第三話 透明人間、仲良くなる
結論を言おう。紆余曲折あったが、取引は成立した。
こうして竜胆啓介と逢坂百合亜は秘密を握り合う関係になった。
だがこの関係は危うい。例えばどちらかが本気で片方の破滅を願うなら先に告発して雲隠れをすればいい。
もちろんそうすれば人生はお互い滅茶苦茶だが、出来ないことではない。
俺も百合亜も犯罪さえ許容すればこの社会で出来ないことなど何一つないのだ。
だから信頼関係を作る。友人になる。それが恐らくは俺の安全を確保する道。
「やあ!おはよう逢坂さん!!」
爽やかに話し掛ける俺を見て、手に持っていたシャーペンを落とす百合亜。
「あんたどういう神経してんの?信じられないんだけど……」
「はっはっは、よく言われるよ」
別によく言われないがそう言っておく。
「あたし達は秘密を握り合う関係だし、敵同士みたいなものじゃない。なに気安く声かけてきてんの」
解せぬ、とでも言うような表情を作りながら百合亜は言う。
「はっはっは、よく考えてご覧よ」
俺は俺の考えを説明する。
「というわけでさ、憎み合うのは避けたいわけだよ。お互いに昨日の件で印象は最悪だと思うんだよね。君は俺から危害加えられそうになったわけだし、俺は実際に危害加えられたわけだし。はっきり言ってまだむかついてるしな俺も」
「ああ!?」
可愛らしい顔をヤンキーみたいにしてこちらを睨んで来たので、謝っておく。
「ごめんごめん。まあでもほっといたらどんどん疑心暗鬼になって最後はお互い破滅になるような気がするんだよ。だからまあ出来れば友人に、無理なら最低でも友好的な知り合いくらいにはなりたいわけだよ。ぼっちな逢坂さんも話し相手が出来て嬉しいだろ?」
はっはっは、と爽やかスマイルを浮かべる。
「最後は余計でしょ露出狂。まあわかったわ。話し掛けるくらいなら許す。ていうか何か感じ違うよね。キャラ作り?」
百合亜の疑問に応える。
「んー、まあそうだね。というか全裸の時はテンション上がってるのもあるけど。まあ日頃は爽やかイメージキャラで売ってますから」
「うわっ、出たよ。やだやだこれだから本音で語らない若者はー」
若者のはずの百合亜さんが昨今の若者を愚痴る。
「ぼっちになるくらいならいくらでも偽りますよ。はっはっは」
さすがに百合亜もこれにはカチンときたのか顔を赤くして言い返す。
「ぼっちで悪かったわね!?くっ、あんたなんてねぇ、あんたなんて、き、キモ介よ!全裸で街中を歩く気持ち悪いキモ介の癖に!」
変なあだ名をつけられてしまった。
「いくら他者を貶めてもぼっちの事実は変わりませんよ~ぼっちさん~はっはっは」
「ぐぎぎぎぎぎキモ介の癖にぃいい!! 」
歯軋りしながら百合亜は俺を睨む。
こうして俺と百合亜の関係は始まったのであった。
◆◆◆◆◆◆
「お~い逢坂さん。お昼一緒に食べようぜ」
俺の言葉に百合亜はポカンとしたようだった。
「……え?」
「なんだなんだ?ぼっちさんはぼっちレベルが高過ぎてもう他人との食事は身体が受け付けないのかい?さすがにそこまでのレベルだと俺も何も言えないや」
「そ、そんなことない……。って何よそれ!?馬鹿にしてんの!?」
「うん」
「何肯定してんのよぉ!くぅぅうう!……はぁ、いいわ。あんたと話すと疲れる。……ああ、お昼だったわね。いいわよ別に」
俺は許可を得たため、昼休みで空いている百合亜の隣の席に座る。
もぐもぐ。
もぐもぐもぐもぐ。
「何か喋れよ」
「ごふっ、げほっ、げほ。あ、あたしはね、食べてる時には喋れないのよ」
いきなり話し掛けられ、焦ったのか百合亜は飯を喉に詰まらせる。
「食べてる時に喋れないのは、親御さんの躾がいいか、単に食事中に喋る機会がなかったか、だが逢坂さんは後者なんだろうなぁ」
俺は喉をつまらせむせている姿すら可愛い特級美少女を哀れんだ目で見る。
「何よその哀れむ目は!やめなさいよ。ご、ごはんがまずくなるじゃない……」
「すまなかったよ逢坂さん。さっ、可哀想な子に俺のオカズをやろう。好きなのを取るが良い」
変態野郎の弁当などお断りよ!と怒られるかと思いきや、ぶつぶつと言いながらこちらが差し出した弁当箱からミニハンバーグをつまんでいく。
「釈然としないぃぃ。……まあいいけどさぁ。はむ、うむ、あら。おいしいわねこれ」
ぱぁあ、と花が開くような笑顔を見せる百合亜。
薄々と思ってたけどこの娘、会話経験が足りないからちょろいぞ!?
毒殺とか考えないのか!?
そんな考えはおくびにも出さず、会話を続ける。
「手作りだからな」
「ふーん」
もぎゅもぎゅと可愛らしく、ハムスターを思わせる百合亜。
「俺の手ごねだ。感謝してくれ逢坂さん」
「ぐっ!げほっ、げほっげぇ」
「人から貰ったものを目の前で吐くなんてとんでもないぼっちだな。信じられない。俺の身体は有り得ない事態に震えが止まらない状況だぞ?」
「あ、あんたねぇ……。何処の誰が変態が作った料理なんて食べたいと思うのかしら?」
ティッシュにぺっ、としながら百合亜が愚痴る。
「せっかく作ったのに……」
俺が少ししゅんとすると、彼女は急にわたわたとする。
「ご、ごめんなさいっ。でも、キモ介も悪いんだからね。手ごねで、あんたが作ったって聞いたら全裸で変な踊りしながら作るあんたが脳内に充満して……。はぁ」
こほん、と咳払いをしてから百合亜は少しだけ遠くを眺めて呟く。
「……でも、おいしかった。ありがとう。知ってる人が作った物を食べるなんて、数年ぶりだから」
その寂しげな横顔は、ある猫を思い出させた。
俺が子供の頃に餌をやってた野良猫の。
だからだろうか、自然と言葉が出てくる。
「……そうか。そうなら、今度俺がお前の分も作ってきてやろう。」
「えっ」
心底信じられないという目が俺を貫く。
「俺はついつい犯してしまう悪行に報いるために毎日善行にはげんでいるのさ。救われないぼっち少女に弁当の一つや二つ、なんてことはない。それに同じ釜の飯の仲間っていうだろ?同じ飯を食べるってのは仲良くなるにはいいんじゃないか?」
ぷっ、くすくす。百合亜が笑っている。
「あんたってすぐに悪い女に騙されそうね。忘れたの?昨日あたしから手酷く痛めつけられたの」
「あのぐらいの痛み、いままでの悪行の報いだと思ってるさ」
「ふうん?ちょろい男」
「うるせぇちょろぼっちが。弁当くらいでにこにこし始めやがって」
「な、何よ!あんただって……むぅ~」
俺を睨む百合亜の瞳には昨日のような冷たい鋭さは無い。
こうして竜胆啓介と逢坂百合亜は仲を深めていくのだった。