閑話各国の動き
時は沖田啓太がこの世界に迷い込んだ数日前に遡る。
場所はアーシア国の王都、そこに今敵対国であるユーカリ、ナノア連合軍が戦争準備真っ只中という情報が潜伏中の間者からの早騎獣にてもたらされた。
その情報に、しかし国王アレクサンダー・アーシアは不敵な笑みを浮かべ、頭を抱える緒貴族に安心を植え付ける。
「そう心配するな。言っただろう?先日発見された城の地下施設に氷漬けにされた眩いばかりの威圧感を放つ少女を発見したと。そして、その少女の力は我が王国の騎士団全てを投じた物より遥に上を行くと。幾ら連合軍が必死になって攻めて来ても、所詮魔法を使える竜騎士と各魔法兵団を使った集中砲火のみの戦略だ。こちらはその少女、ハルカを前面に展開させて障壁を作り、虎の子の魔道兵器ユシアの発動時間を作って戦力を削り、カイルとセシアを各騎士団の指揮に充てれば防衛は容易い。それに我が国が抱えている自慢のSランク冒険者の5人も防衛に充てれば被害も最小で済む。・・反論は有るか?」
国王の説明にそれまで呻いていた国家の重鎮も、少しだけだが顔を上げた。
しかし、その中で未だ不安で一杯な者が居た。
それは王都の北の土地を任されている闇族の当主、クロウ・ホルス。
この国の貴族は上の一つを光の王族で、もう一つを闇の一族で固めている。下は一定の権力で火、水、風、地という属性による双位等率制を取っているが、その性格は属性と同じ。
国王にして光の属性を持つ王族と、闇の属性を持つホルス家は謂わば国の光と影。
光が有るところに影が有ると言う先祖の指示に従い、あえてその闇の部分を光の王族と同列に据えている。
こうする事で影の部分も他の貴族たちの目に留まるようにしているのだ。
その甲斐あって国の2大宗教ともいえる光の神殿と闇の神殿の権力の平等化を図れていると言っても過言ではない。
その2大宗教の一つの長であるホルス家当主がユーカリに出している自らの密偵に聞いた情報を提示する
「陛下、それだけでは連合軍の彼の10神衆に対しては不十分と具申します。かの者達は私が調べた所、我が国の魔導兵器ユシアと何等か遜色ない魔法を使う手練れの集まり。ココは同盟国のシルリア国境付近のカリアル洞穴に居を構える、トルカ村の守護者たるエルフに王都への戦争参加を強制すべきです。」
なので、少しでも不安要素を取り除くべく、クロウはある村のエルフを臨時で戦争に参加させて万全を期すことを勧める。
「なに?ユシアと同等の魔法だと?・・だが、一人でその威力か?それなら危険な事この上ないが・・しかし、守護者と成っておる者を呼び出すも不味かろう。俺の情報でも、その者が手練れなのは聞いておるが、同時にその者がいなければ洞穴の魔物にて村が一つ無くなる言うではないか。高が100かそこらの民だが、我が国の民に変わりはない。其れよりも我が国の騎士団やカイルやセシアが敵わぬほど者というのは聞き捨て成らんな?」
クロウの意見に国王アレクサンダーは訝しげに顔を顰めるも同列の闇の一族故の意見として重く受け止める。
しかし、尚も意見を言おうとしたクロウの前に、赤の一族代表であるヒューゴ・ノーマンが獰猛な笑みを浮かべながら意見を言って来た。
「おいおい、何をそんなに慎重論を言ってんだ?邪魔する奴は皆殺しが戦争だろうが。それに、取り分は多い方が良いんだ。俺は戦争の報酬で向こうの若い別嬪の魔道士を奴隷に出来るんなら喜んで先陣を切ってやるぜ?俺の家が調べた所じゃ、クロウの旦那の言う10神衆とかいう奴らの半分は物スゲエ別嬪な女って話じゃねえか?俺はそいつらを抱けるなら何処へでも行ってやるぜ?」
そう語ったヒューゴはあからさまに血の気が多い顔を更に赤くして血気に満ちていた。
今にも相手国へ殴り込みに行きそうな程だ。
「まあ、待てノーマン家よ。戦争には準備と言う物が有るんじゃ。速くてええのは女のイカセ方だけで十分じゃろ。のう?トルン家の。」
ヒューゴの言う分を諌めたこの国の宰相たる老人、トナウは代表の中で唯一の女性でしかも年若いユリア・トルンに向かって同意を求めた。・・勿論ワザと。
「・・ふぅ~、このクソ爺は毎回毎回どうしてそんなアホなフリをかましますかね?その辺のネタは男共だけでやっててください。そんな事より私はホルス家の提案には反対です。今陛下が言ったように、あの村の守護者に成っているエルフは私の妹の友人です。その友人を態々召集する意味が分かりません。それにあそこは同盟国とは名ばかりの野蛮なトライ族の国が有る国境。そこの守りが無くなればこの国もただでは済まないのは自明の理。それに今から伝書獣を飛ばしても折り返して向こうが駆け付ける頃には戦争が始まっているかもしれないでしょう。そこへいきなりエルフが現れたら何事かと皆疑心暗鬼に成ります。そこを分かってますか?糞爺」
如何にもな理由でホルス家の提案を退けるユリアだが、それでもクロウは構わず・・
「だが、万一にもユシアが封じられ、ハルカ殿が10神衆に封じられれば、この国の騎士団とて楽には勝てん、連絡用に行商に向かわせる冒険者に誰か手練れのエルフの代わりとなる者を紛れ込ませて交代させてはどうか?それなら向こうも安心ではないか?何もエルフを用済みにするのではないのだ。一時期借りるだけならよかろう?」
「・・それなら、確かに・・・なら、久しぶりに妹の顔が見たいので、私が行商に紛れ込みましょう。私と妹なら、多少の魔物の群れはどうという事は有りませんから、それと後2・3人Aランクの者が付いて行けばいいでしょう。矢鱈多くても向こうに不信感を与えますから。まあ、連れて行く者は私が厳選しますが?」
クロウの意見にユリアはそう妥協案を提示した。
そのユリアの意見に王も頷き、結論を述べる。
「よし、代わりが行くのなら村の事も安心出来てその手練れのエルフも召集に応じやすいだろう。それでは戦争の日がいつになるかは分からんが、王都の騎士団や冒険者のSランク以上の者は強制参加という触れをだし、万一に備えよ。そして、場合によっては騎士団を防備に残し、ハルカ、カイル、セシアとSランクの冒険者の少数精鋭で奇襲と行こうか。・・ああ、勿論付いて行きたいノーマンの若造は勝手について行けばよいぞ?その代り護ってくれる奴はいないと思うがな?」
「はっ!そんなの要るかよ。逆に邪魔のだけだ。俺一人でも良い位だぜ。」
「はっはっは、その調子がいつまで続くか見ものだな。・・では、各自の家は引き続き情報収集と自領の防衛、王都での作業を続行せよ。以上だ。解散!」
ガタ!っと一斉に各々の家の代表はそれぞれの仕事に移る。
そして、ユリアもまた、旅の準備に取り掛かる。
この決断が最善の道だと信じて・・
☆
アーシア国の王都で話し合いが行われている頃。
アーシア国の同盟国であるシルリア国の貴族ホノライは、行商の話にあった見目麗しいエルフが居るというトルカ村まであと数日の距離に私兵を連れて来ていた。
このホノライ、見た目が醜悪でいかにもな体型の豚なのだが、頭はそこそこ良く、戦争の戦利品である敗戦国の姫を集める趣味が有った。
しかも、その敗戦国はどれも同盟をしていた国で、詐欺に近いやり方の攻撃の末の勝利であり、周辺国からは忌み嫌われているが、その個人の強さゆえに攻め込まれないのだ。
そして、今回狙いを定めたのが、同盟国アーシアの片田舎に住むエルフのカリンであった。
その手口は簡単。彼らは魔物を誘導する術を持っている。その魔獣使いの術で魔物に村を襲わせ、そのドサクサでエルフを捕える計画だ。
その為に必要な強力なシビレ草の香りにする香水もたんまり持ってきた。
後は村近くで、待機して、魔物を嗾けるだけだ。
その後の事を考えるホノライはもうその醜悪な顔を更に愉悦に満ちさせていた。
「よし、ここで魔物を集められるるだけ集めるぞ。噂の小ささなら500体位のグラム(オーガ)やドロン(トロル)、あとバスク(飛竜)が居れば後はどうとでもなる。一番厄介な目当てのエルフにはシビレ草を上から直接掛けてやれば幾らなんでも動けんだろう。その動けなくなった所で闇市で手に居れた、こいつで拘束すれば後はこっちの物だ。」
「そんなに簡単に行きますかね?相手は魔物との戦闘を日常的にしているエルフでしょう?案外広範囲の魔法を使われてシビレ草の効き目も届かない位の距離で対応されるんじゃないですか?」
ホノライの愉悦交じりの言葉に冷や水を浴びせかけるのは、彼の副官にして私兵の最高責任者。
ある意味ホノライよりも全軍を統括し慣れている者だ。
そして、その経験上今回の作戦に少々不安要素を見出している。
彼自身はシルリア国の貴族でもなければ正規軍の軍関係者でもない。
唯ホノライに金で雇われた傭兵のような者だ。
しかし、冒険者とは違って、他の国との戦争には一切出ることなく、シルリアの貴族のバカ息子共の舵を取る役目を担うのが主な仕事だ。
その為大きな成功を収めた奇襲の時でも褒賞は無闇の求めないし、受け取らない。
受け取れば最後、その馬鹿どもに使われ続けることが目に見えているのだから。
だから、今回も彼は注意はするが積極的に止めることはせず、折を見て全滅しない程度の頃に全軍を引く予定なのだ。・・仮に馬鹿豚を殺すことになっても、君子危うきに近寄らず・・・をモットーにして逃げ帰るのが彼の使命なのだ。
彼はこのやり方で今まで生きてきた。
そして、今回も生き延びれる筈だった。
唯一の誤算を見落としてさえ居なければ・・
「その時は予め用意してあるユーカリの軍の正規兵の軍服を皆で着ればバレンだろう。丁度あっちも戦争準備中だ、こっちの方に来ていたとしても不思議ではない。上手く行けば陛下から良い口実を作ったと報奨金が貰えて新しい奴隷を買うことが出来る。グフフ・・前のエルフか後の奴隷か・・どっちも楽しみだグッフッフ・・。」
「・・はぁ~、俺はどうなっても知らんぞ?」
「フン!お前にはそこら辺の期待はしておらん。お前はお前の仕事をすればいいのだ。その為の金は渡してるんだから、金の分は働けよ?」
「アイアイさ~。」
そう言って、二人が話し終わり、魔物を集め終えて夜に村を襲撃する事には成功するが、あと一歩の所まで行ったとき、思わぬ邪魔が入ることになる。
そして、彼らがそのまま自国に帰ることは二度となく、その後の大陸間の戦争の引き金になるのだった。・・。