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あるんだけど、ないカード②


四年前の四月のことだった。


当時、俺の部屋の隣に自室を構えていた果林は、悩み多き受験生であった。模試の結果が伸びないだの、毎日塾通いで気が滅入るだの、毎日のように愚痴っていた。


別に助言を求めていたわけではないのだろう。ぶつぶつ言いながらも気分転換に動画を観ては「よし、やるぞー! 私はまだまだやれる! やれるんだー!」と自分に言い聞かせ、机に向かい続けていた。不満を口にするのは彼女なりの鬱憤をためないコツだったのだろうと思う。


その頃果林がよく視聴していた動画と言えばVTuberの生配信であった。とくに贔屓していたのが宵宮すずはだ。いや、宵宮すずはしか見ていなかったかもしれない。


彼女はシミュレーションゲームやFPSなど、その時々で話題のゲームをプレイするエンターテイナーであった。腰まで伸びたふわふわの髪は桃色で、スコティッシュフォールドのように垂れた猫耳と、やはりふわふわの毛量が多いしっぽが特徴的の明るい女の子。ボイスチェンジャーを使っているわけではなく、中身もれっきとした女性だ。


『こんすず~。今日もみんな、よろしくねー』


という挨拶から配信が始まるのが通例であり、累計活動年数は五年。チャンネル登録者数は二百万を超える人気VTuberであった。


果林は中学生の頃に一つ年上の先輩に告白し、フラれて大泣きをし晩飯をボイコットする――という事件をおこしたことがあった。真面目で正義感の強い彼女だが、それ以上にプライドが高いため、フラれたという事実をすぐには受け入れられなかったのだ。


落ち込んで部屋に閉じこもり、しばらく泣いた後に頭を切り替えようとでも思ったのだろう。スマホをいじり、動画サイトを開き、その際にであったのが彼女の配信であったそうだ。いわく生きる元気を貰えた、だとか。


「私って真面目じゃん? すずはちゃんも真面目でさ、責任感も強い子なんだ。なんか、通じるものがあって。あ、だからって馴れ馴れしくコメントをしたりはしてないよ? 私とは違い、物凄い結果を出している人だもん。憧れにして神……ってところかな? 決して届かない存在だけど、目標にはしたい存在……みたいな?」

 

聞いてもいないのに、よく果林は語っていた。

宵宮すずはにハマって以降の果林は凄かった。グッズの購入からリアルライブイベントへの参加、さらには配信中の投げ銭まで。汗水たらして稼いだバイト代の大半をつぎ込むほど、果林は彼女に熱中していた。


そのハマりっぷりに母は少し心配をしていたようだが、俺もカードには金を惜しみなくつぎ込むタチだ。趣味のジャンルこそ違うものの、気持ちはわかる。

結局のところ母も成績は落としていないようだし、ちゃんと大学に進学できるのなら問題はないだろう、と判断したようだ。ついぞ、果林の趣味にとやかく言うことはなかった。



ところが、だ。

翌年の四月上旬。宵宮すずはは突然、スキライブからの卒業を発表した。

理由は事務所との方向性の違いらしい。


「まぁ、よくあることなんだよね。仕方がない。仕方がないんだよ」


公式発表を見た日の夜、果林は何度もそう口にしていた。


「事務所はさ、会社なんだ。企業なんだよ。大きくなるためにはどうしたって商業的な活動が多くなってしまうし、アイドル売りを強化したり、配信の自由度が減ったり、そうなってしまうのは仕方がないんだよ。V側にも自分のビジョンとか、得手不得手があるだろうし……仕方がないことなんだ」


うんうんと頷き、理解を示しながらも心の奥底では認められていないような、複雑な様子。


だが、果林が言う通り仕方がないことなのだろう。そもそも生身のアイドルの事務所だって、いやそれ以外の会社であっても、転職や退職はよくあることで、それは仕方のないことなのだ。宵宮すずはと事務所、どちらにも問題行動がなかったことはその後の対応からも明らかであった。


事務所側は最後の瞬間まで宵宮すずはの活動をサポートし続け、月末には卒業ライブという特別なイベント配信も手配した。宵宮すずはも最後にはファンのみんなへのお礼を涙ながらに語り、ラスト配信を終えたらしい。俺は配信を見ていないので、これは果林から聞かされた話だ。


熱心なファンである果林の目から見ても、とても素晴らしい卒業ライブだったそうだ。


宵宮すずはは確かに所属事務所での活動を終えたが、多くのファンは今後も推し続けると誓ったらしい。

しかし、だ。


その年の十月。


「これ、あんたにあげるよ」


熱心なファンであったはずの果林は、宵宮すずはのカードを手放した。それも、彼女の直筆サインが書かれたおそらくはレアものであろうカードを、だ。


「本当にいいのか? 好きだったんだろ?」


「まぁね。けど、もう持ってるのも……さ」


 援していたVの活動が終わり、どうやら熱が冷めてしまったようだ。


わからなくはない。俺だって、仮に「デュエルレガシー」のサービスが終了したら、その後も好きでい続けられる自信はない。その後すぐに新しいカードゲームに浮気をし、その購入資金欲しさに「デュエルレガシー」のカードを手放してしまうかもしれない。


いかにシグナスト――「デュエルレガシー」プレイヤーのことだ――であろうとも、こればかりは仕方がない。

 

ちなみに、果林の次の趣味はVTuberではなくバイクであった。



「だが、なんで俺に?」

「だってあんた、カード好きでしょ?」

 

果林は言った。俺が好きなのは「デュエルレガシー」であり、カードならなんでもいいわけではないことくらい、果林は知っていたはずだ。俺がVTuberにあまり興味がないことだって、よくわかっていたはずだ。


 

余談だが、俺は仮にVTuberを好きだったとしても、「スキカ」に手を出すことはなかったと思う。実在する人物や元ネタが別に存在しているカードには、どうしたってカードゲーム以外の知識が必要にある。運営以外の人物の感情や思惑が絡むというのも、どうにも気が散って仕方がない。

 

これはあくまで俺の好みであり、ファンなら嬉しいアイテムであることは理解できる。あくまで俺の好みの話だ。

 

さて、サイン入りカードの件だが、果林にはこれを売却するという手札だってあったはずだ。にもかかわらずカードを俺に押し付けたのは、冷めてしまったとはいいつつも、宝物だったであろう元推しの直筆サイン入りカードを売ることには心を痛めたのか、あるいは単に面倒だったのか。真相はわからない。

 

正直いらなかったが、好きだったものに飽きるのもまた失恋のようなものかもしれないな、と俺は考え黙って受け取ることにした。見えている傷口には触れないでおくのが一番いい。

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