㉖ 十郎が写楽
居候している同心の屋敷に戻ると、十郎の成雪は、早速コトの顛末をカグヤに報告した。
彼の話を聞いている内に、次第にカグヤの顔色が変わっていった。
「まさか…。」呟くカグヤ。
「えっ、なに、どうかしたの?」と心配になる成雪。
「…その版元の名前分かる?」
「確か…ツタヤジュウザブロウとか何とか…。」
「…ああ、何てこと。ビンゴだわ。」
「何が?どういう事?」
「いいわ。こうなったら、アナタ、そこで絵を100枚程描いてあげなさい。」
「…うん、別にイイけど。」
「で、その後、私たちは、コッソリ八丁堀を脱出するわよ。」
「え、何でまた?お世話になったみんなには、挨拶無しで?」
「そうよ。些か礼節に欠ける行ないだけど、この際、仕方が無いわ。 理由は後で必ず教えるから。いいわね?」
「…うん、分かったよ。」成雪は渋々承知した。
その後、十郎の成雪は、カグヤに言われた通り、その芝居小屋の楽屋の片隅でたくさんの役者の似顔絵を描いた。時には、劇場主に連れて行ってもらった、両国の大相撲の絵を描いたりもした。
描いた絵の枚数は、既に100を越えたような気がする。成雪がそう思った夜、カグヤに「さあ、そろそろ、ずらかるわよ。」と言われた。
到着地点の、橋のたもとまで行く途中に、芝居小屋の前を通ったので、成雪は裏口から楽屋に入り、ちょっとした手紙と、少々の砂金を置いて来た。
カグヤも、"まあ、それぐらいなら"と、許してくれたからだ。
そしてその後は、二人揃って、スタート地点の研究所のあの部屋に、帰って行ったのだった。
さて、コレは、彼等が帰った後の話である。
翌朝、劇場主は、楽屋の手紙と砂金を見つけた。
そこには、十郎から"お世話なりました"の言葉と、"突然あいさつも無しに姿を消すご無礼をお許し下さい"との謝罪の言葉、そして"砂金はほんのお礼の印です"と書いてあった。
彼はソレを読んで「なんでえ、なんでえ、しゃらくせえ真似しやがって!」と言い、たまたま十郎に会わせようと連れてきた、版元の蔦屋重三郎とともに、十郎の雅号を、その場でこう決めてしまったのだ。
「しゃらくせえヤツだったから"シャラク"だ!写し絵を楽しんで描いてたから、漢字は"写楽"。苗字も偉そうな感じに"東洲斎"でどうだい?」
「イイねえ。それできまりだね。」
なんと、こんな感じに、十郎の雅号が決まったのだった。




