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第二章

 一面に広がる荒涼とした大地。

草木の一本すら見当たらない死んだ大地は、しかしその少年の目には映っていなかった。

一際大きな岩のてっぺんに腰掛け、短い黒髪の少年はただ漠然と空を眺める。

上空そこが、閉ざされたこの戦場において、唯一外とつながっている場所だった。

だが、少年のひとみには外への憧れのような純粋な感情はなく、ただ諦めにも似た感情が渦巻いているだけだった。

この戦場にいる子供は、研究所で遺伝子操作された状態で生まれ一定の年齢になるとここに連れて来られる。彼らが知っているのは、この周囲を囲まれ閉ざされた戦場と、無機質な研究所の風景だけである。

とはいえすでに3度の戦争を経験している彼が普通の『外』の子供と同じような無邪気さを持ち合わせているはずもなかった。

 ふと彼は視界の端でなにか動いたような気がして視線をしたへと転じた。

下を見ると少年より少し年下ぐらいの、鮮やかな金髪の少女が、両手で大きな容器を抱え、ゆっくりと歩いてきていた。抱えている容器が少女の体と同じぐらいの大きさがあるので、完全には支えきれずときどきふらついている。そんな少女の様子を、少年は特に近寄るでもなく、かといって遠ざかるでもなく、そのままの状態でぼんやりと少女を見ていた。この戦場においては他人を助けるような行動をとる人間はまずいない。むしろ問答無用で攻撃をしないだけ温厚な対応だといえる。

ゆっくりと近づいてきていた人影は、15分ほどで少年のもとにたどり着いた。

「はぁ、はぁ、はぁ、こ、こんにちは。」

かなりつらそうに少女はあいさつをした。手に抱えている入れ物があまりに大きいの原因だろう。それに少年の記憶が正しければ、この近くには『コロニー』はなかったはずだ。この少女はかなりの距離を歩いてきたのだろう。額にびっしりと汗が浮かんでいる。だがそれでも少女の明るい雰囲気はそこなわれていなかった。

「よう。」

少年は手を軽く上げて挨拶を返した。

「ふぅ、あなたはどうしてここに?」

先ほどまであんなにも乱れていた呼吸が、もう整い始めている。

(身体能力の強化、か)

少年は内心でそうつぶやいた。

遺伝子の発現、GL(ゲノムリベレートにおいて最も多く行われているのが、身体能力の強化だ。程度の差はあれ、ほぼすべての兵士に行われている処理である。おそらくこの少女もある程度の身体能力の強化はされているのだろう。常人離れした肺活量がそれを物語っている。

「おれか?おれはまあ、なんてゆうか、空を見に来たんだ。」

少年は少しつっかえながらそう答えた。とはいっても嘘をついている様子はない。実際少年はここから見る空が気に入っていた。とゆうのも、ほかの場所からではこの戦場をぐるりと取り囲む城壁が視界に入り、全体の3分の2ほどしか見えないのだ。しかし、この高く盛り上がった岩山の上からなら360度全方位に広がった空を、余すところなく見ることができる。

空は、地上を閉ざされた少年たちにとってまさしく希望の象徴のようなものだった。例えそこから出ることはできないとわかっていても。

「そうだったんですか。わぁ、確かにここからなら空がよくみえますね。」

少しはしゃいだように少女は笑った。

その笑顔を見て少年は思う。他人の笑顔なんて見るのはいつ以来だろうか、と。

じっと顔を見つめる少年の視線に気づき、少女ははしゃいでいた先ほどまでの自分を恥じて、わずかに頬を赤く染めた。そしてはっとして言った。

「そ、そういえば自己紹介がまだでしたね。わたしはティリアといいます。」

少女はぺこりと頭を下げた。それにしても警戒心と敵意の薄い少女である。

いくらまだ戦争の敵国になっていないとはいえ、いつ戦争になり殺しあうかわからない相手である。ほんらいなら、悠長に挨拶などしている場合ではない。しかし少女の無垢な態度に毒気を抜かれたのか、少年も少しだけ警戒を解き、挨拶を返してしまった。

「俺はリュウだ。」

名前を告げ、しかしすぐに皮肉気に顔をゆがめた。

「だが名前なんてここじゃ所詮ただの記号だろ?教える意味なんて……」

「そんなことないです!!」

やや強めの声で少女――ティリアは少年、リュウの言葉をさえぎった。しかしすぐに自分が感情を高ぶらせていることに気づき、少し間を開けてからつづけた。

「そんなこと、ないです。名前は私たちの生きている証です。コロニーの識別コードなんかとは違うと思います。」

「…………」

リュウはその言葉に反論できなかった。いや、反論するだけならいくらでもできただろう。しかしティアの持つ純粋な思いを否定したくはなかった。このような死と絶望にまみれた場所で、これほどまでに希望を持ち続けていられることが奇跡のように思われのだ。

「あの、その、ええと、すいません、偉そうに」

ティリアはリュウが突然黙ったので気に障ったのかと思い、ぺこりと頭を下げた。

「いや、それはいいんだけどよ。」

リュウは少女が抱えているものを指差した。

「それに水を入れるために来たんじゃなかったのか?」

「へ?……あっ、そ、そうでした!!」

あわてて水の湧いている場所(人口なのか自然なのかはわからないが)へとティアは駆けていった。まだ戦争が始まっていないとはいえ、のんきな少女である。

「ああいうやつとはできるだけ戦いたくないもんだが……」

リュウは後の言葉を飲み込んだ。いうまでもなく戦う相手を選ぶことはできない。いざ戦争が始まってしまえば、「戦いたくない」など自殺志願者のたわごとぐらいにしか見なされないだろう。らなければられる、というのはいつの時代でも戦場の掟である。

「さて、俺も帰るとするか。」

それでも、さきほどの少女――ティリアと戦うということを考えると、なぜか少しだけリュウは心が沈んだ気がした。

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