⑨ 武蔵の選択
「さあ、ムサシ様、いよいよ約束の日になりましたよ。」
カグヤは嬉々として、洞窟内の武蔵に話しかけた。
今年で61歳になる宮本武蔵は、実は末期の肺ガンを患っていた。そしてどうやら、コレが最近の不調の原因のようだった。
しかし、カグヤ・イシュタルにとって、そんな事は、些末なモンダイに過ぎなかった。
何故なら、彼女は、不老不死に近いカラダに成れる薬"エリクサー"を、この日のために、持参していたからだ。
何しろコレさえ飲んでもらえば、どんな病気も、たちどころに完治してしまうのだ。そして体力も30歳程まで戻り、自分とほぼ同じ"300年の寿命"を生きてもらえる。
早く武蔵様とそうなりたい。
でも歴史への影響を考えて、我慢していたのだ。
彼女はただ、今か今かと、今日までその時を、健気にも待っていたのである。
だが、その彼女の提案を受けた武蔵の返答は、予想外のモノだった。
「愛するカグヤよ、済まない。儂はこの60年余りの人生で、充分納得し、満足した。よってこれ以上の延命は、望まぬ。」
「そんな、私との人生は?遺されたワタシはどうなるのですか?」
「お主は、未だ、若く美しい。いくらでも、儂の代わりは見つけられようぞ。」
「伊織は?アナタの息子の事も、どうか考えてあげて!」
「アヤツは、儂より遥かに腕が立つし、ナニより賢い。心配無かろう。」
それ以上、カグヤがナニを言っても無駄だった。
一度こうと決めたら、テコでも動かない。
宮本武蔵とは、まさにそういうヒトだった。
「…よく…分かりました。」
余りの事に、放心のカグヤは、やっとの事で、そう答えたのだった。
宮本武蔵は結局、1645年6月13日に61歳でこの世を去り、彼の最後を看取った宮本伊織も、1678年5月18日に、65歳で老衰により、その生涯を閉じたのだった。
彼もやはり、不老不死になる事を希望しなかった。そして、父上と同じように、自然に任せて死にたいと、カグヤに言ったのだった。
何でも普通のニンゲンの三倍の能力をもち、超能力まで備えていた彼も、皮肉な事に、寿命だけは、ヒト並だったようである。
カグヤ・イシュタルは途方に暮れてしまった。
長年目標とし、楽しみにしていた大切な願いが、とうとう何一つとして、叶わなかったからである。
やがて、伊織の死を見届けた彼女は、江戸時代の肥後の国に、ミケーネの宇宙船を呼び出すと、失意のまま、故郷の惑星ニビルへの帰路に就いたのだった。




