第三十一話:神祖のうっかりと、王女の鎖
Sクラス棟で行われたノアと生徒会長の決闘は、瞬く間に学園中に広まっていた。特にAクラスの勇者パーティの控室は、その話題で持ちきりだった。
「あの生徒会長を、一撃で壁のオブジェにするとか、ノア嬢の強さは本当に異次元だぜ…」
素直な感想を大神は言った。
「しかも、ミスリルの鉄扇一本で……。まるで遊びのようだったわ、しかも、魔力を感じなかった」
ゆかりは魔導士らしく、魔法を使わなかったことへ疑問に思った。
如月さやかは、腕輪の隷属魔法が解かれて以来、神崎への不信感を増していたが、ノアの異様な強さと、スルベニア騎士団の不可解な撤退(制裁)が繋がっていると確信していた。
その時、リーダーである神崎傑の手に持った通信用の魔道具が、緊急の信号を発した。通信の相手は、王都にいるスルベニア王国の王女だった。
通信を終えた神崎の表情は、一転して硬いものになった。
「皆に伝える。王女殿下から、極秘の命令だ」
さやかは、身構えた。「命令ですって?一体何を?」
神崎は、どこか盲目的な熱意を帯びた目で、告げた。
「ノア・ノストラヴァ。彼女の力を分析し、可能であれば我々の管理下に置け。……つまり、ノアを入手せよ、ということだ」
さやかは、反射的に声を荒げた。
「なっ……入手だと!? 人を物のように扱うなんて!あの王女は、私たちがノア様を監視していたことも知っていたのね!一体何を企んでいるのよ!」
しかし、神崎は、王女への絶対的な信頼を崩さない。
「静かにしろ、さやか。王女殿下は、大陸の平和を誰よりも願っておられる。ノアの力はあまりにも危険で規格外だ。魔王討伐のために、彼女の力は必要不可欠。王女殿下は、ただ使命を優先されているだけだ!俺は、殿下の願いを盲目的に信用する。それが勇者としての俺の正義だ!」
神崎の迷いのない言葉に、さやかは強い嫌悪感を覚えたが、もはや神崎には話が通じないことを悟った。
神崎は、王女の命令を実行すべく、単独でノアに接触を試みた。彼は、中庭でお茶を飲むノアの元へ向かった。
「ノア様!少し、お話させていただけませんか」
ノアは、ロザリアを伴いながら、優雅に神崎を見上げた。
「あら、勇者様。何の御用ですの? 貴方、最近迷いの剣が露骨ですわよ」
ノアの指摘に、神崎は驚いた。
「ノア様……なぜ私の心の迷いがわかる!?」
神崎は、ノアの並外れた洞察力のせいだと解釈した。ノアは、内心で(貴方の迷いの原因は、王女の洗脳が剥がれかけているからですわ)と冷笑しつつ、神崎の目を見て言った。
「貴方は、他人の言葉にあまりにも囚われすぎている。貴方が本当に追うべきは、あの時、誓った、『誰にも破らせない』と豪語していた、貴方自身の剣の奥義ではありませんの?」
ノアは、つい口を滑らせた。
「あの時」というのは、前世、神崎傑(当時は高校生)が、ノア(当時は蓮)に、自身が編み出した剣の奥義について熱く語り、「これを誰にも破らせない」と誓った、二人だけの過去を指していた。
しかし、ノアの言葉を聞いた神崎は、眉一つ動かさなかった。
「私の奥義?ノア様は、私が過去に修行していたことまでご存知なのですか!さすがSクラス……」
神崎は、ノアの言葉を、「勇者としての私の剣技」と「ノア様の洞察力」の賜物だと、解釈してしまった。前世の記憶を完璧に持っているノアの決定的な示唆は、盲信に囚われた勇者には全く届かなかった。
ノアは、心の中で頭を抱えた。
(ああ、やってしまいましたわ!つい、前世の記憶で話してしまった!しかし……なぜ気づかないのです、この勇者は!)
ノアは、神崎の盲目的なまでの鈍感さと、王女への依存心に心底呆れながら、表情には出さず、優雅にティーカップを傾けた。
「ふふ。ともあれ、貴方は、その迷いの剣では、わたくしの物にすらなれませんわよ、勇者様」
ノアは、王女の命令を断固として拒否する意思を示し、神崎を静かに立ち去らせた。スルベニア王国の企みは、ノアの優雅な学園生活に、新たな影を落とし始めたのだった。
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