第二十五話:夜のネズミ狩り
闇夜のネズミ
寄宿舎の窓から滑り出したノアとアルベルトは、闇魔法で全身を覆い、学園の夜の闇に完全に溶け込んでいた。
ノアの感覚は、学園の静寂の中に隠された、複数の不純な気配を正確に捉えていた。それは、訓練されたスルベニア王国の兵士、すなわちノアを監視するために送り込まれた「ネズミ」たちだった。
「ちょっと、チョロチョロとネズミがうるさいですわ」
ノアは、その存在を嘲笑うように呟いた。彼らの隠密行動は、ノアの絶対的な知覚能力の前では、全く意味をなさなかった。
ノアは、校舎の屋根を優雅に滑るように移動しながら、アルベルトに指示を出した。
「アルベルト。殺す必要はありませんわ。ただ、二度とチョロチョロと動けないように、そしてわたくしへの恐怖を心身に刻み込むように、警告を差し上げなさい」
「御意。お嬢様の血を流すことなく、恐怖を与えることこそ、悪魔の得意とするところ」
最初のターゲットは、寄宿舎の裏手に潜んでいた三人組だった。彼らはノアの部屋を監視していた者たちだ。
(淑女の部屋を覗き見するとは、許し難いですわね)
ノアは、屋根から彼らの頭上へと一瞬で跳躍した。彼らが音に気づいた時には、既にノアのミスリル製鉄扇の切っ先が、彼らの喉元を紙一重で掠めていた。
「ヒッ!」
兵士たちが悲鳴をあげようとした瞬間、ノアの闇魔法が発動した。
彼女は、直接命を奪うことはせず、彼らの視神経と聴覚神経の魔力を一瞬で破壊した。彼らは、突然目が見えなくなり、耳が聞こえなくなったという、極度のパニックに陥った。
「わたくしを追うと、二度と夜が明けることはありませんわよ」
ノアは、彼らの耳元に、死の宣告のような囁きを置き土産にして、闇の中に消えた。
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次のターゲットは、学園の情報部棟に潜伏していた二人組だった。彼らは、ノアの身辺調査を試みていた。
ノアは、アルベルトに『お気に入りの制裁』を実行させた。
アルベルトの闇魔法により、体長数センチの黒い虫の群れが、密室の隙間から侵入。兵士たちの皮膚の下を、微細な魔力で刺激し始めた。
「う、あああ!何だこれ!体に、何かが…!?」
兵士たちは、皮膚の下で何かが蠢くという、言葉にできない強烈な嫌悪感と恐に襲われた。彼らは体を掻きむしり、その場でもがき苦しんだ。
ノアは、天井の梁の上から、その光景を見下ろした。
「愚かなネズミには、悪魔の玩具が相応しい。これで、わたくしを盗み見る愚行が、どれほど代償を伴うか、学んだでしょう」
ノアは、すべての兵士に、致命傷ではないが、精神と肉体にトラウマを刻む程度の制裁を加えたことを確認した。
夜明け前、ノアは寄宿舎の自室に戻った。
ノアのベッドに腰掛けたアルベルトが、満足げに報告する。
「お嬢様。学園内のスルベニアのネズミは、完全に無力化いたしました。明日の朝、彼らがどれだけパニックを起こすか、楽しみでございます」
ノアは、冷たい紅茶を一口飲みながら、優雅に微笑んだ。
「結構ですわ。これで、わたくしは優雅な学園生活を送ることができます。愚かな国王が、わたくしにこれ以上干渉しないことを祈りますわね」
ノアの静かな、しかし確実な警告は、スルベニア王国へ、目に見えない波紋となって伝わることになる。
ノアの意を受けた、アルベルトの眷属による、スルベニア国王に対する嫌がらせが行われた。
国王は、すっかり奥の寝所に引きこもってしまったのだった。




