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あるんだけど、ないカード⑦


「スキカのサイン入りレアはさ、極めて低い封入率でパックの中から出てくるんだよね。まあ、ざっくりとした封入率はこれくらいかな?」

 

ストトト、とスマホのメモ帳に素早く文字を入力していく。



 1パック8枚入り 450円

 1ボックス12パック入り 5400円

 1カートン12ボックス入り 64800円

 マスターカートン4カートン入り 259200円


 サイン入りレア=シークレットレア

 マスターカートン1つに1枚あるかないか



「1つの弾にシークレットは4種類あるなら、狙って出すのは非常に困難だね。だから、人気のカードのシングル価格は十万を超える」


「まあ、そんなもんだろうな」


 

カードに詳しくない人なら驚く事実かもしれないが、カードゲーマーなら別に驚きはしない封入率だ。


「で、問題のシークレットレアだけど、こんな風に金色のサインが印刷されているんだよね」

 

紗月が最新弾のシークレットレアらしいカードを見せてくれる。イラストの真ん中にキラキラしたサインが踊っている。俺の知らないVだ。



「そりゃそうだよな。パックを剥いたら入っているカードに手書きのサインがあるわけがない。何故気づかなかったのか。カードゲーマーとして恥ずかしいことこの上ない」

「きっと疲れていたんだよ」

「そういうことにしておこう」



 

実際のところはオークションで競り落としたレアカードなので、高価なものに違いないという先入観が邪魔をしたのだ。だがそのカードが偽物かもしれない疑ったにも関わらず、サインを注視しなかったのは俺のミスか。

 

うむ、やはり疲れていたからということにしておこう。


「ここまでをまとめるなら、このカードは宵宮すずはが自らの手でサインをしたものであり、パックから出てきたカードでない」

「そう。そして、このカードが公式のキャンペーンなどで抽選されたものである可能性は」

「それもない」


 

俺は「デュエルレガシー」で鍛えた頭を冷静に回転させ、答えた。



「もしそうなら公式SNSなどの情報が出てくるはずだ。俺はスキカの公式サイトやカードショップのデータベースだけでなく、画像検索からSNSの検索欄まで調べたからな。なのに出てこなかった」

「そのとーり! 見えてきたね?」


紗月は楽しそうに言う。

俺は頷いた。


「残る問題は、宵宮すずはは誰に対してサイン入りカードを送ったのか、だな」



それがわかれば、謎に包まれたこのカードの正体もはっきりしてくるはずだ。

俺はもはやこのカードの価値がいくらなんて、どうでもよくなっていた。このカードに秘められた謎を解き明かしたい。レガシストが持つあくなき探究心がそれを望んでいるのだ。


「君はどう考える?」

「俺の姉に向けられたサイン……は、ないな。もしそうならあいつは絶対に自慢をする。手に入れたことを黙っていたり、オークションで競り落としたなんて嘘をつく理由がない」



可能性として考えられるのは――。



「宵宮すずはのリアルの知人やお世話になった人へのプレゼント? オークションの時期は卒業から約半年後。自分の活動を支えてくれた人へのプレゼントとしてはあり得るタイミングだ。だが、だとすると売られるのが早すぎる。すぐに売ってしまうような人物……親しい人ではなかった……?」


「もしくは親しい人間へのプレゼントだったんだけど、紛失してしまった」

「盗まれたものが売りに出されたというのか?」

「ここに興味深い書き込みがあるんだ」


 

紗月は自分のスマホに再び何かを入力し、俺に見せようとして――その手をひっこめた。


「と、その前に……事実確認だけど、お姉さんは宵宮すずはの中身には興味がなく、スキライブ所属のVである宵宮すずはのファンにすぎなかった――という認識でいいんだよね?」


「キャラクターとしての宵宮すずはが好きなのか、実在する人間としての宵宮すずはが好きなのか、という問いか?」


「まぁ、そうとらえてもいいのかな?」


紗月はもう一度スマホを操作する。


「彼女、卒業後に転生にしてるんだよね」


ここで新たな事実が提示された。


VTuberにおける転生とは、中の人が別のVTuberになることを指す。


スキライブは企業だ。宵宮すずはの権利は企業に属する。卒業するにあたって、彼女をまとっていた人物は、宵宮すずはの使用権利を手放すことになる。当然、卒業した時点でなかの人は事務所の関係者ではなくなるので、それ以降の活動を事務所からバックアップして貰ったり、宣伝して貰ったりというようなことは出来なくなる。


つまり、企業が運営する事務所に所属していたVTuberの転生とは、すべてを手放しゼロから始めるというものだ。もっとも、「以前は宵宮すずはをしていました」と表立って言うことが出来ないだけで、積み上げた経験と手にした人脈は引き継がれるだろうし、事務所から他社の事務所へと転職するスタッフも多いらしい業界だ。かつての実績が別の事務所へのオファーを呼ぶこともあるだろう。

 

熱心なファンなら、個人VTuberとして再活動しても、「おそらくこの子は俺の推しだったVの転生だ」と気付くこともあるという。



「転生したのはいつ頃だ?」


俺は問う。


「その年の六月だったかな」

「随分早いな」


 

イラストだのモデリングだの、VTuber活動をするうえで必要なものを用意するのに、ある程度の時間は要するはずだ。宵宮すずはの中の人は、公式の卒業発表のずっと前から転生する準備をしていたと思われる。



「転生後はすぐにスキライブ系切り抜きチャンネルに見つかって、一時期かなり話題になったよ。お姉さんが熱心な宵宮すずはのファンで、オークションに手を出した十月もまだ彼女のことを好きだったのなら……」


「転生Vのことも知っているはず……か」

「そう。ちなみにこれが彼女の転生先」


 

と、今度こそスマホの画面を見せてくる。

銀色の長い髪をした、狼のような獣耳を持つ少女であった。


「あんたに似てるな?」

「残念だけど、私じゃないよ? 聴けばわかると思うけど、声が全然違う」

「まぁ、そうだろうな」


紗月が見せてくれたのは転生Vの動画チャンネルだ。彼女は現在も活動中らしく、ちょうどライブ配信でホラーゲームの実況をしているようだ。紗月が影分身でも出来ない限りはこのVであるはずがない。


一応、俺も自分のスマホで彼女のチャンネルを開いてみる。

ほとんど毎日ライブ配信をやっているようだ。とてもカードショップで働いている時間なんてない。


「それで、俺の姉が宵宮すずはの何が好きだったのか、だったな」

「そう。一応補足しておくけど、転生後の方のグッズは初配信から一週間後には販売開始されたよ」

「なるほど」


 

当時、果林の部屋には宵宮すずはのグッズが大量に飾られていた。その多くは売られてしまったのか、俺がカードを託されてしばらくたった頃には姿を消していた。俺の記憶が正しければ、果林が好きだったのは宵宮すずはだけのはず。

 

だが、転生後のVのグッズは持っていなかったように思える。



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