㉔ 八丁堀にて
二人が到着した場所。
そこは18世紀末の江戸。
現在で言うところの、東京都中央区。
八丁堀の近辺である。
当時のこの辺りは、宿場町と言うよりも、武家屋敷、特に同心などの、役人の住まいが並ぶ地域であった。
ただその程近くに、版画の出版元や、芝居小屋が有り、ウロウロしていれば、浮世絵師に出逢えそうな街であった。
因みに同心は、下級役人であったため、立派な屋敷に住んでいても、案外カネに困っていたりした。
まあそこが、今回のカグヤの狙い目であった。
とある呉服屋の放蕩息子が、何日かお忍びで芝居見物三昧したくて、立ち寄ってはみたが、残念な事に、近くに適当な宿屋が無い。
そこで、どうかコレを路銀に、幾晩か泊めては貰えないだろうか?…という話をでっち上げ、カグヤが砂金をチラつかせたところ、まんまと引っ掛かってくれた、同心の奥方が居たのである。
場面が想像し難い方は、テレビ時代劇"必殺仕事人"の、中村主水宅を思い浮かべて貰うと良いだろう…ええっ?そっちも知らない?…これは失礼しました。
もちろん、こういった小細工を、カグヤが自分で思いつくはずも無く…それは例によって、雪子の入れ知恵によるモノであった事を付け加えておこう。
まあ、兎に角そんな訳で、当分の間、二人で夜露を凌ぐのに、困らない算段はついたのである。
それに、ここから15分も程歩けば、日本橋があり、砂金の両替にも困らない。そういう点でも、良い活動拠点になった。
それも、これも、雪子の事前のアドバイスのおかげなのである。
それから三日程、カグヤと成雪は、毎日芝居小屋通いを続けた。
しかし、場内や街中、行き帰りの道程など、二人でそれなりに気を配って、キョロキョロしてみたが、辺りに写楽らしき人物は見当たらない。
それでも、芝居そのものは興味深く観劇できたので、そこそこ有意義な日々は過ごせていたのだった。
そんなある日の事、芝居小屋の主が、観劇後に、成雪に声を掛けて来た。
すわ、写楽の手掛かりが得られるかと、二人は期待したのだが、彼からもらった話は、全く筋違いのモノだった。
「兄さん、随分と熱心に毎日通ってるねえ。芝居が好きなのかい?」
「…ええ、とても興味深いてすね。」
成雪は、当たり障りの無い返答をした。
「兄さん、中々イイ面構えをしているねえ。どうだい、芝居をヤッてみねえかい?」
「えっ?」
成雪は困ってカグヤを見る。
カグヤも困った。こういった場合の対処法は、雪子から聞いていなかった。
「実は今日、ウチの役者が一人他所に引き抜かれちまって、人手が足りなくなったところなんだ。セリフの無い端っこの役だ。人助けだと思って、手伝っちゃくれねえかい?」
「ああ、まあ、そういう事でしたら…。」
成雪は、チラリとカグヤの方を見る。
カグヤは、放蕩息子の連れの、お手付きの女中のテイで横に居たので、彼が大っぴらに、その場でお伺いをたてると、変に見えただろう。
カグヤとしては、劇団内部から、写楽の情報を探るというのもアリかな、と考えたので、彼にウンと頷いて見せた。




