あるんだけど、ないカード①
子供の頃は勉強が嫌いだった。
机の前でじっとしているのが退屈で仕方がなかったし、頭を使うのも面倒でとにかくダメな子供だった。
おまけに人の気持ちがわからず、思ったことをすぐ口にする性分だったため、友達もろくにいなかった。そんな俺を心配したのが五つ年上の姉・朝比奈果林だ。
俺が小学校一年生だった頃――つまり果林が六年生だった頃――果林は当時ハマっていた対戦型のトレーディングカードゲーム「デュエルレガシー」を俺にすすめてきた。当時の俺はおとなしく座って遊ぶゲームなんて退屈だと思っていたし、派手なアクションを繰り返す自由度の高いオープンワールド系のRPGの方が好みだった。
しかし、半強制的にやらされているうちに、俺は「デュエルレガシー」が持つ無限にも等しい自由度と奥深い戦略性の虜になった。クラスメートにも「デュエルレガシー」をプレイしている者は沢山いたため、俺はこのカードゲームを通して友達を増やし、カードゲームを通してコミュニケーションのなんたるかを学んだ。
集中力が増し、学校の成績が上がり始めたのもその頃だった。俺はあっという間に果林よりも強くなり、小学校三年生の時に初めての公式大会小学生の部に出場。翌年には優勝を決めた。
一方果林は中学生になり、同性の友人が増えたせいか「デュエルレガシー」からは足を洗った。あるいは別の好きを見つけたせいかもしれない。
それがVTuberであった。
四月中旬。今日は土曜日だし、お菓子でも食べながらPC版でデュエルでもしようと思い、一階にあるキッチンの冷蔵庫を漁る。プリンを買っておいたような気がするが、見当たらない。あれは食べてしまったのだったか。ならばアイスでもないものかと冷凍庫の引き出しを開けると、後ろから声がかかった。
「あんた、いい加減その荷物、整理しときなさいよ」
母だ。
その荷物というのは、リビングの端に積まれている段ボール箱の山のこと。引っ越しの際にカード以外の荷物を適当に詰め込んだっきり、面倒なので放置しているのだ。
「後回しにするのもそろそろ限界か」
俺は収穫がなかった冷凍庫の引き出しを閉め、リビングに向かう。
「正直、大半はいらないものだと思うんだが。なんかネット買い取りとかでまとめて売っちゃったり、出来ないのか? ほら、送るだけでいいやつあるだろ。いや、送るのも面倒だな。取りに来てくれると助かる」
「売るのはいいけど、お姉ちゃんの荷物も混ざってるかもしれないんだし、一度ちゃんと確認しておきなさいよ」
姉の果林は大学生になった際に一人暮らしを始めているため、現在でも東京に残っている。引っ越しの際に、「いる荷物はないかどうか確認しろ」と両親に言われ一度帰宅していたのだが、大雑把なところもある果林のことだ。俺の荷物の中に自分の荷物を紛れ込ませている可能性もゼロではない。あとで難癖つけられてはかなわないので、非常に面倒だが中身を確認するとしよう。
「やれやれだな」
適当に貼り付けたガムテープをびりびり剥がし、中身を一つずつ取り出していく。
もう着なくなった服。もう何年も読んでいない昔好きだった漫画。一時期ハマっていたアニメのイラストが描かれたラバーマットもある。このマットでプレイをするつもりはないので、売ってしまってもいいのだが、表面に目立つ擦り傷があるため買い取り不可になる可能性も高い。
「ん? これは……」
二つ目の段ボール箱を漁っていると、懐かしいものを発見した。
観賞用の透明なプラスチック保護カードケースに収納されたある一枚のカード。「デュエルレガシー」のカードではない。「スキライブ」という、大手VTuber事務所が独自に開発したカードゲーム・スキライブオフィシャルカードゲーム――通称「スキカ」のサイン入りカード。
「スキカ」では所属しているVのイラストをカード化させており、一部のカードにはV本人による直筆サインが施されている。そのためカードゲームをプレイしていない層にも人気があり、封入率が低いサイン入りカードの価格はものによっては市場価値が十万円を軽く超える。
というのはある程度カード市場に詳しい者であるならば予想の付く話であり、俺自身はスキライブにも「スキカ」にも興味はなく、よってこのカードがその高額レアなのかどうかはわからない。
このカードは果林から譲り受けたモノだ。押し付けられたと言った方が正しいかもしれない。