⑦ 伊織のチカラ
お互いのエモノを構えて、白砂の庭で向き合う、権之助と伊織。
暫く睨み合いが続いた後、また権之助の方から、攻撃が始まった。
伊織はソレを避けず、全て一本の刀で、受け流して見せる。彼は武蔵より、洗練された防御が出来たのだった。
それはそうだろう。何しろ彼の身体能力も、動態視力も、通常のニンゲンの3倍なのだ。シャア・アズナブルの"赤いザク"と同じ(?)なのだ。
またも砂を投げつける権之助。
しかし、そこで、不思議な事が起こった。
全ての砂粒が、伊織の眼前で、まるで透明な壁に張り付いたように止まったのだ。
そして伊織がヒト睨みすると、その砂粒が全て、権之助に向かって戻って行ったのだ!
思わず目を閉じる権之助。
すかさず、伊織は、木刀の切っ先を、彼の喉元に突き付けた。
「やめ!そこまで!」
武蔵が、試合終了の声をかけた。
「では、そなたの杖術と我が円明流。勝ち負け無し、という事でよろしいですね?」
伊織が木刀を突き付けたまま言った。
「相わかった。」
権之助は、目を白黒させながら、やっとの事で、そう言ったのだった。
「…しかし、今のアレは、一体…?」
「なあに、ただの兵法ですよ。」
伊織はそう言って、ニヤリと笑って見せた。
この試合結果が、後の世で、宮本武蔵に勝った事がある者が居る、いや、そんな事は無い…という論争の元となっているのは、日本史好きの皆さんなら、先刻ご承知の通りなのである。
夢想権之助が帰った後、武蔵、伊織、カグヤは、畳の部屋で向かい合って座って居た。
「…それで、アレは何なのだ?」
おもむろに、伊織に尋ねる武蔵。
「アレは、我が一族に代々伝わるチカラよ。」
カグヤが代わりに答えた。
「やはり、そうか。身体能力といい、知力といい、もはやニンゲン離れしているな。」
何だか寂しそうに、武蔵がそう言って笑った。
「…出過ぎたマネをしました。しかし、あんな卑怯な手段で勝ち逃げされるのは、我慢出来ませんでした。」
伊織は言った。
「しかし私は、もしも砂を投げるのが兵法なら、どんな術を使っても構わないと考えました。侍としては、礼節を欠く行ないでした。」
「…伊織よ。」
「はい。」
彼は武蔵に、大声で叱り飛ばされる事を覚悟した。
「何も、侍らしく生きる事に、こだわる必要は無い。」
「はっ?」
「お主は、お主らしく生きれば良いのだ。」
「はあ…?」
「以前、儂はお主の前にも、気まぐれに孤児を拾って、養子にした事があった。」
「そう…なんですね?」
「其奴には大層目を掛けてやり、剣術も叩き込んでやった。しかし、其奴は、侍らしく生きる事を追求した挙げ句、病死した主君の後を追って、僅か23歳で自害したのだ。」
「…!?」
「其奴の名を三木之助という。その時の後悔の念も、お主に剣術を教えなかった、一因ではある。」
「…そんな。」
「だから伊織よ。今一度言う。誰にも、何の遠慮も要らぬ。"宮本武蔵の息子として"では無く、お主はお主らしく生きよ!分かったな?」
「ははっ。しかと。」
伊織は武蔵に向かって、深々と頭を下げたのだった。




