第四話 透明人間、誘う
「聞きたいことがある」
俺は放課後になると人がいなくなる頃を見計らって百合亜に声をかける。
「はいはい、昼休みに行ってたわね。なんであんたが見えるのかってこと」
また机の上に教科書を広げて予習をしている百合亜は少しだるそうにシャーペンをくるくると手で回す。
いかにもあんたのつまらない話にあたしを付き合わせるなんてなにさまーという女特有の態度だ。
ぼっち女め。
「そうだ。もし超能力者達全てに俺が見つかるなら、俺の究極の自由は脅かされる」
確かに百合亜には他人事だ。しかしこちらは死活問題だ。真剣な声で問い質す。
そんな様子を見て、少し顔をきりりとさせながら百合亜は語り始める。
「あんたは本当に消えてるわけじゃないのよ。色素が壊れて大変になるオチ、聞いたことあるでしょ?あんたが本当に透明人間ならとっくに戻れなくなってるか、大陽光線で死ぬとか、どっかのSFみたいな末路になっているはず」
透明人間の話は、前半はその体質を利用して悪行を成し、後半はその体質ゆえに報いを受けるものばかりだ。
俺は中学生の頃にそれを恐れて何度も自分が永遠に戻れなくなる夢や、大陽光線からずたずたに細胞が破壊されて死ぬ夢を見たものだ。
思えば俺が善行に没頭するようになったのも、そういった破滅への恐れゆえなのだろう。
「じゃあなんでだ。確かに俺は消えている。透明状態は映像にも残らないから集団催眠とかではないはずだ」
むむ、と人差し指をおでこにつけながらうなった百合亜は、しばらくすると推測を口にする。
「恐らくあんたは周囲に認識不可能となるエネルギー波かなんかを体表面から出してるのよ。たぶん例えとしてはそんな感じ。科学的にはわからないわ。あたしだってそんなに頭は良くないの。それがコートみたいになっててあんたは透明に見える服を着てるのと同じになってる」
「なるほど。似たような事は考えたことがある。しかしそれは俺が見えることの理由にはならない」
そう、俺も自分の身体のことだからそれくらいは調べた。
「あたしはね、あんたに昨日使った念動力“サイコキネシス”以外にも山ほど超能力を持ってるの。中には超能力とは言えないものまで混じってて、私も知らないものがまだまだ埋もれているほど」
「ふむ」
「あんたの認識不可能とさせるエネルギー波は恐らく人間の知覚領域に限るのよ。あたしは様々な能力で他者を認識しているから見えるのね。って言ってもやっぱり少し透けて見えるんだけど。まあ幽霊ほど透けてはないかな」
俺は百合亜の言葉に聞き捨てなら無い単語を発見する。
「幽霊見たことあるの」
思わず片言っぽくなってしまう。
「……あるけど。あとよくわからない妖怪みたいなのとか。悪魔みたいのも。移動する異次元めいた扉とか、あれがきっと神隠しの犯人ね」
「ひぃいいいい!」
無様に驚く俺。そんな姿を彼女はけらけらと笑う。
「大丈夫よ住む世界が違うし。彼等の世界に行けば別だと思うけど」
俺のドキバクしていた心臓が安心して再びゆっくりと鼓動を始める。
「そ、そうか。良かった。」
しかし安心した俺を次なる恐怖が襲う!!
「でもあんた幽霊ついてるわよ」
「はぁ!?」
このぼっち女が!世の中には言っていいことと悪いことがあるんだぞ!
冗談だとしても許されないぞこんなの。
「あぁ、安心して。事故現場とかにいるグロいのじゃないから。頭から変な花が咲いてるみたいなのじゃないから害は無いわ。たぶん。きっと」
少し不安を覚えるが、ポジティヴな俺は悪霊ではないとわかると夢をむくむくと膨らませていく。
「ど、どんなんだよ。美人だといいなぁ。へへへ」
「ええ。美人ね。こんな子は中々見ないわ」
百合亜の言葉で、一気に頭を美人の幽霊の妄想がビッグバンを起こす。
「まじか!?」
ネットで読んだ、幽霊とにゃんにゃんした話が頭を駆け巡る。
和服を着た幽霊が住み着いて、毎夜眠るたびに金縛りにあって、あーんなことやそーんなことを本職のお姉さま以上に魂が抜かれるまで楽しませてくれるそうだ。
じゅるり。
まさかこの竜胆啓介のサーガの第一ヒロインが幽霊とはな。面白い。面白くなってきたぜ。
そして脱童貞の相手が幽霊。だがいい。それくらいでなきゃな、人生は!
「ええ、本当に美人さん。この猫さん」
ニャー。
懐かしいあいつの鳴き声が聞こえた気がした。
俺はしばし呆然と立ち尽くす。
「あ、あら?だまされたー!とか、このぼっちがーとか、ないの?おかしいわねぇ」
百合亜は俺の反応が違ったものだったからか、きょとんとする。
「そうか……。ずっと傍にいてくれたんだな。お前は……」
俺の呟いた言葉から何かを察したのだろう。
百合亜は俺に背を向けて、教室の窓から外を眺め出した。
しばらく静かな時間が流れる。
落ち着いた俺は百合亜に声をかける。
「逢坂さんよ、お前はこれからどうするんだ」
俺のかけた声に振り向く百合亜。
それはまるで映画のワンシーンみたいだ。
「あたし?別に何もないから帰るわ。……帰っても特にやることもないけど」
そうやって少し寂しげな顔をして、帰り支度を始める。
こいつは天然でこういうことをやるんだからたまらない。
たまらないぼっち女だよお前は。たまらない。本当にあいつに似ている。
だからまた俺の口から自然に声が出てしまうんだ。
「なあ、お前、部活に興味ないか。お前にぴったりの部活があるんだ」
少しは気を引けたのか、帰りかけていた百合亜が振り向く。
「なによそれ。どんな部活?スポーツ系は能力が自動発動するかもしれないから駄目。体育でさえ毎日コントロールにドキドキしてるのに。文化部は、一通り回ったけど合うところが無かったわ。それに私は超能力者だし……」
顔を曇らせる百合亜に俺は力強く断言してやる。
「大丈夫だ。そんなお前でも快く受け入れてくれる部活があるッ!!」
俺の迫力にたじろいたのか、少し後ろにさがりながら百合亜は聞き返す。
「あ、あるのそんな部活……」
おそるおそる、という彼女の声に力強く返してやる。
「ああ、あるッ!!」
ぷるぷると期待と興奮で震え出した百合亜。
「な、なんて部活なの……」
「俺が所属する全裸研究会だッ!!!」