⑤ 家老の伊織
20歳を迎えるころには、宮本伊織は家老になっていた。彼の働きぶりから考えて、ソレは実力相応の扱いと言えた。
もちろん、政治向きの事だけでなく、時には、優れた剣術の腕前を披露する事もあった。
例えば、ある日の事。
東軍流の三宅軍兵衛と名乗る侍が、フラリと武蔵の道場に現れた事があった。
その日、生憎、武蔵一門は、上様の御前での親善試合…所謂デモンストレーションを行うために、全員出かけていた。
それで、例によって、連れて行ってもらえなかった伊織が、たまたま一人で道場に残っていたのだった。
「宮本武蔵殿に、試合をお願いしたい。」
「生憎、父上は不在です。私で良ければ、お相手致しますが…?」
「そこ元は、どなたかの?」
「私は宮本武蔵が養子にして、第一の弟子。宮本伊織にございます。」
「おお、その名なら、西日本に知れ渡っておるぞ。なんでも"まつりごと"が得意な侍と聞くが…。」
「剣術にも、少なからず覚えがあります故、暇つぶしにでも、如何ですかな?」
「うむ、では、武蔵殿が戻るまでの間、遊んでもらおうかの。」
「…でしたら、コチラをお使い下さい。」
そう言って伊織は彼に木刀を渡した。
自分も同じエモノを持ち、向き合って青眼に構えた。
軍兵衛は伊織と向き合って、直ぐさま悟った。
この若者、隙が無い。
思ったより手強そうだ。遊びでは済むまい。
ジリジリと間合いを詰める二人の剣士。
たまらず、軍兵衛の方から、上から下へ打ち込んだ。
しかし木刀は床を叩いたのみ。
飛び上がった伊織の上段の剣が、軍兵衛の額を割ろうと迫る…しかし木刀は、彼の皮膚から1cm程のところで、寸止めされた。
「ま、参った!」
軍兵衛は思わず、木刀を投げ出し、両手を上げて降参した。
「そんな事おっしゃらずに…もう少し遊んで下さいよ?私のこのタギッた血を、どうしてくれるんですか?」
木刀を持ったままの伊織が、ニヤニヤ笑いながら軍兵衛に迫る。
「いや、申し訳ない。そこ元がお強い事は、今ので良く分かった。拙者は帰らせてもらおう。」
「それでは、アナタの名誉のために、クニに帰ったら、宮本武蔵の円明流に負けたと、宣伝なさい。私のような弟子に破れたのでは、カッコがつきますまい。」
「ああ、そうさせてもらうとしよう。鍛錬の邪魔をして済まなかった。これにて失礼する。」
軍兵衛はそう言うと、そそくさと帰って行ったのだった。
実は、コレはあくまでも一例で、武蔵も歳をとって丸くなった。今なら勝てるだろう。などというヤカラが後を絶たず、そういった者共の多くを、練習相手が居ない伊織が、コッソリ相手をしていたのだった。
付け加えるなら、誰一人、宮本伊織に勝てる者は居なかったのである。
そして、全ての敗者たちは、"武蔵の円明流に破れた"と宣伝する事を義務付けられて、帰されたのだった。
こうして宮本武蔵の名はますます全国に轟くことになっていったのである。




