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第二話 透明人間、困る

俺は廊下や教室から人がいなくなるまで仁王立ちして待つ。


百合亜はそんな俺をがたがたと震えながら見ている。


やがて廊下に人気が無くなり、教室からも百合亜以外の人間はいなくなる。


頃合いだ。俺は全裸で教室へ入る。


「逢坂。どうやらお前にはこの俺が見えているらしいな」


全裸でずんずんと近寄ってくる俺に逢坂は小さく悲鳴をあげる。


「ひぃ!」


だがそんなことに構いはしない。


「あわ、あわわわ、あわあわあわ」


教室の椅子に座って、机の上に教科書を広げて予習でもしていたのだろう百合亜は、俺の腹の下あたりを見て顔を真っ赤にしていた。


「逢坂!!俺の話を聞け!」


俺が百合亜の肩に手を置いて話し掛けると、彼女は身体に火がついたかのように飛び退く。


「ひっ、ひぃい!!」


あまりの無様な様子に先ほどの焦りが失せていく。


「うろたえるな。程度が知れるぞ」


俺の冷静な態度に少しは落ち着いたのか百合亜から意味のある言葉が返ってくる。


「あん、あんたねぇ、なんでそんな平然と喋れるのよぉ!全裸じゃない!」


俺は決め顔で返してやる。ポーズ付きだ。


「慣れだ。これは俺のライフスタイル。完成形だ。真実の姿だ。いつもは仮の姿。それより、何故お前は俺が見える?」


百合亜は少し考えてから、喋り出す。


「は、はじめは目を疑ったわ。だって全裸で男が校舎を歩いてるんだもん。叫ぼうとしたわ。変態って」


「すれば良かったじゃないか」


俺はにやにやと笑って言ってやる。


「わ、わかってるでしょ。そんなことしたらあたしがおかしいと思われるじゃない。すぐに気付いたわよ。誰も気付いていないって」


「そうだな。俺は透明人間だからな」


「頭がおかしくなりそうだったわ。夕飯の材料の買い出しに出たらあんたがウインナーの試食のおばちゃんの横で全裸で微笑んでるし。休日に公園で散歩してたら砂遊びする子供達の横で無表情で全裸で寝そべってたり。極めつけは放課後になるたびに教室のすぐ横の廊下で全裸のあんたが変な踊りをしながら行き交う人々を観察したり、練り歩いたり、うろついたり。そのせいであたしは早く帰りたいのにあんたが帰るまでクラスから出られないし」


おや、百合亜と俺の生活テリトリーは存外にも近いらしい。


「逢坂。お前の愚痴なんてどうでもいいんだ。ぼっちのお前は日々の会話の不足に苦しんでるからこの機会にそれを少しでも満たそうという魂胆かもしれないが、俺は毎日たっぷりと友人達と会話を楽しんでる上に知り合い未満のお前と無駄な話をするつもりはないんだ。質問に答えろ。何故、そう、何故だ。わかるな逢坂。何故、お前は俺が見える?」


逢坂はまた少し考えてから、言葉を口にする。


「わからないわ。手術であんたみたいな変態が見えなくなるならすぐに医者に頼みたいんだけど」


ぼっちめ。あからさまな嘘をつきやがって。


会話経験が足りない百合亜は明らかに隠し事をしているようだった。


「逢坂、嘘をつくな。会話経験の足りないぼっちに嘘をつけるわけないだろ」


百合亜はぎゅっと唇を噛み締めて、スカートの上にきちんと置いていた両手を握りしめる。


「わからないわ。知らない。あたしが教えて欲しいくらい」


「喋るつもりはないのか。まあいい。そこはそれほど大事じゃない」


「ふうん?」


百合亜も俺の全裸に慣れてきたようで、相づちを打つまでリラックスしているようだ。


そろそろ本題を切り出そう。


「逢坂には俺が透明人間であることを黙っていてもらいたい」


「嫌よ」


ばっさりと切り捨てられた。百合亜は顔を嫌そうに歪めながら続けて言う。


「元々あんたのことは世間にその内、告発するつもりだったわ。全裸で自分の欲望を満たす変態性欲者。恥を知りなさい!あんたはどれだけ罪を重ねたの?どれだけの人間を踏みにじったの!?」


百合亜は熱の入った発言をする。何かが彼女の心の琴線に響いてしまったらしい。


「きっと逢坂からすれば俺は悪だろう。でも蚊だって吸いたくて血を吸うわけじゃない。俺は透明人間として生まれてきた。確かに俺は全裸で街中を走り回るような奴だ。だが、透明人間になればもっと悪いことをする奴だっている。調べてくれれば、この近辺で不可解な盗難や強姦等が発生していないとすぐわかるはずだ。俺は逢坂の言う通りに変態性欲者なのかもしれない。だけど他人を傷つけたことは決してない」


そんな俺の言葉に逢坂はヒステリックに叫ぶ。


「何よそれ!詭弁じゃない!?」


俺は説得するために何か言おうとするが。


「逢坂……」


しかし百合亜は俺に言葉を発させない。


「何!?次は何を持ち出すの!?哲学?思想?科学?心理学?健康法?馬鹿じゃないの!ばっかじゃないの!頭おかしいんじゃないのっ!?変態っ!露出狂っ!粗末なものを見せるなっ!あっりえないっありえないありえないぃ!」


再び錯乱する彼女に俺は言ってやる。


「男の裸ぐらいでがたがた騒ぐな。友達がいないお前でもそれだけ美人なら男ぐらいはいるだろ」


「はぁああ!?さ、騒ぐでしょそりゃ!?ううぅぅぅ。ていうかあたしのそういうのは関係ないでしょ!話をすり替えないで変態っ!」


逢坂は顔を真っ赤にして怒鳴り返してくる。


おや、この反応は思ったより乙女のようだ。意外や意外。だがまあ、俺にはそんなこと興味はない。


俺が興味があるのはどうやってこいつの口を封じるか、だ。


「犯罪者。変態性欲者。あんたには報いを受けさせるわ!」


「どうやって?証拠なんてないぞ?」


百合亜はにやりと勝ち誇った顔で言う。


「あんた不思議に思わない?もう夏も終わりね。どうしてこの高校に入って毎日お楽しみだったあんたをここまで野放しにしてたと思うの?」


「まさか……」


「そう、あたしはあんたが透明人間である証拠を集めてきた。そして決定的な証拠を手に入れた。世間は透明人間がいると知ることになり、恐らくあんたは一生監視対象になる。それが報いよ!!」


俺は即座に否定する。


「ハッタリだ」


百合亜は否定されても狼狽えない。


「そう思えばいいじゃない。あたしにはハッタリを言う必要はないんだけど?」


この反応は、本当のようだ。しょうがない。


この手だけは気が進まないが、しなければ身の破滅だ。


「俺は温厚な人間だと自負している。それにぼっち少女の逢坂は知らないかもしれないが、俺は学校一の善人と言われている。だが俺も自分の破滅を黙って見ている気はない」


雰囲気が変わったことを察知したのだろう。逢坂は焦ったように言う。


「あたしに暴力を振る気なの!?」


「仕方がない。君が悪いんだ。大丈夫、痛くしたりはしないし、乱暴するつもりもない。ただ少し君への脅迫材料を作るだけだ」


「そう、わかったわ下衆野郎」


逢坂の纏う雰囲気が変わる。スイッチが入ったとでも言うべきか。


「ひざまづけ変態性欲者」


「がっ!?」


俺の身体は不可視の何かに一撃を加えられ、床に倒れ伏せる。


みしみしととんでもない、力士にでも乗られているかのような重さが俺を襲う。


「逢坂ぁ!!てめぇ、超能力者か!」


俺はやっと理解する。逢坂が俺を見えた理由。


それは逢坂が超能力者だからだ。


「一緒にしないでくれる?あたしとあんたの差は神とスッポン。あたしがその気になればあんたなんか一瞬で原子分解させられるんだから」


先ほどまでおろおろしていた少女とは思えない冷たい目付きを俺に向ける。


だが俺は笑い返す。


「へへ、逢坂。下手をうったな。どうやら俺に無理矢理お前の口を封じるのは無理なようだ。だけど、お、俺はお前の秘密を知ったわけだ。お前が俺なんかを遥かに超える超能力者だってことをな」


百合亜の顔が強張る。身の危険を感じて超能力を勢いで使ってしまったようだな。


「俺は監視対象になるぐらいだろうが、その力、まだまだ本気じゃないだろ。神とスッポンなんて言うくらいだ。俺を肉塊に変えるくらい容易いはずだ。いや原子分解なんて大層な言葉を使うくらいだ。そんなもんじゃないな。きっと世が世ならそれこそ神と言われる力を持ってるんだろう。透明人間なんてちんけなものじゃねぇ。どれだけの価値をお前に見出だして人々は取り合うことになるかな?知られれば、監視なんて生やさしいものじゃない未来が待ち受けているのは確実。そしてお前は俺の罪を手酷く断罪した。これはお前が強い正義感の持ち主であり、お前が俺を痛め付ける事は出来ても殺せないことを意味している。よって口封じは出来ない。また、俺なんかより証拠を集めるのは容易だ。硬球でも本気で投げつけりゃ防ぐしかないだろ」


百合亜の顔がどんどん強張っていく。


ああ、今ならわかる。すげえ美少女のこいつが少し口が悪かったり性格が多少悪いくらいでスクールカーストから外れるわけがない。


こいつがぼっちだったのは、この力を知られたくなかったからだろう。


ならばこれから持ちかける取引は有効なはずだ。


「さあて逢坂、取引だ。俺はお前の秘密を明かさない。それを守る限り、お前も俺の秘密を明かさない。どうだ?対等な取引じゃないか」

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