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短編集

元伯爵夫人の正体

作者: 氷桜 零


セシリアは5年寄り添った夫と、最後の別れを告げてきた。

夫は1年前から余命を宣告され、数日前に人生の幕を閉じた。

最後は苦しまずに、眠るように亡くなっていた。

いつものように侍従が朝食を持って行った時に、夫の呼吸が止まっていることを見つけた。

覚悟していたとはいえ、5年も共に過ごしてきたのだ。

悲しくないはずがない。


夫との出会いは5年前。

夫ギーレン・オルケスは伯爵位をもつ貴族だ。

この国は8年ほど前から、自然災害によって悩まされてきた。

それは夫の伯爵領でも、例外ではなかった。

夫は他国を巡って、領民を助ける方法を探していた。

夫が他国を巡っていた時、偶然立ち寄った街でセシリアと出会った。

セシリアは夫に強く請われ、共にこの国に来ることになった。


それからの5年は、穏やかに過ぎて行った。

夫は死別した前妻との間に、3人の息子がいる。

長男トラヴィス、次男マリウス、三男テオドール。

5年前の時点で成人していた彼らとは、一度だけ顔を合わせたきり。

彼らは本邸で、セシリアと夫は伯爵領の隅にある別邸でともに過ごしていた。

夫は魔法関連に精通しており、一緒に考察したり研究するのはすごく楽しかった。


そうして5年が過ぎ、夫は先日息を引き取り、今日葬儀を終えたところだ。

葬儀は本邸で行われ、セシリアも葬儀に合わせて本邸に来ていた。

夫の息子たちとは5年ぶりの顔合わせであった。


当たり障りのない会話をして、セシリアは彼らに疎まれていることを感じとった。

本邸の使用人たちも、あまり良い顔をしていない。

彼らは言外に、出ていけと言っているようであった。

仮にも義母なので、直接そんなことは言われていないが、使用人が噂をしていたのを知っている。


「トラヴィス様。」


話しかけただけで、眉間に皺がよっている。

ここには夫の息子が3人揃っているから、ちょうどよかった。


「私は明日、ここを出ていきますね。」


「あの別邸は、父があなたに残したものだ。好きにするといい。」


「いいえ。全てお返しいたします。私は故郷に戻りますわ。」


「後から言っても、何も渡さないが?」


「構いません。それでは、朝が早いので失礼いたします。」


セシリアは言いたいことだけ伝えると、客室に下がった。


3人はその背を、不審そうな顔で見送っていた。



翌朝早く、セシリアは宣言通り伯爵邸を去っていった。

セシリアに挨拶する者は、侍従長ただ一人だけだった。

侍従長は色々と事情を知っているため、セシリアを引き止めようとしたが、セシリアがそれを拒んだ。

悪意が漂っている場所には、あまり長居をしたくなかったからだ。


セシリアが門から消えるのを、トラヴィスだけが執務室の窓から見ていた。





それから3年。

セシリアは故郷の森に滞在していた。

ここは別名、初まりの森。

精霊の故郷にして、精霊が生まれる場所。

そしてセシリアも、ここで生まれた。

人の中で過ごしていたが、セシリアは精霊だった。

それも最高位の精霊。

そこにいるだけで、天候は落ち着き、その土地は豊穣となる、規格外の存在だった。


8年前、当時気に入っていた街に長期滞在していた時のこと。

偶然にも魔法に精通し、精霊にも精通していた伯爵に請われ、伯爵領に居をうつした。

セシリアが居を移したことで、伯爵領は災害や不作から抜け出すことができた。

そして伯爵が願うから、精霊の力を国全体まで広げていた。

そのおかげで、国は不況から抜け出すことができたのだった。


セシリアと伯爵は、周囲には精霊とバレると面倒なので、夫婦ということにしていた。

だが、契約していた伯爵が亡くなって、伯爵領に興味がなくなった。

だから葬儀が終わりしだい、伯爵邸を出てきたのだ。

伯爵の息子が好意的で、伯爵邸が悪意に溢れていなかったら、私はまだ伯爵領にいただろう。


伯爵との日々も楽しかったが、精霊たちと共に自然に揺蕩う日常も好きなのだ。

あのような特別がない限り、セシリアは何百年もこうして揺蕩っているだろう。



そんなセシリアは知らなかった。

伯爵の手記と侍従長から真実を聞いた3人の息子たちが、必死になって彼女を探しているなんて。

彼女のいなくなった国が、再び不況に見舞われているなんて。


果たして彼らは、彼女を見つけることはできるのだろうか。

彼らと彼女の追いかけっこが、幕を開けようとしていた。

だがこれはまた、別の話。



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― 新着の感想 ―
息子3人が気持ちが悪い。 後悔して自力でどうにかするならまだしも、嫌悪から追い出したようなものなのに厚顔無恥にも探しているなんて。一生辿り着けないままで終わりますように。
追いかけて見つけた所で・・・といった話ですね。 3人の息子で、何時までも追いかけ続ける者、追いかけているうちに道をそれる者、不毛さに気づいて引き返す者、みたいな寓話じみた話を想像しました。
人の理で生きる存在ではありませんもの、伯爵とは相通ずるものがあって共に生き、力も貸したのでしょうねえ。 どちらが勝ち確かわかっている追いかけっこはいつまで続くのでしょうね。
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