第三十七話:真祖ドラクロア、迫る追跡者たち
ノア、ロザリア、そしてミリアの三人を乗せた漆黒の馬車は、聖王国を目指し、大陸の街道を優雅に進んでいた。ノアの隣では、ミリアがノアの腕に抱きつき、ロザリアが二人分の護衛を兼ねて周囲を警戒している。
しかし、ノアの桁外れの知覚は、この旅路の背後に潜む、二つの禍々しい気配を正確に捉えていた。
一つは、遥か王都から伸びる、甘く、粘着質な闇の魔力。それは、スルベニア王国の王女を通じて、この世界に干渉している上位魔族の存在を示していた。
「……上位魔族ですわね。女の魂を弄ぶインキュバスの類でしょうか。まぁ。下品な真似を」
そしてもう一つは、自分と同じ吸血鬼の血の匂い。
(真祖ドラクロアの系統……ずいぶんと血の濃い者が混じっていますわね。しかも、魔族の部下とはね。貴族の誇りも忘れた見たいですわね。品がないにも程がありますわ)
吸血鬼は、孤高、ノアはそう思うのでした。
誰にも従うことはないのです。
(しかし・・・・)
ノアは、その吸血鬼の魅了の力と、暗殺部隊の殺意が、自分たちではなく、背後にいる者たちに向けられていることを察知した。
(狙いは、勇者たちですか)
その「背後にいる者たち」――勇者パーティの馬車は、ノアたちの馬車から少し距離を置き、追随していた。ノアは、旅の途中の休憩時に、意を決した如月さやかに呼び止められた。
「ノアさん!お願いがあるんだけど!」
さやかは、勇者パーティの現状、特に神崎傑の盲信が強まる様子を話し、ノアの魂の解放の力を頼んだ。
「傑たちは、王女の洗脳に囚われている。ノア様なら、あの腕輪の魔法を解いたように、彼らの支配の根も断ち切れるのでは……」
ノアは、鉄扇を静かに広げ、冷たい口調で否定した。
「私にはできませんわ、如月さやか」
さやかの顔に絶望の色が浮かんだ。
「なぜ……!ノアさんほどの力があれば!」
ノアは、その理由を、冷徹な事実として突きつけた。
「貴女と彼らは違う。貴女に施されていたのは、あくまで腕輪を媒体にした物理的な呪いでした。しかし、彼らは……魂の奥底まで支配の根が降りておりますわ」
ノアは、神崎の魂に、長年の洗脳と、彼自身の使命感という名の依存心が絡み合い、巨大な魔力の根となって張り巡らされているのを見ていた。それを破壊すれば、神崎の魂そのものが崩壊する。
「無理に引き抜けば、彼の魂は砕け散るでしょう。わたくしに、その責任を負わせるおつもり?」
ノアの厳しい言葉に、さやかはうなだれた。しかし、彼女は希望を失っていなかった。
「……だから、私は彼らを連れてきた。ミリア様なら……大聖女なら、光の神アテナの力ならば、その闇の根を浄化できるかもしれない!」
さやかは、ノアの馬車に追随する理由を、神崎たちを騙して(王女の命令を果たすという名目で)ノアの元へ連れてくることで、大聖女の庇護の下に置くことだと告げた。ノアは、その自己犠牲的な行動を、優雅ではないが、彼女らしいと感じた。
そして、ノアたちの馬車の遥か後方には、勇者パーティの馬車に続き、もう一台、派手すぎる貴族の馬車が追随していた。それは、ドリル令嬢・レティシア・ハイデルベルクの紋章が入った馬車だった。
馬車の窓から顔を出したレティシアは、ノアの後ろ姿に向かって、熱狂的に手を振っていた。
「ノア様の行くところならば、たとえ火の中、ドラゴンの中でもですわ〜! ノア嬢の護衛は、このわたくしが務めますわよ!」
ノアは、その狂信的なまでの視線を感じ、心の中で深くため息をついた。
(勇者、大聖女、闇の刺客、そしてドリル令嬢……。優雅な休暇とは、一体どこへ行ってしまったのでしょう)
ノアの聖王国への旅路は、ますます騒がしく、危険で、そして滑稽なものへと変わっていった。




