⑫ 漁師との交流
月明かりに照らされて、波間を泳ぐカグヤ・イシュタルの裸身は、美しいモノであった…いや、むしろ天使のように、神々しくさえ見えた。また実際に、彼女の背中には、小さな翼が生えて居たのだ。
それは余りにも美しく、少しでも、その方面の学が有る者なら、近寄り難い、畏れ多いモノを感じるはずだった。
しかし、その素朴な漁師の青年には、そこまで理解が至らず、只々"ああ、なんて綺麗なんだ、ウチに連れて帰りたい"としか思えなかったのだった。
彼は単純な思考で一計を案じ、近くの松の木に掛けであった羽衣と黒い腕輪を盗り、泳いでいる女の様子を窺う事にしたのだ。
案の定、海から上がったその娘は、裸身のまま、途方に暮れてしまったようだった。
そこへ、漁師の青年が声を掛けた。
「もしもし、そこのお嬢さん…。」
突然、そんな声を聞いたカグヤは、ビクッとして、ついチカラを使ってしまいそうになった。
彼女が声のした方を見ると、そこには、当時の田舎の漁村としては、平均的な身なりをした、たいして腕力の強くなさそうな、青年が立っていた。
危ない危ない、もしも衝動的にチカラを使っていたら、彼の命を奪いかねないところだった。彼女はホッと胸を撫で下ろしたのだった。
と、そこで改めて、カグヤは自分が全裸である事を再確認したのだ。
「アナタが今その手に持っている衣、私のモノなのよ。返していただけるかしら?」
彼女は、出来るだけ丁寧な日本語を意識して、その青年に頼んだ。
「これは、ソコに落ちていたから拾ったのだ。拾ったモノは、オラのモノだ。どうしてもこれが欲しいのなら…そうだな、そこで踊りでも見せて貰おうかな。」
その世間知らずな、田舎者の青年は、無謀にも、戦闘民族のカグヤに、そんな命知らずな願いを言ったのである。
その失礼極まりないセリフを聞いたカグヤは、一瞬、彼を黒焦げにしてやろうかと、カッとなりかけたが、危ういところで自制した。
そして、ムッとした表情のまま、何と一糸まとわぬ姿で、月明かりの中、言われた通りに、踊り始めたのだ。
彼女とて、淑女としての嗜みとして、舞踊の心得ぐらいあるのだ。しかもこの踊りは、彼女の家に代々伝わるモノで、かつては、昔々の日本で先祖が踊ったこともあると聞いている。
その先祖の名は…確かアマノウズメ・イシュタル…。そんな事を思い出しながら、カグヤが踊っていると、彼女にすっかり見惚れていた青年が、我に帰って声を掛けて来た。
「ありがとう。とても美しいモノが見れた。衣は返すから、今からウチに来てもらえまいか?」
なかなかに、図々しい申し出である。
しかしカグヤは承諾した。
「イイわよ。じゃあ、衣を頂いたら、案内して下さるかしら?」
取り敢えず、異文化交流が目的なのだ。ガマンガマン、と彼女は自分に言い聞かせた。
困った事に、その青年は、黒い腕輪を返す気が無いようだった。隙を見て奪うしか無いな。彼女がそう思ったのも確かだった。




