第二十六話:剣聖の突撃と隷属の解除
学園初日の翌朝。Aクラスの教室では、昨晩の異変が話題になっていた。
「どういうことだ、傑!昨日までいた、あの妙に態度のデカい連中が、朝から一人もいねぇぞ!?」
大神健(拳闘士)が、混乱した表情でリーダーの神崎傑に詰め寄った。
神崎はまだ顔色が優れないが、事実を伝えた。
「それが、今朝、スルベニア王国からの連絡で、護衛は撤退した、と……」
その言葉を聞いた如月さやかの野生の勘が、強く反応した。
(昨日の夜から朝にかけて、急に騎士団の気配が消えた……そして、あのノア・ノストラヴァ。あの完璧すぎる剣技と、王女のような威圧感……)
さやかは、この異常事態の背後に、あの黒い制服の幼女がいることを確信した。彼女は、神崎に断りを入れる間もなく、Sクラス棟へと突進していった。
ノアは、Sクラスの優雅な教室で、ロザリアと共に午前の座学の予習をしていた。
ガラッ!と勢いよく扉が開く音。さやかは、ノアの席の前まで一直線に歩み寄り、緊張した面持ちでノアを睨みつけた。
「ノアさん!昨日の夜、何かご存知ですか?」
ノアは、手に持っていた古代語の魔道書を静かに閉じ、顔を上げた。
「あら、さやか様。随分と慌ててどうされたのです?挨拶もなく、少々不躾ではありませんこと?」
さやかは、ノアの涼しげな態度に気圧されそうになりながらも、食い下がった。
「あなたと話した後、護衛が……いえ、全員、理由も分からず撤退しました!何か、あなたが関係しているでしょう!?」
ノアは、その言葉を聞いて、一貫性のないさやかの態度に、再び違和感を覚えた。さやかは、勇者パーティの中でも、特にスルベニア王国に不信感を抱いているはずなのに、なぜか王女の洗脳下にあった神崎のような言動も時折見せる。
ノアは、さやかから視線を外し、さやかの左腕に嵌められた銀色の腕輪に目を向けた。それは、スルベニア王国から「収納と、言語理解の魔法がかけられている」と渡されたものだ。
ノアは、自身の鑑定能力を、極秘裏に腕輪へと集中させた。
(……これは。収納と翻訳魔法は表向きの機能。その奥には、強力な隷属と、服従の呪いが組み込まれていますわね。しかも、位置情報の魔法まで丁寧に付与されている。さすがは、下品なスルベニア王国)
ノアは、優雅な態度を崩さず、質問を続けた。
「ふふ。如月さやか。貴女のその勇者としての使命感は、本物ですの?それとも、誰かの借り物?」
さやかは、ノアの質問の意図が分からず、困惑した。
「借り物なんて、そんなことあるわけないでしょ! 私は蓮の分まで…」
ノアは、これ以上問答する価値はないと判断した。
「全く、うるさいですわね」
ノアは、さやかの腕輪に向かって、微細な闇魔法の魔力を放った。神祖の力は、その隷属の付与を、一瞬で、音もなく、解除した。
隷属の魔法が解かれた瞬間、さやかの表情から、興奮していたさやかだが、つきものが落ちたように落ち着きを取り戻した。
彼女は、ノアに詰め寄っていたことを思い出し、急に我に返った。
「あ、えっと……ごめんなさい、ノアさん。わたし、どうしてあんなに怒っていたのか……」
さやかは、先ほどまでの攻撃的な態度が一変し、急におとなしくなった。
ノアは、事態を外部に悟られないよう、すぐにダミーの魔法を腕輪に付与し、魔法が「解除されていない」と誤認させた。ノアのダミー魔法は、完璧に機能する。
「ふふ、まあいいでしょう。如月さやか。貴女は、少し疲れているようですわね」
ノアは、冷たい優しさをもってさやかに告げた。
「貴女は、ご自身の信じる正義だけを追えばいい。誰かの命令や、借り物の使命感ではなくてね」
さやかは、その言葉を深く受け止め、ノアに頭を下げた。
「はい……ありがとうございます、ノア」
さやかは、心身が軽くなったような感覚を覚えながら、Sクラスの教室を後にした。ノアは、これで勇者パーティの一人を監視の目から解放し、味方へと変える第一歩を踏み出したのだった。




