はないちもんめ
私は子供のころから、「はないちもんめ」という遊びが嫌いだった。
かーって うれしい はないちもんめ
まけーて くやしい はないちもんめ
待ち合わせ場所の公園に行くと、はないちもんめをしている子供たちがいた。懐かしいなあ、と思いながらその様子を見守る。けれど、あまりいい思い出はない。
この子がほしい
この子じゃわからん
相談しましょ
そうしましょ
一通り歌い終わると2つのチームはそれぞれで集まって、向こうのチームから誰をもうらうか決める。
きーまった
そして、欲しい人間の名前を披露する。
子供のころ、嫌というほどこの遊びをやった。いや、やらされたと言った方が正しい。私は本当は、この遊びには参加したくなかった。だけど無理やり引っ張られて、いつもこの遊びに参加していた。
私の顔を見て、皆わざとらしい笑顔で歌い始める。
この子がほしい
この子じゃわからん
…いつからだっただろう、私がそのことに気付いたのは。
私の名前が、いつまでたっても呼ばれないことに、気付いたのは。
他の皆が向こうのチームに行ってしまい、私が一人ぼっちになるまで、はないちもんめは続けられた。そして私が一人になると、そこでこの遊びは終わる。私の名前は、一度も呼ばれないまま。
お前なんかいらない。そういう意味をこめたゲームだった。
子供たちがはないちもんめをしている様子を遠目に見ながら、楽しいんだろうか、と考える。楽しければいいけれど、私みたいに苦痛に思っている子はいないだろうか。
「あんな遊び、なくなっちゃえばいいんだよ」
不意に横から声がして、私は驚く。声がした方を見ると、8歳くらいの女の子が、いつの間にか私の隣にいた。そして彼女も、はないちもんめをしている他の子供たちを鬱陶しそうに見ていた。
「…あなたも、名前を呼ばれたことがないの?」
私が訊くと、女の子は首を振った。
「逆だよ」
「逆?」
「あたしはね、ずーっと呼ばれるの。どっちのチームに行っても、すぐに名前を呼ばれるんだ。欲しい、欲しいって」
「人気者なんだね」
私がほほ笑むと、女の子はむっとした。違うんだよ、と肩を落とす。
「あたしのいてるチームがじゃんけんに負けて、あたしが向こうのチームに行くでしょ?そしたらね、あたしがさっきまでいたチームの人はこう言うんだ。『いらない奴をもらってくれてありがとう』って。…それから、こう歌うの」
かーって 悔しい はないちもんめ
まけーて うれしい はないちもんめ
私は、女の子の頭をそっと撫でた。形は違うけれど、彼女は昔の私のような気がしたから。彼女は歯を食いしばって、泣くのをこらえていた。そういうところも、昔の私に似ている。
残酷な遊びだと、思う。いる人間といらない人間を、はっきりと言うのだから。
「…お姉さんもね。子供のころ、この遊びが嫌いだったんだよ」
「あたしとは、逆?」
「そう。名前を呼ばれなかった。呼んでもらえなかったの」
「ずっと…?」
女の子は不安そうな顔で、私の顔を見た。私は彼女の頭を撫でながら、首を振る。
「一回だけね、呼んでくれた人がいたの」
「おーい、未来ー!」
遠くの方から、彼が走ってくるのが見えた。私が手を振ると、それを見ていた女の子が笑う。
「もしかして、あの人?」
勘が鋭いな。私はそう言って笑った。
みきちゃんがほしい
他の子供たちの目を気にせず、彼はそう言ってくれたのだ。
「お姉ちゃんたち、らぶらぶなの?」
…なかなか、勘が鋭いな。
「ラブラブだよ」
私は笑った。
向こうから走ってきた男の人と、お姉さんは手をつないでどこかへ行ってしまった。あたしに向かって手を振ってくれたので、振り返した。
向こうで楽しそうに遊んでいるみんなを見ながら、お姉さんが言っていたことを思い出す。
「はないちもんめが、あなたの世界のすべてじゃない。もちろん、学校も。あなたの世界はもっと広い所にあるんだよ。だからね、いつかきっと、」
「ちひろちゃん」
名前を呼ばれて、あたしは顔を上げる。さっきまで、みんなと一緒にはないちもんめをしていたはずのたかゆき君が、あたしの前に立っていた。たかゆきくんは首をかしげながら、
「はないちもんめ、しないの?きらい?」
あたしが頷くと、たかゆき君は歯を見せて笑った。それから張り切ったような声で
「じゃ、なにして遊びたい?」
「…だるまさんがころんだ」
「それじゃ、みんなでそれをしようよ」
「…できないよ。きっとだれも、あたしとは遊んでくれないもん」
あたしの言葉を聞いて、たかゆき君はきょとんとした。それから、
「じゃ、二人でやろ?」
そう言ってあたしの手を握ったたかゆき君の顔は、真っ赤だった。真っ赤な顔で笑うたかゆき君を見て、あたしも笑った。
「いつかきっと、あなたのことを大切にしてくれる人に出会えるよ」