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あるんだけど、ないカード⑨


その夜、俺は果林に電話をした。

俺がカードを店に持っていき、そこで知った事実と推測を話す。



『そっか。そこまでわかっちゃったか。カードゲーマーの洞察力、舐めてたよ』


 

果林は深い息を吐き、しばしの思考タイムを挟んだのち、覚悟を決めたのか言った。 



『話すよ。思い出すと今でもちょっと苦しいし、あんたに言うほどのことでもないって思ってたけど……誰かに聞いてもらうことで、気持ちに区切りがつくこともあるよね』


「俺でよければ聞く。なんでも話せ」


『まず、あんたとその紗月って人の推理だけど、あってるよ。私、オークションでそのカードを見つけた時、これは本物のサインっぽいぞって思いながらも、本当にそうかなって、疑ってもいたんだ。だから、掲示板サイトの宵宮すずはファンスレで聞いてみようと思った。そこでもオークションの話が出ていて、どうも宵宮すずはがファンに対してサインにしてあげたものっぽいぞ、ってことになってて』


「転売品だと思ったってわけか」

『許せないことだとは思ったけど、どうしても欲しくって』


 

正義感の強さを推しグッズへの欲求が上回ったというわけか。




『けど、やっぱりよくないことだよねって、転売ヤーに金を落としたことにモヤモヤしちゃってさ。でももうキャンセルは出来なかったし、どうしたものかと悩みながら、改めてスレを見て、気付いた。これは宵宮すずはがマネちゃんに送ったプレゼントで、そのマネちゃんの家に泥棒が入り盗まれたカードなんだろうなって。


事実を知って、すぐに本人のアカウントに問い合わせたよ。相手にされないだろうなーと思ったけど、マネージャーを名乗る人物から返信が来て、会うことになった』




「それで、会ったのか」


『うん。一応オークションの履歴は送ったけど、向こうからしたらスクショの偽装の可能性だって考えられるわけでしょ? 本当かどうかもわからない話に宵宮すずは本人が来るとは思えないから、マネちゃんが一人で来るんだろうなって思った』


 

マネちゃんとは、ファンたちが呼ぶマネージャーの愛称のようだ。



『実際その通りだったよ。だから、私は落札したカードをマネちゃんに返そうとした。窃盗犯じゃない証明として、オークションの落札履歴もちゃんと見せた。弁解したいわけじゃない。泥棒の転売なんか金を出してしまったことを謝罪して、そのうえで、払っちゃった分のお金はいらないからって、カードを返そうとした。

 

でもね? マネちゃんは……私の言っていることが全部本当だってわかると、カードを受け取る代わりに、宵宮すずはを呼んだんだ。彼女、近くで様子をうかがってたの』



「本人に会えたのか?」

『うん、会えちゃった』


 

果林は寂しそうに言う。



『すずはさん、凄い丁寧な人でさ、しかも優しくて。私がファンだってわかると、勇気を出して行動してくれたお礼にって、そのカードをくれたんだよね。これが貴女に持っていて欲しいって。マネちゃんも頷いてた』


「よかったじゃないか。ん? だが、それほどのファンサービスを受けて、どうして冷めちゃったんだ?」


『逆に、かな』

「逆に?」


『ファンとVの距離感って、私は大事だと思う。嬉しかったけどね。そう、嬉しかった。でも、宵宮すずはは決して手の届かない存在だったのに、彼女の素顔を見ちゃった。個人的に話しちゃった。一瞬とはいえ距離が近づいちゃった。人間味を感じすぎちゃった。その瞬間、私の中で宵宮すずはの神聖さが崩れちゃって……推せなくなっちゃった』


 

一拍

。呼吸の音。


『勝手な言い分なのはわかる。彼女の新しい活動は応援しているし、不安も会っただろうに、私に会って直接対応してくれたことへの感謝もある。でも、それはそれ。もう私は宵宮すずはのファンではいられなくなっちゃった』


「だからグッズを売ったのか」


『そう。けど、カードだけは手放せなかった。ここでこのカードを手放したら、さすがに最低じゃん?』

「とはいえ自分で持っている気にもなれず、俺に押し付けた、と」


『まあ、結局、勝手だったよね。せめて説明するべきだったかもしれない。でもまあ価値はつかないだろうし、売られることもないかなって。実際、価値つかなかったんでしょ』


「ああ」


『だよね。まあ、わがままだと思うけどさ、そのカードは持っておいて欲しい』

「けど、やっぱり自分では持っていたくないのか?」


『そこは複雑なファン心ってやつ。宵宮すずはを神聖視していた時期はあるから。そのカードがあると……とにかく、いろいろ複雑なんだ』


「まぁ、事情は分かったよ。疑って悪かった」

『ううん、私こそごめん』

「このカードは大事に持っておくよ」


 

その後はとりとめのない日常的な会話を少しこなし、通話を終えた。








「以上が事の顛末だ」


翌日。日曜日の昼、俺はレジカウンターごしに果林との通話の内容を説明した。

説明中、紗月の頭にある狼耳がぴくぴくと震えていた。俺の言葉を一語一句聞き漏らすまい、としているかのように。

 

偽物の耳、なんだよな?



「そっか。その泥棒が結局どうなったのかはわからないけど、謎は全部解けたってわけね」

「ああ」


「じゃあ、カードは売らないってことでいいんだ?」

「そうだな。たとえ価値がつかないとしても、持っておくよ」


 

それで、と前置きをして、俺はレジカウンターに商品を乗せた。「スキカ」のスターターデッキだ。すでにデッキとして組みあがっているもので、これ一つ買うだけでとりあえずはゲームが遊べるという代物。


「せっかくだし、俺もこいつを始めてみようと思う」

「もしかして、昨夜は宵宮すずはの過去配信でもチェックしてた?」

「何故そう思うんだ?」

「目の下にクマがある。昨日はなかったよ」



 めざといやつめ。


「まぁ、そんなところだ」



俺が見たのはファンがアップしている切り抜き動画の方だが、大体あっている。


好きになったとまでは言わないが、多少宵宮すずはに愛着を頂いたのは事実だ。だからといって推すつもりはないし、グッズに手を出すつもりも、転生後の彼女の配信をチェックするつもりもない。だが、せっかく特別なカードがあるのだ。これを使い、遊ぶくらいのことはしてもいいだろう。勿論、デュエルをする相手はこのカードの事情を知っている人物がいい。



「スキカ、詳しいか? ルールを教えてくれ」

「いいよ。お金に余裕があるなら、おすすめのBOXやシングルも教えちゃう」

「助かるよ」


 

俺はスターターデッキを購入し、紗月に案内されプレイ用のテーブルに移動する。


「あとでデュエルレガシーもやる?」


 

紗月はエプロンのポケットから、二つデッキケースを取り出した。


「何故俺がシグナリストだと?」

「最初に私を見た時、君はドローの素振りと言った。アニメ版を知らなきゃあんな言葉、とっさに出てこないよ」


「アニメを見ているだけかもしれないだろ」

「そうだね。でも、君はシグナリストだ。オンライン版ではランク戦でマスターランクに位置しているガチ勢。同時に、ファンデッキで遊ぶのも大事なエンジョイ勢でもある」

「もしかして……」


 

紗月がスマホを取り出す。「デュエルレガシーオンライン」はスマホとPCで出来るクロスプレイ対応型のゲームだ。

 

彼女のスマホに表示されているのは、そのプレイヤーネーム。俺がこの店で探し求めていて、顔の知らない親友の名前。


「お前だったのか」

「やっと会えたね?」


 

紗月がくすっと笑う。ぶんぶんと毛量の多いしっぽが揺れているのも見える。


「何故この一週間、返信をしなかった」

「スマホ、壊れてたんだよ」


「あるじゃないか」

「これは今朝は修理が終わったばかりのやつ。昨日使ってたスマホはお店のやつ」


 

言われてみれば、彼女が手にしているスマホのケースの色が違っている。


「ね、そんなことよりさ。君、うちでバイトしてみる気はない? そうしたら暇な時にデュエルし放題だよ?」


「店員にならなくても、お前が暇な時はこうやって相手してくれるんだろ?」

「まぁ、ね。けど、考えておいてよ。スキカも始めるんなら、お金かかるよ?」

「そうだな。今からプレイしてみて、スキカにもハマったら考えてみるよ」


 

俺はスターターデッキの蓋を止めてあったテープをはがす。



「約束だよ?」

「ああ」


なにはともあれ、こうして俺にはこの田舎町で唯一にして、最高のデュエル仲間を得たのであった。



こちらの作品のイラストを使用したグッズを来年同人イベントにて出す予定です。

よろしくお願いします。

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