでいたのだから。
しかし、あの恰好は自らの身分を明かしてない可能性がある。
何故か全身を衝撃、魔法両方に強い魔道具の鎧で覆っていたのだから。
あのような格好をするのなら、それ相応の理由が有る筈だ。
そして、向こうが正体を明かさないのなら、此方から明かすことはできない。
ここは初対面を装って出ていき、他の顔見知りである行商の商人に話を聞く。
「あのー。カリンちゃんに用が有るって話ですけど、何かあったんですか?ハッキリ言うとカリンちゃんに用があるとしたら村の薬の材料調達か、厄介な魔物が出たと言う事くらいしかないんですが?」
「ああ、リンナちゃんか。僕も詳しくは分からないんだけど、近々お隣の連合国と戦争をするかも知れないらしくてね?その戦力増強にカリンさんの力が必要になるかもしれないんだ。今回はその件で少し到着が早くなるように向こうを早めに出て来たんだ。・・ああ、仕入れは予定通りやるから、彼らの目的はカリンちゃんと自分たちの一時的な交代だけど、僕らはいつも通りの行商だよ。」
「そうですか、それならリストを持ってきますね?」
「おお、頼むよ。・・いつもながら早いね。」
「ああ、今回は少し事情がありまして、その所為でカリンちゃんもチェックをしてから森に行ったんです。」
リンナの話で、商人の方が少し興味が出たようだ。
そして、この家に入ってくるときに見た妙な箱も気にかかり、商人は商売の匂いがするような気がして目を細めながら聞いた。
「ほ~?それは家の外に置いてある、何かの箱みたいな物と関係が有る事かな?良ければ聞かせてくれるかい?」
「いえ、それがそうもいかないんです。その箱の持ち主に自分の物を売ったりしたら許さないっていう事を言われているんですよ。・・そして、その人が今カリンちゃんと森の中に材料を採りに行ってくれてるので、あまり信用を無くすのは控えたいんです。恐らく箱の事を知ってしまえばルドーさんは商人ゆえにその事で商売をしたがるでしょうから。」
リンナはワザト勿体付けた言い回しで応えた。
要約すると「商売には良い物だが、本人は信用が第一の人物だから、交渉は自分でしてくれ」と言っているのだ。
そして、その言い回しを理解したルドーはニッコリと微笑んで・・
「分かりました。この件はまた、今晩にでも伺いましょう。・・それと、話は戻りますが、この隣の国におかしな動きは有りますか?例えば同盟中に攻めてくる可能性が出て来たとか?こう言っては商人にあるまじき発言に成るのですが、お隣は前科3犯ですからね。そろそろやり口にも同様の物が見え隠れしますよ。・・・で、動きは有りますか?」
そう言ってリンナに、仕入れに来て、向こうに行く商人が何を持って行くのかを暗に聞くルドー。
「それは何とも言えませんよ、ルドーさん。知ってるでしょう?向こうに行く行商は結構後ろめたいことが有る行商も多いから、そう簡単に荷物を見せてはくれないって。それにココで買える物なんて私の魔法薬数種だけなんだからそんなにも行商自体立ち寄らないしね?売りに来てくれるだけでも助かってる位なんですから。」
そう言ってリンナも苦笑しながらルドーに返す。
こういった腹の探り合いは歳は重ねていてもカリンには無理な事だし、村長達では素直な分カリンと似たり寄ったりだ。
その為、リンナがこの村に来てからのこの数年間はリンナが商人との交渉担当だ。
そして、村長達は主に護衛やお客の相手をしている。
今も護衛の人に王都の状況や王族貴族、他にこの村を所有する青の一族の事を聞いている。
その話を横に聞きながら商人とも交渉するのは結構重労働だが、ポーカーフェイスが得意な者が他に居ないのだから仕方ない。
そう思って来ていると、興味深い話が聞こえてくる。
「へー、それじゃあ、遂に連合との戦争ですか?しかし、向こうも何を考えて居るんですかねー?この国には冒険者の派遣協会の本部が有る事と、2大宗教団体の総本山が有る位しか目立った物は無いんですが・・。」
これは村長の声だろう。
確かにこの国には冒険者の本部が有る為、手練れの戦闘員が多く集まる傾向にあるが、その為攻め込むのは至難の業の筈だ。
なにせ、手に入れようとするものが何かは知らないが、双方に相当の手傷を負う可能性が大なのだから。
その手傷を回復させる隙に他国に攻め込まれれば元も子もないと誰もが思う事だ。
そのため、今まで交戦国家としての体裁は保った交流を続けてきたのに、これでは何処かに漁夫の利を掠め捕られる結果になり兼ねない。
「それを言ったら、隣国の酷さはズバ抜けていると思いますよ?なんたって騙し討ちで2回も同盟国を裏切って女性の以外を皆殺しにした挙句、その女性たちもほぼ全てを奴隷にしているのですから。あの国は妙に頭が回る癖に良い方向に使わない国ですからな。今回の戦争にしたって、何時横槍を入れてくるか分かった物では無いという事で私達Aランクが派遣されて来たんですから。・・・本当は王都防衛の方が楽なんですがね?」
それはどうなんだろうか?
ココもココで、魔物との戦闘はカリンの話では毎日の作業と言う事だ。
それに引き替え、王都では訓練は有っても本格的な戦闘は其れこそ高ランクの冒険者位しか毎日のようにはやってないだろう。
「ははは。それはご愁傷様としか言えませんが、かといってこちらを手抜きされては困りますよ?なんたってこっちは戦える者を戦争に取られることになるんですから。本当はカリンちゃんには残っていて欲しいんですけどね?そうも言っていられない様ですから仕方ないですが、カリンちゃんには皆さんが交渉してくださいね?私たちからは口を挟まないのが唯一のカリンちゃんに対する加勢に成りますから。」
確かにその通りだろう、とリンナも思う。
カリンの事だ、リンナ達まで快くお見送りをしたら、自分はもうこの村には必要ないと勘違いしかねない。
そうなったら仮に王都へ行っても暗い気持ちで向かって、万が一と言う可能性も捨てきれない。
そうなったらそれこそ何にも成らない。
「それは分かっています。私達もお話に出るエルフの方には安心して王都に向かって貰えるように配慮はさせて貰う予定です。そこは信用してください。」
「ええ、頼みます。」
「しかし、青の貴族様のご家族は何時になったら来て下さるのですか?リンナちゃんはもう既にこの村の一員ですが、家族の方にも会いたいと思いますよ?その辺りは聞いてませんか?」
不意に村長がリンナの家族の話を護衛の人に話し出した。
もしかしてこの中にリンナの姉が紛れていることに気付いて暗に名乗り出てリンナと積る話でもしろと言っているのだろうか?
村長自体はリンナの素性だけで、家族の顔は知らない筈なのだが?
顔の特徴か何かで分かったのだろうか?
「それでしたら例のエルフの方と交代の時に色々と話が有るので、その時に纏めて話をします。今は先ほどこの村に来る途中に見つけた厄介ごとをココの村長である貴方とお話をしなければ為らないと思いまして、家族の語らいはもう少し先に成りますね。」
「え?お嬢ちゃん貴族様だったのかい?それに今の話だと、この村にも貴族様が居る様な言い方じゃねえか。俺は聞いてねえぞ?」
村長の言葉に素直に答えたリンナの姉・・・ユリア・トルンがニッコリと護衛仲間に笑顔を向けて答える。
「ええ、迂闊に言ってしまえば貴族が戦争を前にして敵前逃亡だと言われ兼ねない状況ですからね?まあ、私の実力を知っている貴方達ならその様な暴言は吐かないでしょうが?」
「はは・・そりゃそうだ。一級の【青魔術師】であるお嬢ちゃんにそんな事を言える奴はそうそう居ねえよ。・・・なあ?」
「全くだ!けど、それでも事情位は知らせて置いて欲しかったぜ?それで護衛を止めるなんてことは無いんだからよ。・・そんで?この村の誰が貴族様だって?」
「それは後で皆が集まった時です。それより、先ほどの魔物の事で村長にお願いをしないといけないでしょう?」
護衛仲間が色々と質問をしようとするも、ユリアは村長に向かって言った。
「申し訳ないですが、この村から至急何処かの安全な山に避難して貰えませんか?この村から北に半日くらいの距離に大規模な魔物の群れを確認しました。見た目ですが、300~500体規模の大型魔物の群れです。恐らく何処からか逃げてきたか、何処かの魔物使いが近くで集めているのでしょう。そして、この村を襲うなら今夜が一番奇襲には最適でしょう。今宵は二つの月が共に新月で全くの暗闇ですから。夜目に優れた魔物には関係ない分、操っている者にすれば絶好の機会です。」
そのユリアの発言に声を上げたのは勿論村長
「それは本当ですか?それなら早く皆に知らせないと・・カリンちゃんはまだかい?リンナちゃん!」
村長がリンナを呼ぶ声が家中に木霊する。
それから、直ぐにリンナは入ってきた。
「一応聞いてたわ。カリンちゃんはまだですよ?恐らくもう少しで・・って良い所に来たようだ。」
そう言いながらリンナは外を向き、何故か嬉しそうに走って帰って来たカリンを微笑みながら迎えに行った。
これから、長い夜の始まりとなるのだが、この時は誰もそんな事は思いもしない事だった。