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第1話 朝比奈遊理の生態


人生において大事なことの九割は、カードゲームから学ぶことが出来る。





なんとなく書店で手に取り、開いた自己啓発本の一ページ目にそう書かれていたならば、カードゲームに疎い者はこう言うであろう。


この嘘つきめ。絵札遊びから何を学べるというのだ。所詮あんなものは子供の遊びに決まっている。


あるいは、こう言うかもしれない。


実に誇張した表現だ。学べることはあるのだろう。だが、九割は言いすぎだ。


悲しいかな。それがカードゲームに対する一般論だ。しかしながら、俺は思う。俺という存在こそが、この持論が正しいという証明に他ならない――と。





「まぁ、こんなもんだろう」




俺は熟考に熟考を重ねて構築したカードの束を、黒いプラスチック製のケースに収める。そして、キャスター付きの椅子の上でぐぐーっと背伸びをする。


ちらりと窓へ視線を転じさせた。


日当たりのいい窓側のデスクから見えるのは、歩道を挟み向かい側に広がる赤茶色の田んぼ。水を張る前の春の田んぼだ。


そこから視線を右にやれば、線路が見える。駅に隣接した一階建ての店が見える。カードゲームを専門に取り扱っている俺の楽園――になる予定の地。




「今日もあいつはいなかったな」




俺はため息交じりに窓を開き、部屋の空気を入れ替える。


土の匂いが乗った温かな風が入り込み、デスクの上に置かれている白いビニール袋を踊らせた。袋の中身は、開封前の新弾BOX。あのカードショップでつい先ほど買ってきたばかりのシロモノだ。


その隣に積まれているのが、所持しているカードを詰め込んだ縦長のプラスチックの箱の山。またの名をストレージBOXタワー。


デスクに備え付けられた三段重ねの引き出しの中には、カードゲームをプレイする時に敷くラバーマットや、カードを傷から守るためのスリーブなどのアイテム達も収納されている。


さて、もうお気づきだろう。


見ての通り、俺は生粋のカードゲーマーだ。本来は勉学に励むための場である勉強机が、完全にカードと関連アイテムに支配されている。事実、俺は学生という身でありながらそこまで熱心に勉学には励んでいない。


しかしながら、だ。俺は五年連続全国模試一位の保持者である。何故か。答えは明白だ。カードゲームの対戦を通して培った戦術的思考による結果。




もともとは姉の受け入りだった。




「いい? 遊理。このゲームには点数計算という足し算や引き算の他にも、遊ぶための準備やプレイ中の駆け引きなど、さまざまな要素があるの。これらを身に着ければ、勉強が嫌いなあんたでも、きっとテストでいい点を取れるようになるわ」




その通りだった。


一万種類を超えたカードの中から、ゲームに使う四十枚だけを選び抜き、束ねた紙の山――デッキ。カード同士の組み合わせが重要なのは勿論のこと、どのカードを何枚入れるかによって、目当てのカードを手札に引き込む確率が決定される。


カードの中には手札ではなく、デッキの中に眠っていることで真価を発揮するものもある。単に多く入れればいいというわけではない。


デッキごとの相性というものだって存在する。かといって、苦手なデッキに当たれば勝てないというわけではない。相性の悪いデッキに当たることも想定し、対策となるカードを入れるのが勝利のコツである。




ここで考えるべきは、現在のゲーム環境ではどのタイプのデッキが多いのか、ということ。どのデッキの対策をどこまですればいいのか。ここを間違えてしまうと、完璧に組んだはずのデッキがただの紙束と化してしまう。


要するに、全ては分析と計算だ。日々移り変わるゲーム環境を観察し、対策を講じ、試行錯誤を繰り返してより勝率の高いデッキを構築していく。この思考パターンはカードゲームだけではなく、あらゆる物事にも通じるというわけだ。




たとえば、試験に出題されやすい問題のパターン。制限時間が存在する試験の中で、どの問題から解いていくべきか。などなど、例をあげればキリがない。


俺が中学一年から高校二年の現在に至るまで、全国模試という環境で一位に君臨し続けているのは、ひとえにカードゲームのおかげである。もっと詳しく述べるのであれば、「デュエルレガシー」という世界的に有名なTCGトレーディングカードゲーム。俺はこのTCGを紙とオンラインゲームの二種類でもって遊んでいる。いや、正確には紙でも遊んでいた、だ。


俺は父親の仕事の都合でこの田舎町へと引っ越してきたばかりだった。東京には紙で遊ぶ友人が沢山いた。こっちにはまだ友達はい


ない。リモートプレイの環境を整えるのにもお金がかかるため、引っ越してきてまだ一度も紙では対戦デュエルをしていない。


だが良いこともある。俺には一人だけ、よく通話をしながらオンライン版でデュエルをしているフレンドがいる。どうやら彼女はこの田舎町に住んでいるらしい。


彼女はこう言っていた。




『この町にはさ、カドショ、駅の近くに一件しかないんだ。だから、すぐわかるよ。私、いつもそこにいるから、来れば会えるよ』




顔も本名も知らない相手だが、声の感じから同年代か少し年上くらいだと思われる俺のデュエルフレンド。カードゲームには勝つためのプレイ以外にも、デッキパワーを合わせ、勝ち負けを気にせず純粋にプレイングを楽しむという遊び方もある。そういったプレイも出来るデュエルフレンドは貴重だ。


彼女と紙でも遊べるのだと思い、荷解きを後に回してあのカードショップへ訪れたのが一週間前。つまり、俺がこの山に面した小さな町に越してきて、今日で七日目。彼女からメッセージアプリの返信が来なくなってから七日目とも言える。


俺はいまだに彼女に会えずにいた。





長々と語ってしまったが、今からする話は俺がカードゲームをプレイする時の話――ではない。そんな俺、朝比奈遊理あさひなゆうり――がカードを取り巻く人々の想いに触れていく話だ。


まずは俺の姉と、とある動画配信者の話からしていこう。

短編版を間違えて投稿してしまったので、1話目は同じ内容となります。

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