第三十九話:聖王国の盲信者とインキュバスの潜入
ノア、ロザリア、ミリアの三人を乗せた馬車は、数々の騒乱(主にノアの秒殺制裁)を乗り越え、ついに聖王国の中心、光の都へと到着した。
街全体が光の神アテナの神聖な気に満たされており、ノアの闇の性質は異物ではあるものの、月の女神ルナの眷属でもあるため、その姉妹神であるアテナの神殿に入るのに大きな障害はなかった。
ミリアは、ノアとロザリアを、最も神聖な場所である大聖堂へと案内しようとした。
しかし、どこにでも盲信者とはいるもので、大聖堂の荘厳な入り口で、光の神アテナへの狂信的な信仰心を持つ一人の老年の信者が、一行の入場を阻止しようと喚き散らしていた。
彼の視線は、漆黒のゴシック調のいつものドレスを身に纏い、冷たい銀髪と異色の瞳を持つノアに集中していた。
「大聖女様!あなた様とあろう方が、その様なわけのわからない輩を大聖堂に案内するなど、さては、その者に操られているのですか!?」
信者は、ミリアがノアへの熱烈な愛を隠そうともしない様子を見て、ノアが闇の魔法でミリアを魅了したと強固に勘違いしていた。
彼は、ノアの圧倒的な異様さと、その背後にある闇の気配に恐怖を感じ、さらに言葉を重ねた。
「その様な闇に染まったものなど、神に害をなすものに違いありません!大聖堂から追い出すべきです!」
ノアは、そのいわれなき騒動に対し、心底うんざりしながらも、愉悦を感じていた。ノアはミスリル製の鉄扇を広げて口元を隠しながら、ニヤリとした。
「全く、下品ですわね。貴女方の崇める神である女神アテナ様のご苦労が、偲ばれますわ」
ノアの言葉は、アテナ神の真意を知らない信者たちには理解不能だったが、ノアの圧倒的な威圧感に、信者はそれ以上喚き散らすことができず、震え上がってその場に立ち尽くした。
ミリアは、ノアを侮辱されたことに激怒し、神聖な魔力を込めた声で信者を一喝した。
「静まりなさい!この方は、ルナ様の神気を帯びた方で、私の命の恩人です!この方を害するものは、神に唾するものだと知りなさい!」
ノアは、ミリアの熱烈な擁護を背に、優雅に大聖堂の中へと足を踏み入れた。
同じ頃、スルベニア王国の王城から姿を消した上位魔族インキュバスは、聖王国に潜入を果たしていた。
彼は、配下のドラキュラ伯爵が瞬殺されたことを知ったのだ。インキュバスは、ドラキュラの視覚情報を微かに共有しており、白木の杭が胸から生えるという、信じがたい光景を見ていた。
「何だ、あの力は……。ドラクロアの始祖が、何の抵抗もなく葬られるだと?しかも、吸血鬼の弱点を完全に把握している。ノア・ノストラヴァ……奴は、王女の報告を遥かに超えた未知の脅威だ」
インキュバスは、男ばかりの騎士団ではなく、聖女に仕えるメイドシスターを魅了し、その身体を使って大聖堂の内部へと潜入した。聖王国とはいえ、人間の心の隙間は存在する。
彼の目的は、ノアの真の力と正体を知ること、そして自らの手で抹殺することへと切り替わっていた。インキュバスは、ノアの漆黒のドレスと神聖なルナの神気の矛盾を、その目で確かめるため、密かにノアのいる大聖堂へと近づいていった。




