③ 最初で最後の稽古
武蔵の約束通り、その後、目出度く一番弟子になり、上様へも紹介され、士官への道が開かれた伊織であった。
が、しかし、武蔵はいまで経っても、伊織に剣の稽古をつけようとしなかった。
内縁の妻として、武蔵の屋敷に入っていたカグヤは、度々ソレを武蔵に質したが、彼はいつも「ああ、そのウチにな?」と言うばかりであった。
そんなある日、ついに伊織は、武蔵の道場に呼ばれたのだった。
伊織は嬉しさのあまり、飛び跳ねてしまいそうだった…いや、実際、飛び跳ねてしまっていた。
(とうとう父上から、稽古をつけていただける日が、やって来たのだ。思えば、今までずっと、他の門弟たちの練習を、指を咥えて見る毎日だった…父上は、その中に混ざる事さえ許さなかったから。だからボクは、今日までたった一人で、惨めにもコッソリ裏庭に隠れて、見よう見真似の修練を積んで来たのだ。今日こそ父上に、その成果を見せる時だ!)
伊織が道場に行くと、既に上座に武蔵が胡座をかいて待っていた。 人払いがされたのか、他には誰も居なかった。
「父上、伊織で御座います。」
「うむ。まずは、そこへ来て座れ。」
「はっ。」
伊織は緊張しながら、武蔵の目の前に正座した。
「なあ、伊織。」
何故か砕けた口調の武蔵。
「はい。」
「何故儂が、今日までお主に、稽古をつけなかったと思う?」
「それは…。」
気をつけろ。もう、この問答から、修練は始まっているのかも…伊織は、そう思った。
「血縁である私を、他の者と比べて、エコ贔屓に成らないようにする為…でしょうか?」
「うむ。それもあるが…。」
武蔵は言い終わる前に、座ったまま、左脇に差していた木刀を右手で掴み、顔色一つ変えずに、立ち上りざま、素早くそれで、目の前の伊織を薙ぎ払いに来た。
が、それは伊織にカスリもしなかった。
何故なら彼は、その一瞬で、10m程後方に飛び退いていたからだった。
「父上、イキナリ何を為さるのですか?」
そんな目に遭いながらも、伊織の声色は、あくまでも冷静なトーンだった。
「今ので分かったであろう?」
「はっ?」
「お主は既に、儂より強い。故に、教える事は無いのだよ。」
武蔵は少し寂しそうに、そう言った。
「今、儂はお主に対して、殺気も出さず、予備動作も無しに、イキナリ斬りかかった。しかし、お主も、正座をした状態から、予備動作無しに、後ろへ飛んでそれを安々と避けて見せた。コレが…この現実が、全てを物語っているのだ。」
「…。」
「伊織、試しに儂と同じ動きをやって見せよ。」
武蔵はそう言うと、持っていた木刀を投げ出し、その場で垂直跳びをして見せた。
彼の足は床から1m程離れた。無論、それは超人的なバネである。
隙を見せて、また斬りかかられては敵わない。武蔵とはそういうヒトだと、母上から聞いた。伊織は、しかし、言われた通りにする事にした。
「こう、ですか?」
彼が試しに、軽い気持ちでピョンと跳ぶと、彼の足は床から3m程離れ、頭は天井についてしまった。




