第十六話:東方の侍と懐かしき残滓
ノア・ノストラヴァは、ロザリアと共に、学園都市アルカディアを目指し、街道を優雅に進んでいた。御者席には、完璧な執事アルベルトが控えている。
ノアの馬車の背後には、トリトン領主家の馬車が続く。そちらには、護衛としてアルメニア・ロジャー、そして領主家のメイドや護衛たちが同乗していた。
馬車の中、ノアとロザリアは穏やかな時間を過ごしている。ノアにとって、ロザリアは単なる親愛なる友人というだけではなかった。
「ロザリア、この前の血液の提供、感謝いたしますわ。やはり貴女の血は極上のワインのようです」
「ふふ、お姉様のお役に立てるなら、喜んで。わたくしの血が、お姉様の**嗜好品**となるなら、本望ですわ」
ロザリアの血は、神祖のノアにとっても極めて美味であり、新鮮な喜びを与えてくれる。そのため、ノアは彼女を大切にし、**手放すのは惜しい**と感じていた。ロザリアは、秘密を共有することで、ノアとの絆が特別になったと感じていた。
馬車が軽快に街道を進む最中、ガッ!という急ブレーキ音が響いた。
「何事です?アルベルト」
ノアは動じることなく、冷静に声をかけた。
「申し訳ございません、お嬢様!突然、人が飛び出してきまして!」
馬車が急停止したことで、ノアはカーテンを静かに開け、窓から身を乗り出した。
道の真ん中に立っていたのは、一人の少年だった。歳の頃はロザリアと同じくらい、十代前半に見える。彼は、この世界では珍しいサムライの服装を纏い、腰には明らかに刀が二本、差し込まれていた。
「す、すみません!ちょっと考え事をしていまして!」
少年は、轢かれそうになったにも関わらず、その身のこなしは驚くほど軽く、寸前で馬車を避けたようだった。
ノアは、その少年の姿を見た瞬間、深層に沈んでいた前世の記憶の断片を、強制的に引き出された。
(あの服装……東方の弧状列島の……まるで、元の世界にいた剣道の仲間のよう…)
ノアは思わず馬車を降りた。
「貴方、東方の出身ですの?」
ノアの問いかけに、少年は居住まいを正して答える。
「はい。私は、東方の弧状列島にある一族の者です。名はカエデと申します。これから、この大陸の学園都市に向かう途中です」
「学園都市へ……」
ノアは、彼の立ち振る舞い、そして彼の口から出た「東方」という言葉に、どうしようもなく懐かしさを感じた。それは、上月蓮であった時の、剣道の道場の熱気、そして幼馴染のさやかとの思い出に繋がるものだった。
ノアは、珍しく前のめりになって、彼に話しかけた。
「よろしければ、わたくしたちとご一緒に行かれませんこと?馬車にお乗りなさい。貴方の国の話を聞きたいのです」
ノアがこれほど興味を持って、しかも自ら誰かに同行を許し、話を聞きたがる姿を、ロザリアは初めて見た。
ロザリアは、馬車の中で顔を赤らめ、興奮を抑えきれない様子でノアに囁いた。
「ま、まさか、お姉様が……恋でございますか?」
ノアは、ロザリアの言葉を一蹴したが、その冷静な口調の裏側には、東方の少年への強い関心が宿っていた。
「何をおっしゃいますの、ロザリア。ただの興味ですわ。東方の珍しい話を聞きたいだけです」
しかし、ノアのオッドアイの輝きは、それが単なる「興味」以上の、深い過去との繋がりを感じていることを示唆していた。




