姉の婚約者を狙う妹なんて、やめた方がいいですよ
「おねえさまが婚約者だなんてやぁだやぁだやぁだあああああ〜〜〜〜!!!!」
屋敷の居間に高く可憐な声が響き渡る。
公爵家の次女、オフィリア・ランベルティ。
薄桃色の髪にこぼれ落ちそうなサファイアの瞳を持つ彼女は、姉であるアントーニアにしがみついていた。
「しかしなあ、オフィリア。これは王家側から頂いたご縁であるから、私どもではなんともしてやれないのだよ」
「おねえさまはずるいもん!オフィのほうが王妃様に向いてるもん!!なんとかしてよおお父様ぁ、お母様ぁ〜〜〜!」
「あらあら、オフィったら困った子ねぇ」
宥める両親は困った顔だが、目尻が下がり切っている。まるで目の前に婚約の当人である姉がいることも忘れたような口ぶりに、アントーニアは小さくため息をついた。
物心ついた時から、自分が愛されていないことはわかっていた。
濃い赤毛と暗い青の瞳という地味な容姿の自分よりも、まるで天使か精霊かと見紛う妹の方が可愛がりたくなることなんて知っていた。
低めの硬い声を持つ自分より、高くて甘い声のオフィリアの方が喜ばれた。勉学に打ち込む自分より、茶会でよく笑う妹の方が評価された。
ぬいぐるみも、新しいドレスも、アクセサリーも、甘え上手な妹にばかり与えられた。なのに“お姉さまにも買ってあげてぇ”なんて良い子ぶるのも見飽きていた。
夜会で王太子殿下にお声をかけられ婚約話を頂いたのは、都合の良さそうな公爵家の肩書きと、こうして今も何も言えない性格からだろうか。
無愛想、無口、暗くて冷たい公爵令嬢。
“社交界の花”と持て囃される妹とは全く別物の、“置き物令嬢”なんてあだ名が気付けば付き纏っていた。
きっと王太子殿下も、妹に奪われてしまうのだろう。
あの甘い声でくすぐられて、天使のような笑顔を振り撒かれたら愛してしまうに違いない。
そして自分はきっと、飾りにもならない王妃として執務をこなすだけの役割になる。
そんな暗い未来は明らかだった———......
————
くっそおおおおおおおッッッ!!!!
なんでお姉様と王太子殿下がいつのまにか婚約してんのよ!!!
今までお姉様が絶対に目立たないように念には念を入れてどこにいたって引っ付き周り、夜会や茶会もぜんぶぜんぶぜーーーんぶ「お姉様ばっかりずるいずるいずるい!」で両親を困らせて代わりに出てきたはずなのに!
ちょっと目を離したらコレ!!!
なんなの、まさかあんなしけきった不人気令嬢主催の夜会にお忍びで王太子がいらっしゃるなんて思わないじゃない!暇なのなんなの馬鹿なの王太子!?
これがゲームの強制力ってやつですか運営ェ!!!
「あ〜ん、わたくしも王太子殿下と会いたいの〜〜〜!いっつもおねえさまばっかり!いいないいないいなぁあ〜〜〜〜!」
お姉さまの細腰に抱きついてゆさゆさと左右に揺れながら、わたくしはお父様に甘えた声を出す。
「可愛いオフィ、あまり父様を困らせないでおくれ」
ハァ〜〜〜このポンコツクソ親父。さっさとYESをSAYしなさいよJUST NOW!!!
時は遡って数年前。
わたくしは目覚めと同時に前世の記憶を取り戻した。
ふわふわとした桃色の髪にうるうる大きなサファイアの瞳、そして見紛うことなき美少女過ぎるこの容姿。
そうこれは、ウン百万回見た展開。
過労の末にスーパーの半額惣菜を買った先の交差点でドーン!とトラックに撥ね飛ばされ。
帰って続きを遊ぶつもりだった乙女ゲーム“王国の花は恋に咲く”の主人公、まさかのオフィリアちゃんに転生しているってことですねェ!
そしてつまりはわたくしのお姉様こそが悪役令嬢、そしていずれは“昏き魔女アントーニア”と呼ばれる未来のラスボスではありませんこと!?
“昏き魔女アントーニア”
その名の厨二っぷりは言わずもがな。
婚約者である王太子に片恋を募らせたあげく、世界の全てに絶望し、暗雲を纏って王城を半壊させて空に浮かぶ“災厄の魔女”...!
我、闇落ち覚醒大好き侍、幼き頃は右手に邪竜を宿す事を夢見て包帯を巻きしアラサーオタク。
そんなわたくしがどれほど心を奪われたことか...!!!
もうそこからはアントーニア様が最推しになったよね。
攻略対象のスチルよりも、アントーニア様の冷たい罵倒や暗い海の底のような瞳を見るために全てのエンドをクリアした。
でも悲しいことにアントーニア様はどのエンドでも死んでしまうのだ。失意の中で愛した王太子に胸を貫かれ、妹である主人公に「どうしてお姉様」なんて清い涙を流されながら。
う〜〜〜〜んそこも可哀想でめっちゃ好き。というのは置いといて、このままではお姉さまは闇堕ちのあげく愛した人に殺されてしまうことになる。
たまたま王太子の婚約者になんかなってしまったばっかりに!
じゃあわたくしに出来ることは何か?
それはつまり、お姉さまの婚約の妨害をすること。
あの王太子となんかお顔合わせすらしなければ、お姉さまは叶わぬ恋に落ちず、裏切られることもないのだから!
というわけで冒頭の如く、“ひたすら甘え上手でなんでも欲しがる妹”という設定を身につけて、お姉さまを社交会から遠ざけてやってきたのに。やってきたのにッッッ!!
な〜〜〜んで王太子と婚約しちゃうかなあ!?
どうせお姉様の血溜まりのような紅の髪に、深淵を宿す深い青なんて厨二心をビシバシ貫くダークサイドなお姿にやられちゃったんでしょうけど!
お前このあと裏切るでしょうがこの色ボケプリンス!!
しかし、もう起こってしまったことはどうしようもない。
お姉様が恋に落ちる前に、なんとかしてあの尻軽プリンスを遠ざけなければ。
お姉様の心を惑わす思わせぶりプリンス、許すまじ。
「王太子様に会いたい会いたい会いたぁ〜〜〜い!!」
唸れ駄々っ子POWER。わがままぷりぷり妹属性。
「まったく、仕方ないなあオフィは。アントーニア、次回の茶会に同席させてやりなさい」
お姉様は相変わらず暗い目をして「...はい」と頷く。
こうしてわたくしは、にっくき王太子殿下とガン付き合わせる貴重な機会を手に入れたのだった。
・・・
そうして庭園にて顔を合わせた攻略対象、もといアロイス王太子殿下は、背景をぼやあと霞ませるくらいにはオートフォーカス機能搭載の美麗なる笑顔の持ち主だった。
隙のない笑み。金糸のようなさらさらの髪、晴れやかな空のような瞳に、口角のきゅっと上がった薄い唇。
「この度は婚約を受けてくれて感謝するよ、アントーニア・ランベルティ公爵令嬢。アントーニアと呼んでも?」
声まで爽やか、まるで歌うような軽やかさ。
気安くお姉様をアントーニアなんて呼ぶそのムーブすら様になるから腹が立つ。
対するお姉様は...まだ赤くなってないわね。間に合うわ。恋が芽生える前にこちらのペースに引き摺り込んでやりますとも!
「やだあ、おねえさまだけずるいですわぁ!王太子殿下、わたくしの事もどうかオフィと呼んでくださいな!いつもみんなにそう呼ばれているの、ね?おねえさま?」
ふわふわ甘い声を出して身を乗り出せば、王太子殿下はこちらに変わらぬ笑顔を向ける。
「...君がアントーニアの妹君か。オフィリア嬢、姉君の婚約者としてよろしく頼むよ」
...おっ?意外な反応。
原作ならすぐに打ち解けて、“姉君と違って、君は社交的なんだね”なんて返してくるはずだけど...。
「僕はアントーニアの真紅の髪と深い海のような瞳に目を奪われてね。つい声をかけてしまったが、話せば容姿以上に君は美しく可憐だった。ぜひ君とこのまま添い遂げたいと思っている」
アロイス殿下はこちらをちらりともせず、お姉様をじっと見つめる。一身に真剣な視線を向けられたお姉様は、途端に顔を赤くして俯いて————
「おおおおおねえさまの魅力をわかって下さるなんて、なんて繊細なお心なんでしょう!!!王太子様ってお優しいんですわねえ〜〜〜ッ!!!!」
ちょっとうちのお姉様に何しやがってるんですかねえこのドタラシ王太子殿下は!?
その恋は絶対阻止せねばならんのですよ、命の為に。
あんたが奪うお姉様の命の為にね!!
お姉様を遮るようにかばっと身を乗り出したわたくしに、アロイス殿下は笑顔を崩さないまま紅茶を口にする。
「お褒めに預かり嬉しいが、僕は愛すべきアントーニアと話している。妹君は今後、もう少しマナーに力を入れた方がいいようだね。人の会話を遮ってはいけないよ」
彼の笑顔は張り付いたまま、苛立ちを乗せて返ってくる。
んんん...???なんだこの王太子。
もしかして、このわたくしの褒め言葉に好感度が上がらない?というかこの主人公を差し置いて、悪役であるはずのお姉さまにしか興味がない?
あれ、もしかして悪役令嬢ルートとかって存在した...?
え?わたしがやって無いだけ?
DLCで最近配布されました?
「ところでアントーニア。君の好きな花は何かな。今日は薔薇を持ってきたが、できれば君をちゃんと喜ばせたいんだ」
アロイス殿下はすっかりお姉様に向き合って甘く微笑み、お姉様はぼそぼそと「...黒百合が、好きです」なんて答える。
黒百合!!なんてお姉様らしいエレガントで陰鬱で毒々しい花なの!解釈一致ですわお姉様!!じゃなかった何なのこの王太子!お姉様を口説くなんて許しませんことよ!?
「では次は黒百合と、君に似合いのリボンを同じ色で誂えよう。婚約者として、よければ身につけてくれないか」
そっと手を握ったアロイス殿下に、お姉様は顔を真っ赤にしてこくこくと頷く。
んあああぎゃわいいおねえさま...!!違う!!お姉様ダメよその男は信用ならないわ!
「え〜〜〜っ!わたくしもお揃いのリボンがほしーい!大好きなお姉様と一緒に着けたいですわぁ!ねえ殿下、だめですかぁ?」
いいことお姉様!こういうことをしたらね、きっとこいつはコロッと「仕方ないなあ」なんて甘い顔をするに決まってるんですよ!
見ててお姉様、こいつダメだから!
「悪いが、僕は婚約者の証を贈る話をしているんだよ。難しい話をしてすまないね」
あれーーーーーーー!?!?
どういうことなの、どういうことなんですのこれは。
な...、何を言っているかわからないと思うだろうが、俺にも何をされたのかわからなかった...って奴じゃないですの!?
「それじゃ、そろそろ行かなくては」
アロイス殿下は立ち上がると、私の側を通り過ぎる。
「尻軽女め。アントーニアの座を奪えると思わない事だ」
通り過ぎざまに囁かれたのは、あの笑顔から発されるとは思えないほど、明らかな侮蔑を込めた台詞。
つまりはこちらの意図をわかっている。
あの王太子は知っているのだ。
わたくしの甘えた動作や声が彼への罠である事を。
...ほう、よかろう。ならば貴様の覚悟、試してやろうではないか。本当にお姉様に相応しい漢なのか、わたくしが見極めてみせますわ。
そして隙あらばお姉様のルート修正を行ってやるんだから!
アロイス殿下がお姉様を殺さないって完全に証明できるまで————!!
それからというもの、わたくしとアロイス殿下の壮絶なる戦いが口火を切られた。
「アントーニア、流行りの歌劇を観に行かないか。きっと君も気にいる...」
「えーっ!オフィも行きたい行きたい行きたぁい!お姉様いいでしょ?いい子にするからぁ」
彼がお姉様を誘ったところで、すかさず口を挟んでやる。しかしアロイス殿下はお姉様を馬車に引き上げると、爽やかな笑顔で手を振った。
「すまないが席は二人分しか取っていない」
「ぐぬぬ...!!」
やりおるこやつ。
だがまだ信用なるものか。
完膚なきまでに石橋は叩き尽くしてこそ!
わたくしは日を改める。
そして記憶しているスチルイベントの時を見計らって、いざ!ときゅるんと殿下を見上げた。
「ねえ王太子殿下、剣技大会を見に行ってもいいですかぁ?ぜひ殿下の勇姿を拝見したくてぇ...」
喰らえ、チワワも霞む必殺上目遣い!!
他の攻略対象に試してさらに磨き上げ、全員を赤面させてきた最強の“きゅるきゅるお願い♡破壊光線”を!!
「アントーニアを連れてくるなら構わないよ。彼女にこの剣を捧げたいと思っていたんだ」
馬鹿なッ!!効果が無いだと!?
普通なら思わず立ちくらみ、赤い“−99999”が頭上に表示されるはずだというのに!?こいつ、強い...!!
「わかりましたぁ」
口角をひくつかせたわたくしの返事にも、彼は「頼むよ」と余裕の笑みを返すのだった。
まさかここまで。
あの王太子がここまで靡かないなんて...っ!!
「アロイス王太子殿下ぁ〜♡まさかこんなところで...」
「やあ奇遇だねオフィリア嬢、そしてさらばだ。行こうアントーニア」
「ぬぐぐぐぐ」
何度も攻防を繰り返すこと数十回。
もう明日には王城での正式な婚姻が控えている。
間に合わない。
このままだと間に合わない!!
原作通りなら、お姉様が魔女になるのはまさしくその日なのだ。
————そして、お姉様が彼に命を奪われる日も。
「ここにアントーニア・ランベルティを王太子妃とし、神の身元に置いて二人の正式な婚姻を認める」
「へぇ...?」
白亜の宮殿、真っ赤な絨毯を踏んだ先。
真っ白なウェディングドレスを纏ったお姉様と、礼装に身を包んだアロイス殿下が誓いのキスを交わす。
ぱちぱちぱち、と誰よりも割れんばかりの拍手を響かせながら、熱い涙が止まらないのに展開に理解が追いつかない。
お姉様、きれい...笑ってる...、泣き顔が国宝級...君の涙はダイヤモンド、世界に乾杯...。
「おめ"...っ、おめ"でどう、おね"えさまぁ.....」
顔面がナイアガラになったわたくしを、お姉様はハンカチで抑えながら困ったように微笑む。
うう、綺麗...私のおねえさまは聖母で女神だったんだぁ...。
「お"ね"えさまが魔女にな"らなくて、生ぎででよがっだぁあ...!」
「まあ、何を言ってるのオフィ...?」
「君、そういう事か!」
お姉様と腕を組んでいたアロイス殿下がいきなり青い目を見開き、わたくしの肩をがしっと掴む。
「なぜ先に言わない!!君と僕が同担と知っていれば!!」
「ふぁえ...??」
ずびずびになった鼻をお姉様に拭かれながら、わたくしはよく見えない目でアロイス殿下を見上げる。
「僕は君と同じ転生者だ!“ハナコイ”の同志よ!!」
「エエーーーーーッッッ!?!?」
その後話を聞いたところ、殿下はなんとわたくしと同じ時期に転生者として記憶を取り戻していたようで。
「魔女になった君は本当に美しかったんだぞ!!いや今の君も最高に美しいが!」
「そうですよぉ!すべての絶望を背負って黒いドレスで浮かび上がる様ときたら!」
「まさに“昏き魔女”!!」
「ダークヒロインの極み!!」
「ええっと...何の話を...」
「君は散り際すら儚く美しかった...」
「ううっ、やめてくださいその話は泣いてしまいます...」
同じ推しを持つオタク仲間として今や熱く語る同志となり、戦友として固く握手を交わすほどになっていた。
涙を流しながら頷きあうわたくしたちに、困惑の表情を浮かべていたお姉様が「そうだわ」と何かを持って殿下の隣の席に戻る。
「オフィ、貴方の婚約はどうするつもりなの...?たくさんの殿方から求婚されているようだけれど...」
お姉様が持ってきたのは、わたくし宛ての分厚い手紙の数々。
「君がやたらめったら魅了の練習台にしたせいで、ルイスにヴァージル、スコットからヘンリーまでみな好感度がMAXだぞ。このゲームにハーレムルートはないというのに」
「ど、どうしましょうねえ...」
アロイス殿下を試す為、他の攻略対象に主人公の魅了能力をひたすら試しまくったのだ。
萌え萌えキュンやらウインクやらを受けるたびにハァッ!?とかウゥッ!とか言って崩れた彼らに、恋愛感情はおろか、殿下との“戦い”に必死でなんの感慨も持てていない。
「全員なんか熱烈すぎて、もう逆にトキメけないです...」
「まったく。何らかの責任くらいは取ってやりたまえよ、主人公君?」
幸せそうなアロイス殿下は、姉上の肩を抱いて見せつけるように微笑んだ。
これから転生する皆さんへ。
“姉の婚約者を狙う妹”なんてやめた方がいいですよ。
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