第一話:目覚めは血の復讐
重く、湿った空気が漂う地下室。
その中央に安置された、豪華な装飾が施された棺の蓋が、ドガンいう轟音と共に乱暴に破壊された。
そして、白い杭が中に入っていた物に突き立てられた。
「やったぞ!見ろ、中に眠っている!クリムゾン・ナイトメアと、ついに…ついにやってやったぞ!」
数人の屈強な男たちの歓声が響き渡る。彼らの視線の先、深紅の布地に横たわっていたのは、長い銀髪と白磁の肌を持つ、五歳ほどの可憐な幼女だった。
その幼女の胸の真ん中には、およそ装飾とは思えない白木の杭が深く、正確に突き立てられていた。
幼女──ノア・ノストラヴァは、その衝撃で目を覚ました。
「ん…?」
金と赤のオッドアイが静かに開かれる。最初に感じたのは、痛みではない。
「……これは、なんですの?」
痛みやダメージを感じられないその声に周りの人間達は驚愕した。
「き、効いてない?聖水に浸した、神木の杭が?」
ノアは、胸を貫通する太い白木の杭を冷静に見つめた。確かに身体を貫いているが、神祖ヴァンパイアであるノアには痛みなどない。ただ、杭が刺さったせいで、黒いゴシックロリータドレスの胸元が乱暴に裂けているのが、ひどく気に障った。
「なんてことを。わたくしの大切なドレスに穴を……!」
ノアの貴族的な口調とは裏腹に、その怒りは静かに、深く渦巻いた。
男たちは幼女が目を開けてもなお、状況を理解していない。
一人の男が木槌で杭をさらに打ち込んだ。
「よっしゃああ!これでこの化物もおっちんだろう。」
「へへ、ガキの姿でもそそるな、へへへへ。なぁ、リーダー少し楽しんでもいいだろう。」
どうやら、ノアは街を騒がせているクリムゾン・ナイトメアと呼ばれる吸血鬼と間違われたらしい。
男たちの声を聞きながら、ノアはゆっくり起き上がり、静かに杭を引き抜いた。傷口からは大量の血が流れ出た。その血は地面に落ちることなく空中に留まり、わずかに震える。
「この寝床、わたくし、気に入っていたのですけど」
ノアは、壊された棺の蓋を一瞥し、そして目の前の男たちに視線を向けた。
彼女の流した血液が、男たちを取り囲むように急激に形状を変化させる。
シュン、シュン、シュン!
鋭利な凶器と化した血の槍が、男たちの心臓や頭を正確に貫いた。彼らが何かを叫ぶ間もなく、地下室は静寂と、生々しい血の匂いに包まれた。
「血を流すという行為は、やはり野蛮で厭わしい。ですが、これもやむを得ませんわね」
ノアがそう呟くと同時に、胸元が裂けていたゴシック調のドレスが、見る見るうちに修復されていく。
「失態ね、アルベルト」
ノアが静かに呼びかけると、地下室の闇の隅から、銀髪の初老の男が影のように現れた。完璧な執事服に身を包んだアルベルトは、深く頭を垂れる。
「申し訳ありません、お嬢様。まさか結界が破られとは思わず、人間が侵入したこと、重ねてお詫び申し上げます。処罰は如何様にもお受けいたします」
アルベルトの顔には、深き忠誠と恥辱の色が浮かんでいた。
ノアは鉄扇を軽く開き、その端で顎をそっと撫でる。
「いいわ。それより、わたくしはもう、ここを離れます。出発の準備をお願いしても?」
「かしこまりました。ただちに手配を」
「それと、この者たちの処理もお願いね。後腐れの無いように、完全に」
「御意」
アルベルトが一礼すると、地面に横たわる遺体から、無数の黒い物体がわらわらと湧き出て、遺体に取り憑き始めた。アルベルトは人間に最も嫌悪される、ある虫を使役できる悪魔なのだ。それは─黒光りする虫(G)の群れだった。
ノアは、その光景を一瞥してから、白いフリル付きの日傘を手に取った。
「わたくしは、これから街ですることがあります」
彼女の頭には、一人の吸血鬼の姿があった。
「クリムゾン・ナイトメアとやらには、責任を取ってもらわなくてはいけませんわね」
ノアはミスリル製の鉄扇を広げ、口元を隠して、ニヤリと笑った。
幼い顔立ちに似合わない、その冷酷で妖艶な微笑みは、これから始まるクリムゾン・ナイトメアの悲惨な運命を、既に語っているようだった。
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