第五話:ポセイダル放浪とゴブリン掃討
ノア・ノストラヴァたちがいるのは、大陸の西側、勇者を召喚したスルベニア王国とは**大陸の反対方向**に位置する**海洋国家ポセイダル**だった。
ポセイダルは、かつては強大な統一王国であったが、帝国との熾烈な戦争によって王族が死滅。その後、残された有力貴族たちがそれぞれ独立し、現在は連合王国という形で緩やかにまとまっている。ノアが目覚めた古城も、この戦争で使われた古戦場の跡地に建っていたものだった。
ノアは、アルベルトが用意した豪華な馬車に揺られ、街道を進んでいた。窓の外を流れる海風は心地よいが、ノアの意識は常に周囲の環境に向けられている。
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(およそ三キロ先……)
ノアのカンストした身体能力と神祖の力は、物理的な距離を超えて、遠くの音を正確に捉えた。
「キャアアアア!」
それは、悲鳴。断続的で、絶望に満ちた女性の叫びだった。
「先行しますわ、アルベルト。あなたは馬車で後から来なさい」
ノアは、アルベルトの返答を待たずに馬車の窓から飛び出した。日傘を開くことなく、闇魔法を足元に展開し、空気抵抗を無視した驚異的な速度で街道を滑るように進む。
現場に到着するまで、ノアに迷いはなかった。
「全く、醜悪ですわね」
ノアが見たのは、立派な装飾を施された馬車が道端で横転している光景だ。そして周囲には、既に**護衛らしき男たちの死体**がいくつも転がっていた。
その傍らで、数匹のゴブリンが、捕まえた獲物にもてあそんでいた。
捕らえられていたのは、綺麗なドレスを纏った貴族然とした少女と、その娘よりいくらか年上のイド服の女性。彼女たちの服は既に破られ、抵抗する術を失っていた。
ゴブリンは、一匹一匹は最弱の魔物だが、群れとなると厄介だ。そして何よりも、彼らの目的は、獲物を殺すことだけでなく、襲い、孕ませ、自分たちの繁殖の手助けをさせるという、最も忌まわしい行為にある。
絶望に顔を歪ませた少女達には、最早なすすべがなかった。
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全てを諦めかけたその時、一つの声が響いた。
「わたくしの前で、下品な真似をなさらないでくださいます?」
黒いゴシックロリータドレスを纏った幼女が、まるで**舞い降りた女王**のように、ゴブリンたちの集団の前に立っていた。
ノアは、銀色に輝くミスリル製の鉄扇を静かに開く。
「血を流させたくはありませんわ」
ノアは、鉄扇に魔力を込め、それを一閃した。
斬撃波ではない。神祖の能力で、空間そのものが歪んだ。音もなく、ゴブリンたちの集団の首が、全て同時に胴体から分離した。首は地面に転がり、胴体は血を噴き出すこともなく、すぐに灰と化して消滅した。
少女たちには、傷一つない。
「お見事です、お嬢様」
遅れて到着したアルベルトが、ノアの横で静かに一礼した。
「ずいぶんと手加減がうまくなられましたな」
「そうね。いつまでも助ける対象にまで、被害は出していられませんもの」
実はノアは、これまでに何度か冒険者や旅人を助けた際に、力の加減を誤り、強大すぎる力で魔物を仕留めた結果、その余波で助ける対象にも軽傷を負わせたり、魔物と一緒にトドメを刺してしまったりという失態を重ねていたのだ。
ノアは、助けた女性たちに一瞥もくれず、鉄扇を閉じた。
「アルベルト。この者たちの手配と、残骸の処理をお願いするわね」
「かしこまりました」
ノアは、名乗りを上げることも、感謝の言葉を待つこともなく、優雅に自分の馬車へと乗り込み、そのまま街道を進んでいった。
彼女の流浪の旅は、続く。
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