第三十八話:始祖ドラクロアの最期
聖王国へ向かう旅の途中、ノアたちはある地方都市に立ち寄った。しかし、夜になると、街は異様な騒乱に包まれた。
「うわあああ!噛まれた!」「血を吸われた!」
住民たちは恐怖におののき、互いを突き飛ばし、まるでゾンビ映画のようなパニックを引き起こしていた。これは、上位魔族の命を受けた吸血鬼の刺客が、本命を誘き出すために、下級の眷属を使って街の人々を無差別に襲わせた結果だった。
ノアは、宿の最上階からその惨状を見下ろし、心底うんざりした表情で紅茶を飲んでいた。
「下品ですわね。まるでネズミの群れが騒いでいるようですわ」
ロザリアとミリアは、ノアを守るように立ちながらも、その惨状に心を痛めていた。
その時、ノアたちが宿泊する最上級の部屋の扉が、音もなく開いた。
そこに立っていたのは、一見するとただの優雅な老人に見える人物だった。しかし、彼の瞳の奥には、遥か昔の時を生きた吸血鬼特有の、冷たい光が宿っていた。
ノアは、老人が放つ異様な魔力の濃さと血の系統を瞬時に解析し、鉄扇を軽く開いた。
「あら、こんなところで生きていらしたの? 始祖ドラクロア、いえ、ドラキュラ伯爵」
ノアの口から出た名前に、老人の顔色が一変した。
「貴様、なぜ我の名を知っている? 我は遥か昔に、この世界から名を消したはず……」
ノアは、老人の驚愕に構わず、優雅に微笑んだ。
「有名人ですもの。白木の杭如きで滅ぼされた貴族として、わたくしの前世の記憶に、滑稽な伝説として残っていますわよ」
ノアは、さらに容赦のない一言を付け加えた。
「そう言えば、昔、ネズミを使って伝染病を蔓延させてましたわね。今も、その古くさいやり方がお好きなようですわ」
ドラキュラ伯爵は、自らの古の恥を看破されたことに激怒した。彼は、ノアの真の正体を探るよりも、ノアに精神的な屈辱を与えることを選んだ。
「くたばれ、小娘!貴様がどれほど強いか知らぬが、貴様の従者は、このわしの魅了からは逃れられぬぞ!」
ドラキュラ伯爵は、ノアの背後に立つロザリアとミリアに向け、上級吸血鬼の持つ最上級の魅了の魔力を放った。
「さあ、愛らしい二人よ!その黒い幼女を裏切り、我の目の前で、互いを弄びなさい!」
しかし、魅了の魔力が二人に届いた瞬間、魔力は霧散した。
ロザリアの心には、ノアへの血の誓約と、絶対的な独占欲という強固な愛の障壁があった。ミリアの心には、ノアへの狂信的な愛と、神聖なほどの献身という光の結界が張られていた。
二人は、一瞬だけ魅了による不快な混乱を覚えたものの、すぐにノアを見つめ返した。
「お姉様、あの下品な魔力……」「ノア様、わたくしは誰にも屈しません!」
ノアは、魅了が効かなかったことには一切驚かなかった。むしろ、自分の所有物を弄ぼうとした古の吸血鬼の愚かさに、心底うんざりした。
「全く、下品で無能ですわね。わたくしの所有物の愛を、舐めないことですわ」
ノアは、ロザリアとミリアの不安な視線を受け止め、安心させるように、優しく、しかし絶対的な命令を下した。
「終わったら可愛がってあげます。いまは我慢なさい」
そして、ドラキュラ伯爵に向き直ったノアは、鉄扇すら構えなかった。
次の瞬間――
ズボッ
ドラキュラ伯爵の胸の真ん中から、一本の真っ白な木の杭が、何の予兆もなく、内部から生えたかのように突き刺さった。ノアが、闇魔法で白木の杭を瞬時に構成し、を突いたのだ。
伯爵は、驚愕と苦痛の表情を浮かべたまま、塵となって崩れ落ちた。
ノアは、その塵を見下ろし、皮肉たっぷりに呟いた。
「あら?相変わらず弱点は変わりませんのね*。無駄に古いくせに、何の対策もしていませんでしてよ」




