第三十三話:大聖女の危機とルナの神気
学園都市アルカディアから少し離れた街道。
聖王国から単独で向かってきた大聖女ミリア(14歳)の一行は、そこで不意の襲撃を受けていた。
襲ったのは、邪神復活を目論むクラック教の暗殺部隊だ。彼らは死を賛美する、各国から最も忌避される狂信的な組織である。ミリアは強大な魔力を持つが、実戦経験は皆無。護衛はすぐに手練れの暗殺者たちに追い詰められていった。
その頃、ノア・ノストラヴァは、寄宿舎の退屈な夕食を避け、うっかり制服のまま気分転換に学園外を散策していた。
ノアの知覚は、すぐに街道で起こっている不協和音を察知した。それは、ただの山賊や魔物の襲撃ではない、禍々しい闇の魔力を帯びた、死を撒き散らす気配だった。
「クラック教、ですか。人の欲も困りますが、神の狂信も下品で優雅ではありませんわね」
ノアは、その気配が大聖女ミリアの一行を襲っていることを一瞬で理解した。ノアの目的は目立たないことだが、闇を司る神祖として、このような邪な行いを見過ごすことは、ルナの加護を持つ存在として許されない。
ノアは一瞬で街道へと跳躍した。
「全く、静かにさせてくれませんわね」
ノアの登場に、暗殺部隊の顔に笑みが浮かぶが、その笑みはすぐに凍り付いた。
ノアは、ミスリル製の鉄扇を構えることすらしない。ただ、強大な闇の魔力とカンストした身体能力を乗せた一歩を踏み出した。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!
手だれの暗殺者たちは、ノアの姿を認識することさえできず、ほぼ秒で瞬殺された。彼らの急所は寸分違わず、ノアの目に見えない闇の刃によって切り裂かれていた。
「あ、あなたは……!」
危機を脱した大聖女ミリアは、突如現れた黒い制服の幼女の圧倒的な力に、目を奪われた。
ノアの姿は、まさに月の光のように神々しく、ミリアの心に強烈な印象を刻み込んだ。ミリアは、自身の持つ聖なる知覚によって、ノアから月の女神ルナの清らかな神気が感じられる。
(まさか、この方は……! 国を救った英雄は、ルナ様に加護を受けた、こんなに美しく、強い方だったなんて!)
聖王国の奉ずる神は光の神アテナだが、ルナはアテナの姉妹神であり、闇を司るとはいえ、その存在は認められている。ミリアは、ノアの圧倒的な力と美しさが、ルナ様が遣わした存在であると確信した。
ミリアの心に芽生えたのは、尊敬と憧れ、そして生まれて初めての強烈な恋慕だった。
ノアは、ミリアを軽く見つめ、鉄扇で口元を隠した。
「もう大丈夫ですわ。貴女方は、優雅に故郷へお戻りなさい」
そして、ノアは名乗ることもなく、闇の中に消えようとした。
ミリアは、我に返り、必死に叫んだ。
「お、お待ちください!あなた様は、一体……!どうか、お名前を!」
ノアは、振り返らずに答えた。
「わたくしは、ただの旅の者。名乗るほどの者ではありませんわ」
ノアが去った後、ミリアは、顔を赤らめ、興奮を抑えきれなかった。
(あの、圧倒的な強さ!あの気品!そして、あんなに可愛らしいのに……!)
ミリアの護衛が困惑気味に尋ねる。
「ミリア様……ですが、相手は、幼女では……?」
ミリアは、強い意志を込めて断言した。
「それが何か?英雄の美しさに、年齢など関係ありませんわ! 私の命の恩人、ノア様(と勝手にノアだと確信した)!必ず、探し出して、わたくしのものにしますわ!」
こうして、ノアの「目立たない」はずの行動は、大陸の大聖女の心を射止め、新たな規格外の事態を引き起こしたのだった。




