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第1話 あの日、世界から人がいなくなった

ーー2120年、2月29日。朝。

それは、本来なら何の変哲もないはずの“日常”だった。

でも俺ーー**夕凪湊ゆうなぎみなと**にとっては、この日が"目覚め”の日になるなんて、思ってもいなかった。

「また寝坊かよ......」

シャツを片手に、俺は鏡の前で眠たそうな目を擦った。

もう何度目だ、この朝のルーティン。

家には俺しかいない。一人暮らした。

父は5年前に事故で他界し、母とは疎遠。

それでも"普通”に生きてきた。

ーー少なくとも、昨日までは。

けれど、今朝。

目を覚ました瞬間、脳裏に焼き付くようなフラッシュバックが走った。

"研究所のような場所"

"黒く光る巨大な影”

そして、叫んでいたーー“父の声"。

『湊。この世界は無限にある。だが、お前が選ぶ道は、いつか誰かを殺すだろう。」

あの言葉だ。5年前、理解できなかった父の"最期の言葉”。

「......なんだこれ.......」

汗ばんだ額に手を当てる。

ただの夢じゃない。何かが、確かに"戻ってきている”。

そのときだったーー

<ブウウウ......ブウウウ......>

突如、スマホが異音を発した。

続いて、街中のスピーカーがけたたましい報

音を響かせる。

画面に浮かび上がったのは、あり得ない速報だった。

【緊急速報】

外国人々の一斉消失を確認。

海外との通はすべて遮断されました。

ーー政府機関より正式発表。

「.....人が、消えた?」

画面は数分ごとに更新され、"消失”の地域が拡大していく。

理解が追いつかないまま、玄関のドアが激しくノックされた。

「湊っ!!開けて!!しのぶだってば!!」

この声は一一鷺しのぶ(しらさぎしのぶ)。

クラスメイトだ。

ドアを開けると、息を切らした彼女が立っていた。

「ニュース見た!?やばいよコレ、マジで」

......見たけど、何が起きてんのかさっぱりだ」

さらにもう一人一ー天瀬琴音あませことね

冷静な幼なじみも、後ろから姿を現す。

「これは......ただの自然災害じゃない。国の一部が、存在ごと"消えてる”」

静かに窓を見つめる琴音の表情が、ただならぬ事態を物語っていた。

沈黙のなかーーまた、あのフラッシュバック。

"父の叫び”

"'巨大な影”

"異形の存在"

「......なんで、今......」

俺の中で、何かが目を覚まそうとしていた。

東京の空は、昨日と変わらず、青かった。


……嘘みたいに、いつも通りだ。


しのぶと琴音が俺の家に駆けつけてきてから、もう二十数分が経っていた。

ふたりは家の目の前にある小さな公園のベンチで、俺が出てくるのを待っている。


テレビでは、さっきからニュースキャスターが何度も同じ言葉を繰り返している。

“外国の人々が、一斉に姿を消した”――そんな現実離れした内容が、画面のテロップに、淡々と流れている。


なのに。

家の外は、まだ“普通”だった。


車は走っているし、近所の子どもがランドセルを背負って笑ってる。

あんな速報を見たあとで、どうやって日常を続けていけるのか、俺にはよくわからなかった。


「……本当に、あれが現実だったのかよ」


制服のシャツを着ながら、独り言みたいに呟いた。

東北で、数万人単位の人間が“消えた”というのに。

東京の朝は、あまりにも平然としていて……それが、逆に怖い。


玄関のドアを開けた瞬間――


「おっそいな、湊!」


案の定、しのぶと琴音が仁王立ちで俺をにらんでいた。

その顔に、どこか安堵の色が浮かんでいたのを、俺は見逃さなかった。


「……ごめん、ちょっと考えごとしてて」


「考える前に顔洗えっての。寝ぐせ、ひどすぎ」


しのぶが笑いながら突っ込んでくる。その声が、なんとか空気を和らげてくれる。

けど、その目には、今朝のニュースの不安が、しっかり残っていた。


俺たちは三人並んで、駅まで歩いた。


「……ねえ、しのぶ」


「ん?」


「警報のこと……学校でも何か言うかな?」


「どうだろ。さすがに、あれだけ報道されたら触れないわけにはいかないでしょ。でも……生徒たちの反応のほうが気になるな」


そう言いながら、しのぶはスマホをいじる。

琴音は無言で、ただ真っ直ぐ前を見据えていた。


駅のホームは、いつも通りの人の波。

陽成高校の校門前も、笑い声が響いていたけど、それはどこか演技じみた明るさだった。


「おはよー!」


「マジで朝のニュースやばくね? フェイクだろ、アレ」


「いやでもさ、地上波全部で流れてたし……」


クラスの空気も、ざわついていた。

みんなが、心のどこかで“現実”を否定しようとしていたのが、見てとれた。


そんな中、俺たち三人は自分の席につく。


そのとき――


「……おはよう、湊くん」


不意に、耳にすっと入ってくる透明な声。

振り返ると、そこに立っていたのは――月詠紅羽だった。


彼女はいつも通りの落ち着いた顔をしていた。

けれど、その瞳はまるで、この教室よりも遥か“遠く”を見ているみたいだった。


「……ああ、おはよう」


俺は、なるべく自然なトーンで返す。

でも、喉の奥に何かが引っかかっていた。


まるで――彼女は、今起きているすべてを“知っている”かのような眼をしていたから。


「東京都第一区からも、人の消失を確認しました――」


その速報が、教室のモニターに映し出されたのは、朝のホームルームが終わった直後だった。


ざわ……と、教室の空気が波打つのがわかる。

けど、誰も声を上げなかった。ただ、息を呑んでスマホの画面を見つめていた。


校内全体が緊張の色に染まった。

廊下を行き交う先生たちの足音がやけに響いていて、普段ならうるさいくらいに騒がしいはずの食堂も、今はまるで図書室みたいに静かだった。


「生徒の皆さんは落ち着いて行動してください。すぐにアナウンスが入ります」


放送室から流れる女性の声も、震えていた。


――結局、俺たちはそのまま体育館に集められた。


クラス単位で整列とか、きっちりした避難訓練なんかじゃなかった。

ただ全校生徒が体育館に詰め込まれ、無造作に床へ座らされるだけ。教師たちの顔からは、余裕も、笑顔も消えていた。


「……第一区だけじゃない。今、埼玉、千葉、神奈川からも消失報告が出てるって」


隣で、琴音がスマホを見せながら小さく呟いた。

画面には、政府の防災アプリ。警告通知が連続で届いていて、通知一覧が真っ赤に染まっていた。


「……マジかよ……」


しのぶも、それを覗き込んで呟いた。

その声に、普段の軽さはなかった。


2120年の今、東京都は“六つの区”に再編されている。

俺たちの住んでる“第二区”は、かつての新宿、渋谷、目黒、中野、杉並あたり。子どもが多く、学校も多くて、いわゆる文教地区ってやつだ。


第一区――さっき“消えた”って報道された場所は、旧・東東京の密集した住宅エリア。

そして今、同時に名前が挙がったのは、東京近郊の全域。


「これ……もしかして、第二区も、時間の問題じゃ……」


誰かがぽつりと呟いた言葉に、俺は返すことができなかった。

今朝まではただの警報だった“人の消失”が、現実として迫ってきてる。


心臓の鼓動が、無駄に大きく鳴ってる気がした。


紅羽は、どこかでまた“何か”を知っているような顔で、こちらを見ていた。

その眼差しが、なによりも静かに怖かった。


――非日常は、もう“外”じゃなく、“すぐそば”にある。


そう確信せざるを得なかった。


「えーと、生徒の皆さん、おはようございます」


体育館に、くぐもった声が響いた。

マイク越しの声――教頭のものだった。


「本日朝からニュースで報じられている件について、国の政府より発表がありました。今日からしばらくの間、陽成高校は臨時休校となります。生徒の皆さんは、落ち着いて自宅へ戻ってください」


……それだけだった。


まるで“この異常事態については、君たちの理解の範疇ではないから”とでも言いたげな、淡々とした説明。

体育館に響く声も、教員たちの表情も、張り詰めた空気を壊すことはなかった。


結局、俺たちはそのまま解散になった。


──そして今、俺は、家の隣に住む幼馴染・琴音と一緒に帰路についていた。


「本当にさ……この世界、どうなっちゃってるの?」


並んで歩く琴音が、不安げな声でつぶやく。

その視線は遠くにあるようで、どこにも焦点を結んでいなかった。


「……俺にも理解できないよ。アメリカとか、韓国とか……外国の人間が、いきなり“消える”なんてさ。リアリティなさすぎて……なんかの壮大なドッキリかもな」


冗談っぽく返したけど、琴音の顔はまったく笑ってなかった。

そりゃそうだ。こんな状況で笑える人間なんて、どこにもいない。


琴音は俺の家の隣で一人暮らしをしている。

もともとは第三区──海沿いの住宅街にある実家で、祖母と一緒に暮らしていたけど、「あんたの真似した」とか言って俺と同じように引越してきた。


俺と違って、彼女は祖母ひとりに育てられた。だからこそ、あの人のことを何より大事にしている。


「なぁ、琴音。ばあちゃんのこと……大丈夫なのか?」


「うん。さっき連絡取れた。“家から出ないで待機してる”って。ほら、おばあちゃんの勘って鋭いから」


彼女はスマホの画面を見せながら、少しだけ微笑んだ。

その笑顔に、少しだけ安心した。けど――それも、すぐに壊された。


午後1時。

政府の調査機関が正式に“行方不明者・約2000人”と発表した。


しかも、その中には東京在住の人間も多数含まれていた。


「……冗談だろ。なんだよ、これ……本当に、“世界の終わり”かよ」


無意識のうちに、俺の口からそんな言葉がこぼれた。


そして――ふと、俺の中に浮かんできた“あの言葉”。


父さんの、最期の言葉。


『湊。この世界は無限にある。だが、お前が選ぶ道は、いつか誰かを殺すだろう』


あの言葉が、ぐるぐると頭の中を回っていた。

理解できない。


……気づいたら、俺は口にしていた。


「琴音。……変なこと言っても、いいか?」


「え? なによ、いきなり」


「もしさ、“世界が無限にある”としたら……どう思う?」


琴音は、目をぱちくりさせた後、俺をジト目で見つめた。


「……え、なにそれ? 昼間っから哲学タイム? っていうか……湊、今日ずっと様子おかしいよ。まぁ、おかしいのはこの世界のほうだけどさ」


「……だよな」


冗談っぽく返したけど、胸の奥では、確信に似た何かが脈を打っていた。

この現象は、偶然なんかじゃない。

何かが起きてる。

それも、俺たちが“知っているはずの現実”じゃ、説明できないことが――。


だからこそ、あの言葉が頭を離れない。


“世界は無限にある”


まるで、それがすべての鍵になるとでも言うように――。


そんなこんなで、俺と琴音は無事(?)に家へたどり着いた。


「それじゃ、なんかあったらすぐ連絡しろよ」


「うん。湊もね」


小さく手を振る琴音と別れて、俺は玄関のドアを閉めた。

ほんの隣にいるってのに、急に距離が遠くなった気がしたのは、きっと気のせいじゃない。


──その夜。


政府からの緊急放送が、テレビとネットで同時に流れた。


『明日より、緊急事態宣言を発令いたします。国民の皆様には不要不急の外出を控えていただき、自粛をお願いいたします。食料および生活必需品につきましては、各地域の自衛隊による配布を行います。さらに、現状の徹底調査を行うべく、“調査庁”を新たに設立いたしました。明日の朝までには、偵察ドローンによる海外の映像を公開できる見込みです』


……いよいよ、世界は“非日常”に足を踏み入れたらしい。

だけど、俺の部屋はいつも通り静かだった。


──ピンポーン。


午後8時、家のインターホンが突然鳴った。

誰だよ、こんな時間に。


……と思ってドアを開けると、そこには、枕を抱えた琴音が立っていた。


「……あの〜、湊がなんか不安そうだったから〜、私が代わりにここで寝てあげようかな〜って!」


「……は?」


一瞬、時が止まった。


いやいやいや、待て。高校生男女が、同じ屋根の下で一晩過ごすだと?

そりゃ世間が混乱してるとはいえ、ラブコメじゃあるまいし。いや、これ、ラブコメか? いや、違う、シリアスだったよな俺たち。


「……な、何言ってんだお前」


「ね〜ぇ、いいでしょ? 一人で寝るのも怖いしさ〜。湊も心配なんでしょ? ほら、そういうときは助け合いっていうかさ?」


「……結局、自分が怖くて来たんだろ?」


「ち、違うしっ!」

あからさまに動揺した琴音の声。耳まで真っ赤になってるし、もう図星以外にないだろそれ。


「……わかったよ。泊まってってもいいけど、変なことすんなよ?」


「変なこと? なにそれ? 変なことって〜」

琴音がにやにやしながら俺を見上げる。


「い、いや、そういう意味じゃなくて、普通にしてろってこと!」


「ふ〜ん? へぇ〜? もしかして、湊、いやらしいことでも考えてた?」


「考えてねぇし!」


冗談でもドキッとするからやめてくれ。

ていうか、もうほんと、女の子ってやつは容赦ない。


──ギュルルゥゥ〜。


……静寂を切り裂いたのは、琴音の腹の音だった。


「……お前もまだ夕飯食ってなかったのか」


「う、うん……」

気まずそうにうつむく琴音。


「しょうがねぇな。俺の手作りでよけりゃ、カレーあるけど……食うか?」


「……うんっ、いただきますっ!」


琴音はパッと顔を輝かせた。

まるで、世界が消えていくなんて嘘みたいに、無邪気な笑顔で。


……こんな夜にも、カレーはちゃんとあったかくて、

人の笑顔は、ちゃんと意味を持っている。


それだけで、少しだけ救われた気がした。


──こうして、長く、混乱に満ちた一日が終わった。


そして、翌日――3月1日。


学校がないからって、俺はすっかり気が抜けて、ベッドの中でダラダラと寝続けていた。

スマホを手に取って時刻と日付を確認すると、画面には《3月1日(金)》の文字。


(ああ、そういえば今年はうるう年だったっけ)


そんなくだらないことをぼんやり考えながら、ベッドの上で伸びをする。

……と、そこでようやく気づいた。


(琴音がいない――)


昨日は一緒に飯食って、そのまま泊まっていったはずなのに、気配がない。

慌てて身を起こし、部屋を見渡す。すると、


「ふっふふ~ん♪」


なんか聞こえた。台所から、妙にご機嫌な鼻歌が。


そっと覗き込んだ瞬間――俺の思考は凍りついた。


「おっはよ〜、湊♪」


笑顔全開の琴音が、朝ごはんを作っていた。


──裸エプロン姿で。


いや待て、これはさすがに視界の暴力すぎるだろ!?

しかもそのエプロン、俺のじゃねえか!!


「おまっ、おまえ……なんちゅー格好してんだぁぁぁぁ!!?」


「えっ、あ〜……ちょっとね、朝風呂して着替えるの面倒だったっていうか?」


平然と答えるなよバカ! いや、バカっていうか、なにその言い訳!?

脳が処理を拒否してるぞこっちは!


「お前、昨日“変なことすんな”って言ったよな!? もう追い出すぞ!」


「ごめんって〜。湊がそんなに恥ずかしがるとは思わなかったもん」


「いや、恥ずかしがるのが普通だからな!?」


ふぅ……やれやれ、朝からこれかよ。


しかも朝食の途中、琴音が突然言い出した。


「ねぇ、着替え取りに戻りたいからさ、ついてきて?」


「……はあ? いや一人で行けよ」


「えー、なんか怖いし。湊と一緒なら安心するんだもん」


こいつ……かわいい声で甘えれば何でも通ると思ってないか?


「……全く、仕方ねぇな」


結局、朝食後に俺は琴音の家まで付き添うことに。

まぁ、隣の家なんだけどな。


──そして、午前11時。


テレビが突然切り替わり、政府からの速報が映し出された。


画面には、昨夜の偵察ドローンが撮影した海外の映像。

そこにあったのは――人のいない、空虚なニューヨークだった。


まるでSF映画のワンシーンのように、ビル群と車の列だけがそこにあって、

人の気配はどこにもなかった。


そして、続くニュースでは昨日の「日本国内の消失」は誤報であり、反社会勢力によるデマだったと発表された。犯人は今朝、すでに逮捕されたとのこと。


「……なんだ、日本はまだ無事ってことか」


俺は、ほんの少しだけ、胸を撫で下ろした。


その横で、琴音がぶすっとした顔で怒鳴る。


「全くもう! こんなときに嘘流すとか、頭おわってんじゃないの!?」


まったくだ。

だけど、海外の“事実”だけは、どうやったって嘘じゃない。


現に、人類の消失は確実に起きている。

世界のどこかで、“何か”が進行している。


それは、まだ俺たちが知らない領域で――静かに、確実に。


一体、何が起きてるんだ……?





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