表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

青の檻、愛の呪い

作者: アカザクロ
掲載日:2026/02/03

これは何回目だろうか?


もう数えきれないくらい、私はこんなシーンを繰り返した。

繰り返して、繰り返して、繰り返して、そして同じ結果。



私、アビゲイルは永遠とも思える世界を周回していた。

私だけが、知っているこの世の真実。


この世界はループしている。



「カイン。愛してるわ。」




そしてもう一度、やりなおし、やりなおし。


★★★



14歳で私とカインは婚約した。相手は4つ下の伯爵令息。

さらさらと流れる深い深い黒の長い前髪に隠れた宝石のような青きつぶらな瞳は私を見つめて、少しおびえていた。

この人間離れした美貌を持ったこの子を守らなくてはいけない。


初めて会った私はそう誓ったのだった。

その感情がまだ何かもわからないうちに。



そして、それはもう何百年も何千年も前の記憶に思える。

私はまた戻ってきた。

この日に。


私のループはここから始まるのだ。

この美しい瞳をみて胸に誓った思いを思い出しながら、懐かしみながら。

今回のループが、また始まる。



★★★


私の婚約者はとても微妙な立場の少年だった。

美しさがゆえに強引に孕まされた平民の子供。


本来であれば伯爵家に引き取られることなく、庶子として暮らすはずだった彼は、不幸にも幼いころから信じられないほどの魔力を持っていることが発覚したためにその微妙な立場に据えられた不幸な生まれだった。


長男、次男といる家で彼は居場所がなく、兄たちの居場所を奪わないため、幼いうちから私の婚約者として婿入りが決まっていた。


我が国は女でも爵位を継げる。

私の家はわが国でも有数の魔術師の家だったため、それは半ば人身売買のような婚約だった。

我が家は高い魔力を当主の伴侶にすることができ、先方は厄介払いができ、さらに高く売れるということでお互いに利益しかない婚約。

何度もループするうちに、そんな裏事情が私も分かってきた。彼の家に我が家が多額の支援をしたことを。それは彼が売られたお金だった。


私と彼の婚約は醜いこの社会の打算で結ばれたものだった。

そんな婚約にも私は気づいていなかった、1回目の私は。

馬鹿な子供だった私は失敗した。



★★★


このループの1回目。




カインは微妙な立場のため婚約後、私の家で暮らしていた。表向きは将来私を支えるための勉強のためだった。幼い私はその意味など深く考えることなどなく、ただかわいくて大好きな婚約者がそばにいることにただ喜んでいた。


カインは静かな子供だった。


「カイン、ねぇ一緒にお人形で遊びましょう?」

私がそう誘えば、カインは断らずに人形で遊んだ、彼は笑うこともなければ不満も言うことのない少年だった。けれども私の誘いも断らなった。


「アビゲイルは年上なのに、頼りないから。」

生まれつきの才能なのか、魔術も勉強も得意な大人びた彼は、たまに私を見てため息をつきならそう言った。そして、私のわがままを笑った。


そのほのかに笑った笑顔が私は優しい私にだけ向ける笑顔だと思っていたけれど、今考えれば彼は苦笑していたのだろう。

どうやっても離れられない、飼い主のような女のわがままに。

己の不幸な人生に。



カインが15になった年、彼の魔力量では至極当然だったが、王立の魔術学校通うこととなり、私の後輩として入ってきた。


カインは美しい顔と才能あふれる魔術師として男女ともに好かれていた。

対して私はごわごわとした真っ赤な髪にそばかすの浮いた地味な顔。


それまでは二人だけの世界に、他の人や目が入ったことによって私たちの関係は変わっていた。


「カイン、私を置いてどこに行っていたの?」

「カイン、どうしてあの子と口をきいたの?私はしゃべっちゃダメって言ったよね?」


カインが人に囲まれれば囲まれるたび、人々から褒められるたび、私は見えないプレッシャーに追い詰められていった。


金で買った婚約、不釣り合いな婚約者。

周りがそう嘲笑っていることを知っていた。


だけど、私は幼くて割り切ることもできず、そのストレスをカインにぶつけた。

カインは私がそうやってヒステリーを起こすたびに、あの笑みを浮かべた。


美しい顔が仄暗く笑う。

それは私には嘲笑にみえた、私をあざ笑う、自由になれない彼の精いっぱいの抵抗。

それが耐えられなくて、私たち二人の間には隙間風がふくばかり。


最後は同級生の密告によって、両親から注意を受けた。


「カイン、これまでごめんなさい。」


私とて伯爵令嬢。きれいなほほ笑みを浮かべて、彼に謝る。

心の中で湧き上がる嫉妬や醜い感情を封印して。


そういって謝った私をカインはいつもの微笑ではなく、おぞましいものを見るような眼で見ていた。

その時私はカインに心から嫌われていることに気づいたのだった。

少女の私には胸を刺すような辛さだった。


その衝撃をうけてから私は変わった。

カインにあたることもせず、作り物の笑顔で、距離を置いて。

せめて、カインと結婚後もうまくやれるように。


少しずつ心が壊れていくような辛い日々だった。

周りからは不釣り合いと責められても、私たちは契約だから別れることはできない。

そう言い訳をしながら、別れたくない自分がいた。


湧き上がる狂おしい感情を抑えて、表向き何もないようにふるまって、そうして私たちは結婚した。



結婚式のあと、義務でしかない彼の腕に抱かれたときに私はぽろりとこぼした。


「カイン、好きよ。」


そういった私の言葉にはじかれるようにして、顔を上げた彼は私を突き飛ばした。



それが最初の私の最後の瞬間。

突き放したカインの顔はあの仄暗い笑みを浮かべていた気がして。




悲しむ暇もなく私は気づいたら、幼い彼に微笑んでいた。


「こんにちは、私はアビゲイル。よろしく、カイン様」


つぶらな青い瞳がおびえながら私を見る。



2回目のシーンだ。



★★★



2回目の私は混乱した。

明らかな過去に戻っている自分。

ただそれに気づいているのは私だけ。

世紀の魔術師と呼ばれたカインですら気づいていない。もっとも戻った最初は10歳の少年だ。

気づくすべもなかっただろう。


混乱しながら、私はチャンスだと思った。

今度こそ、カインに嫌われないように。

私はやり直せるのかもしれない。


前回の反省を生かして明るい未来を目指すため2回目の私はまず自らの魔術の鍛錬を怠らなかった。

幸い私は2回目の生だ、魔力を使う能力や魔力量はリセットされていたが、呪文も知識も持ったままの2回目。


それを生かして、できる限りの勉強をした。

結果二回目の私は、魔術師の名家の当主にふさわしい女魔術師として才能を開花させることができた。

カインももちろん前回同様才能を開花させてお似合いの二人だとほめそやされた。


世間は現金だと思った。一度目はあんなにも私を蔑んだ世間は私におべっかを使う人々であふれた。


私は確かに美人ではなかった、けれども当主として着飾り自信にあふれた行動をするだけで人々の反応は違う。


私はカインに嫌われないよう、彼に不用意に近づかないようにしていた。

心に秘めた恋心を蓋をして。


どうせ私たちは契約があるから、結婚するのだ。

1回目の私は踏み込みすぎて感情におぼれた。

2回目の私は思った、私が自分を磨き、心を鍛えれば恋におぼれることなんてないだろうと。


それが間違いだった。

二人の間に空いた距離はそのまま縮むことがなく、カインは、魔術師学校で恋に落ちた。

私とは違う、落ちこぼれの少女に。


魔力量があるのに、火すらともせない、けれどかわいくていじらしい少女に。

カインが放課後、二人で本を読んでいるのを見た。

2回、今まで私が見たことのない笑顔を彼女に向けて、カインは明るくなった。


2回目の私も失敗したことを悟った。

何度も悩み、私は決意した。


カインを、愛しているからこそ解放しようと。

赤の魔術姫と言われた2回目の私は、その高いプライドと美しい矜持を保って愛する人のために選んだのだ。


「カイン、あなたを解放してあげる。」


キョトンとした彼は、幼いころのような表情で私を見た。

なつかしくて、一度目の彼と2度目の彼が交錯して、私は唇をかんだ。


やりなおしても私はうまくできない。

でも、彼を幸せにしてあげることはできるはずだ。


そう思って、ほほ笑んでいった。


「もう、安心して、婚約を破棄したわ。」


ほほを伝う涙を隠すため、私は顔を覆った。

そうして耐えきれず小さくつぶやいた。



「.......愛してる、カイン。」




止められない思いを最後に呟けば、ぐわりと、めまいのような感覚が襲った。

そうして、また私は次のループへ行った。


私のループは彼と出会いそして彼に思いを告げるとまた彼の出会いへ戻った。

何回もやり直した。


カインに好きだと言い続け、思いをつまびらかに伝え続けた時もあった。

けれども彼は一度も私に好きだと言ってくれなかった。


早いうちから彼を甘やかし、体で篭絡しようとした時もあった。

けれども彼は陰のある顔でうつむいた。


距離を取って、彼とかかわらず、目立たず何もしない時もあった。

そんな時は彼から私に近づき、そして私は耐えきれず恋心を吐露した。


けれども、なにをしても、何をやっても私は彼が好きになり、そして思いを口にするとループをした。



「愛してる」「好き」はループの合図。

それはうまくいったとしても、そうだった。

最愛の彼の手をとって、結婚式の口づけをしたとき、今度こそ彼に愛されていると思ってこぼした愛してるの一言でループした時に私は絶望した。



このループはおそらく当家の血にある魔術の呪いによるものだろう。

何か私は見落としている。ループはきっと私がかけているのに、私自身が止められないのだ。


何度ループしても私は馬鹿みたいにカインを好きになり、それをこぼしてしまう。

もし一生愛をささやかなければ最後まで人生を終えれるのだろうか?


次第に私は、カインへの愛をささやかないようにしていた。

そして、どんなにカインが悲しそうにしても、好きや愛してるは伝えない。


初めは20歳までも持たなかった、私のループは30歳、40歳と伸ばしていった。

私は学んだ、このループを終えるには私が最後までカインに思いを告げなければいい。

それができるのであれば。







―――そして、前回のループで私は絶望したのだった。

愛を囁かず冷たい態度の私に、カインは結婚後、ほかの女と浮気をした。


領地の視察が早く終わり、いやな予感に急ぎ帰れば屋敷の使用人が止めるのを走ってカインの部屋へ向かえば、私とは違う愛らしい女が彼に微笑んでいた。


心臓がどくりと音立てて、血が逆流するようだった。


私は永遠にカインを手に入れられない。

これは呪いだ。


永遠に手に入れない運命をあきらめられない、さもしい私が永遠に彼を手に入れるための呪いなのか。


でも今の私はループを望んでいない。

それすら本当は本心ではないのだろうか?



すでに自分すらしんじられなくなった私は、ついに胸にナイフを自分で突き刺して、自らを殺した。



それなのに馬鹿な私はそう、言ったのだ。

ナイフが刺さる寸前に。



「カイン、愛してる」と。



★★★



そうして、私はまたループした、この瞬間に。


「こんにちは、私はアビゲイル。よろしく、カイン様」


つぶらな青い瞳がおびえながら私を見る。


また、始まった。

もはやどうしたらいいかわからない、私は、初めてこの出会いから逃げた。



「アビゲイル!」


ドレスを翻して、私は走る。

屋敷の敷地は勝手知ったる我が家だから私は走って、走って、敷地の端へと走る。

屋敷の端は高い崖になっている。

切り立った崖には強い風が吹いていて、ドレスが煽られる。

まだ幼い私はその身を風にさらわれそうだった。


私は今度こそ、口にしないように決心した。


もうループはしない。

この世界を終わらせる。


この崖から飛び降りれば、愛さえ呟かなければ、この生は終わるだろう。

いい加減あきらめの悪い私ももう終わりにしよう。


体がいくらよみがえっても私の魂はすり減っていた。

報われない愛、決してこちらを見ない、青い瞳。


焦がれて焦がれても、愛を告げればリセットされてしまう。



「アビゲイル。」


まだ幼い彼が私を追いかけて不安そうに見ている。

彼は何も知らない。

どうして、こんなに幼い彼なのに私の胸には狂おしいほどの愛が浮かぶんだろう。


何度やり直しても、彼への思いは消えなかった。

それだけは消えなかった。



「こないで!」


叫んだ声は幼女のものなのが場違いでおかしかった。

何もわからないだろう彼は私にゆっくりと近づいてくる。


「アビー、そっちは危ないよ?」

「ええ、だから近寄らないで。」


その姿を、その目を見ると私はまた愛を囁きそうになる。


だから。

決心して崖から身を投げれば、私の体は噴き上げる風に流されるようにふわりと浮いてひきよせられて、小さな手に抱きしめられた。


「アビゲイル。」

幼い声が私の名前を呼ぶ。ふと思う、この時の彼は、こんな風に私を呼び捨てにしただろうか。


「だめだよ。」


幼いのに、冷たく、ぞっとするような声。


「ねぇ、勝手に終わらせるなんて。だめ。」


ふふふ、と愛らしい笑い声が聞こえる。


「カイン・・・?」


不気味な彼に、体をこわばらせれば、彼はなお一層その小さな手で私を苦しいくらい抱きしめる。



「あいしているよ、アビゲイル。」


はじかれるように、私が幼い彼を見れば、見たこともない笑顔で暗く、笑っていた。


「永遠に。どんな世界でも君を愛している。」



その言葉で、私は、気づいた。

このループの元凶に。




それは私ではない。



「ねえ、僕のことだけを見て。」



その青い瞳は、私以上に昏い昏い闇を宿していて。

震える私の体を抱きしめて幼い声がささやく。


「やっと捕まえた。」















「さあ、また僕に愛の言葉を聞かせて。」









絶望のループとゆがんだ愛が書きたかった。

ぞっとしてもらえれば本望です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ