あるんだけど、ないカード⑤
左右に戸棚が立ち並び、窮屈になっている通路を真っ直ぐ進む。突き当たりのところで、左右それぞれに扉がある。片方のドアプレートには、紗月と書かれている。こちらが店長代理の自室だろうか。となるともう一方のドアプレートがない部屋が倉庫となる。
コンコン。二回扉をノックする。反応はない。そっとドアノブを回す。鍵はかかっていない。
「すみません、誰かいらっしゃいますか?」
声をかけながら、ゆっくりドアを開けていく。
ブンブン。右腕に真横に振るっている人物の背中が見える。
「ドロー! ドロー! ドロー!!」
ダンボール箱が積まれた荷物に囲まれながら、一生懸命に奇行を働く銀髪の少女の背中。
「ドロー!! ドロー!! ドロー!!」
背丈は目算で百と六十ほど。俺より十センチは低い。女子としては高い方か?
上は白いワイシャツ。下は紺色をベースに、白くて細い縦線と横線が入ったチェックのスカート。丈は長すぎず短すぎず、太ももの辺りまで。黒いハイソックスに、同じく黒系の革靴もはいている。つまりは制服姿。学生だ。青いエプロンを身につけているあたり、店員であることには間違いない。
奇妙なのは――。
「俺のッ! タアアアアン!!」
奇声をあげながら繰り返される片腕振り回し運動。ではなく、お尻から生えているふさふさの銀色をしたしっぽ。毛量の多さはまるでモップのよう。同色の髪はややウェーブがかった癖っ毛で、肩まで伸びたセミロングを形成している。毛先は赤く、染めているのならばおしゃれにも気を使っている今時の女の子。なのだが、頭の上にもやはりぴょこんと生えている、獣耳。
犬耳。いや、狼耳か?
左側のケモ耳にのみ、銀色のアクセサリーがつけられている。
「ん?」
狼耳の少女が振り返った。
「あ、お客さん?」
ルビーのように真っ赤な瞳。髪のサイド部分には、骨の形をしたヘアアクセが縦一列に一つずつ。合計三つ。反対側のサイドにはデフォルメされた狼の顔の形をしたヘアピン。狼が好きらしい。
つまり、その尻尾と耳もアクセサリーの類なのだろう。まるで本物にしか見えないが、最近はコスプレ用品の質が凄いというし、そういうことに違いない。
「ごめんごめん、気づかなくって。私、耳がいいから声かけてくれたら気付くはずなんだけどさ」
「ドローの素振りに夢中になって、気づかなかったと?」
「そゆコト」
どういうことだろうか。
「あ、今なんでドローの素振りなんかしてるんだって思った? 運命力を鍛えるためだよ。最強のレガシストのデュエルはすべて必然。ドローするカードも思うがままだからね」
デッキからのドローをひたすら繰り返す行為。ドローの素振り。
「デュエルレガシー」のアニメ版では何度か描かれたことのあるシーンだが、現実ではそんな練習をしたところで引きたいカードを引く確率はあがらない。子供でもわかることだが、本気で練習をする人がいたとは。きっと、心が純粋なのだろう。
もっとも、俺が疑問に思ったのは”何故仕事中に遊んでいるのか?”の方なのだが。
「それとも君が気になったのはこっちの方かな?」
と、今度は自分のケモ耳を触る。
「私、カードの精霊なんだよね」
なるほど。厨二病の発症者であったか。
ならばもう何も問うまい。
「そうですか。それより」
「ああ、お会計だっけ?」
「いや、買取です。店長代理だって聞きましたけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。店長より私の方が詳しいし」
それはそれでどうなんだ、と思ったがもう何も問うまい。
「じゃあ、レジいこっか。ちなみになんのカード?」
「スキカですね。サイン入りカードみたいなんですけど、調べても公式データが出てこなくって」
「へぇ、それは面白そうだね」
狼好き厨二病少女はきらきらと瞳を輝かせた。