第四十九話、魔王
悪魔将軍アスタロトの案内により、ノアたちは魔王城の最深部、「深淵の玉座」へとたどり着いた。
そこには、静寂のみが存在した。
重厚な扉が開かれた瞬間、ノアはかつて経験したことのない圧倒的な魔力の質量を感じた。それは、酸素さえも重く感じるほどの濃密な闇。
玉座に座る男、魔王ダンテ。
彼は、ノアと同じく幼い外見を保ちながらも、その瞳には宇宙の始まりと終わりを内包したような、底知れない知性が宿っていた。
ダンテが口を開く。その声は、空気を直接震わせる響きを持っていた。
「待っていたぞ、神祖ノア。貴様の存在を感じてから、我が数千年の退屈は霧散した」
ノアは、鉄扇を畳み、その赤と金のオッドアイで真っ向から魔王を見据えた。
(……驚きましたわね。この魔力、わたくしの真祖としての出力を上回っていますわ。まさか、この世界にこれほどの『底』が見えない者がいようとは)
ノアは、初めて遭遇した「対等、あるいはそれ以上」の存在に対し、恐怖ではなく、ゾクリとするような愉悦を感じていた。
(わたくしも人のことを言えませんわね。この場面に快楽を感じてしまうとは)
ダンテは玉座から立ち上がり、一歩、踏み出した。その一歩で、城全体の空間が歪む。
「ノア、貴様を我が伴侶に迎える。貴様の魔力、貴様の魂……それこそが、我が渇望していた唯一の均衡だ」
ノアは、優雅に、しかし冷徹に微笑んだ。
「お断りいたしますわ。わたくしは、誰かの隣に座るためにここへ来たのではありません。わたくしは、わたくしが望むままに世界を優雅に歩む。貴方のコレクションに加わるつもりはございませんの」
「……ならば、力ずくでわからせるまでよ。貴様が、真の支配者が誰であるかをな」
次の瞬間、会話は途絶え、世界が裂けた。
ダンテが指先を向けると、そこから「無」の波動が放たれた。触れるものすべてを消滅させるのではなく、「存在そのものを否定する」概念攻撃。
ノアは即座に反応した。
「甘いですわ!」
ノアは漆黒の魔力を盾にせず、逆に「因果を固定する」神祖の権能を発動した。ダンテの「無」が、ノアの「在る」という絶対意志に衝突し、二人の間で次元の火花が散る。
ドォォォォォンッ!!
魔王城の天井が消し飛び、空が紫黒色に染まった。
アスタロトやアルベルトですら、二人の衝突による魔力の余波に耐えきれず、跪く。
ノアは光速を超えた移動でダンテの背後を取り、ミスリル製の鉄扇を鋭い刃へと変えて振り下ろす。しかし、ダンテの周囲には「絶対不可侵」の領域が展開されており、鉄扇は空中で止まった。
「ふふ、これですわ!*こうでなくては、お相手をする甲斐がありませんわ!」
ノアの瞳が、高揚感でさらに輝きを増す。
対するダンテも、冷徹な仮面を脱ぎ捨て、狂おしいほどの歓喜の笑みを浮かべた。
「素晴らしい! 我が魔力を押し返す人間など、初めてだ! さあ、もっと見せろ、ノア! 貴様の真なる深淵を!」
二人の魔力が激突するたびに、魔王城の周囲の地形が書き換えられ、大地は結晶化していく。それはもはや魔法の域を超えた、神々の権能のぶつけ合いであった。




