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復讐令嬢アデラの帰還  作者: 小針 ゆき子
第一章 復讐の始まり
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07 追い詰められるブライアン


「どういうことだ、これは!」

 リロ王国の建国祭からさらに三週間後。

 ブライアンは父であるケンブリッジ国王の前に立たされ、罵声を浴びせられていた。


 ことの発端は、王妹の娘でブライアンの従妹にあたる公爵令嬢イシドラとミキハ公国の公子との婚約が破談になったことだった。

 例の劇は隣国の王侯貴族にまで知られており、ミキハ公国はブライアンとアデラの婚約破棄事件を密かに調べさせていたようだ。イシドラの婚約者の公子は現公王の孫であり、いずれはミキハ公国の頂点に立つ。その婚約者の周囲が騒がしくなり、不審に思って調べるのは当然のことだったのだろう。

 そしてブライアンがヘザーを正妃にするためにアデラに冤罪を被せたことや、アデラの功績をブライアンとレックスが搾取していたこと、そしてアデラを婚約破棄したうえで側妃として囲い込み、使い潰すつもりだったこと、さらにアデラがヘザーをいじめていたという学園では、実際にいじめの被害者と加害者の立場が逆だったということまで調べ上げたようだ。

 だがそれだけならば公爵令嬢には関係のないことであり、悪くても婚約解消で済んだはずだった。

 ところがである。ブライアンの従妹、イシドラ・エッシェンバッハ公爵令嬢はブライアンの婚約破棄にかなり深く関わっていた。

 イシドラは公爵令嬢という身分とその傲慢さゆえに常に一番でなければ気がすまず、ブライアンの婚約者だったアデラを幼い頃から敵視していた。学園で彼女の悪い噂を流していたのはヘザーだけではなかったのだ。むしろ悪評に関してはイシドラの方が主犯だった。学園に入学する頃にはミキハ公国の公子の婚約者となっていたものの、いいや、それがゆえにこの国の未来の王妃と定められていたアデラを追い落とそうと必死だった。下位貴族出身のヘザーがブライアンに寵愛されるようになると、ヘザーと自分となら比べられても優越感に浸れると思ったのだろう、アデラを陥れようとするヘザーに積極的に協力するようになった。

 ブライアンも知っていてそれを止めなかった。味方のいないアデラは教科書を破損されたり水をかけられたり、一人で生徒会の雑用を押し付けられたりとひどい目に遭っていた。そのうえさらに王宮では酷使され、実家では家族にまで無視されていたのだ。

 アデラがやせ細ってぼろぼろになっていくのに心を痛める生徒は多かった。王太子のブライアンや公爵令嬢のイシドラが怖いためにアデラに手を差し伸べられなかった彼らはすでに学園を卒業している。アデラの境遇を調べていたミキハ公国の諜報員はブライアンたちの圧力がかかっていた箱庭から出た彼らに接触した。元同級生たちは罪悪感から、自国の王子とその恋人、そしてそれに便乗した傲慢な公爵令嬢の所業を諜報員に洗いざらい話したのだ。


 ―――そうなのだ。あの劇でヘレネと共にアリシアを追い落としたイザベラ公爵令嬢……そのモデルはイシドラだった。


 ミキハ公国はいくら尊い身分とはいえそんな女が次代の公妃などとんでもないと、分厚い調査書を叩きつけて婚約の話を撤回したというわけである。

 公妃となる華々しい道が急に絶たれたイシドラは半狂乱になった。そしてヘザーを逆恨みし、先日王宮に乗り込むとヘザーに隠し持っていたナイフで襲いかかったのだ。ヘザーは婚約破棄されたイシドラが自分にすがろうとしていると思い、面白半分で面会に応じてしまった。様子がおかしいことに気づいた侍女が騎士を呼んだため、イシドラのナイフの切っ先は寸ででヘザーの肌をかすめずに済んだが、ヘザーは精神的なショックが大きく以来部屋に籠もっている。

 そして結局イシドラが修道院に送られることに決まったのが今日だ。彼女が隣国の公子の婚約者となることで受けられるはずだった恩恵や共同事業がなくなり、大臣たちも混乱している。




「それもこれも全て!貴様があんな安易な婚約破棄をしたからだ!!」

「そ、そんな……」

 あんまりな言い分だった。

「あのときは私とヘザーの婚約に協力してくださったではないですか」

「夜会で派手に婚約破棄したのだ。そうせざるを得なかった。お前はそのあと、うまく後始末をすると言っただろう。なのにこのざまは何だ」

「……」

 ブライアンは唇を噛む。

 アデラは父王が選んだ婚約者だ。身分もそうだが、きちんとすれば容姿は美しく頭脳は明晰で、さらに大人しく従順だった。その婚約をブライアンはヘザーと結婚したいがために破棄したのだ。不意打ちのように婚約を破棄した以上、父を納得させるだけの結果を残さねばならないのは当然だった。リロ王国、ゴーセン王国だけでなく、ミキハ公国にまであの婚約破棄の件で蔑みと敵意を向けられるなんて予想外だった。イシドラの父でブライアンの義叔父であるエッシェンバッハ公爵は、表向きは騒ぎを起こしたイシドラの罪を問わないでくれたと感謝の意を示してくれているが、内心は穏やかではないだろう。父王への忠義は変わりないだろうが、ブライアンが王位に就いた時にその忠義がどうなるかはわからなくなってしまった。


 父王と重臣たちに蔑んだ視線を向けられながらようやく謁見を終えたブライアンは、重い足取りで部屋へと向かっていた。王太子宮に入ったところで、アルフレッドが出迎えてくれる。

「お疲れさまでした、殿下。執務の前にお茶でも淹れましょうか?」

 顔色の悪いブライアンを気遣ってくれるアルフレッドにほっとしながらも、ブライアンは首を振った。

「いや、……すぐにヘザーに会って話さねばならないことがあるのだ。彼女は部屋にいるのか?」

「はい。いまだ誰にも会おうとなさいません」

「そうか……」

 襲われたショックで引きこもっているヘザーに、これからさらに辛い報告をしなければならない。ブライアンは重い足取りで彼女の部屋へと向かった。

「……ヘザー、私だ、ブライアンだ。そのままでいいから聞いてくれないか?」

「ブライアン様!」

 ブライアンの声を聞くなり、ヘザーが駆け寄る気配がして勢いよく扉が開いた。

「ブライアン様!やっと来てくださったのですね。ヘザーは……ヘザーは心細うございました!」

「ヘザー……」

「さあ、中にお入りになってください。侍女を呼んでお茶の用意を……ブライアン様?」

「ヘザー、聞いてくれ。私達の結婚式のことだ」

 ブライアンの硬い表情に、ヘザーの口元がこわばった。

「……延期になった」

「そんな!」

「今の状態では式を挙げることはできないという国王陛下のご判断だ。父上には逆らえない」

「そんな……」

「すまない」

 ブライアンはそれだけ言うと、ヘザーの部屋に入ることなく来た廊下を引き返した。明日になって彼女が落ち着いたら、ゆっくり慰めてやろう……そう自分に言い訳して。




 数日後。

 国王は再びブライアンを呼び出していた。

「……言いたいことはわかっておるな?」

「……はい、国王陛下」

 数日しか経っていないというのに、ブライアンはげっそりとやつれていた。かつてのきらびやかな美男子が見る影もない。

「お前とヘザーとの婚約は破棄だ。まさか護衛騎士と駆け落ちするとは……婚約者のいる男を寝取るだけはある」

 ヘザーはブライアンに結婚式の延期を告げられた翌日、騎士のミーノスと姿を消した。ブライアンが与えた宝石を持てるだけ持って行ったようなので、それを換金すればすぐに行方は知れるだろう。そして王宮警らに捕まった彼らはすぐに消されるはずだ。

 国王からすれば、手間が省けたと思っているのかも知れない。

 結婚式の延期はつまり、ヘザーとの結婚は認められないということだった。国王はヘザーを切り捨てることを随分前から決めていたようだ。ヘザーを一度実家に戻し、頃合いを見て始末させるつもりだったのだろう。

「ブライアン、お前には新しい妻を見つける。さっさと子を作れ」

「……」

 ブライアンも見放されたようなものだった。国王はブライアンには王位を譲らず、ブライアンの子供を後継にすることに決めたようだ。

 次にあてがわれる女は、婚約期間をたいしておかず、すぐに結婚させるのだろう。側妃の存在も容認できる、そこそこ身分の高い令嬢になるはずだ。もうブライアンには選ぶ権利すらない。


(―――どうしてこんなことに)

 父には見放され、重臣たちには蔑まれ、国民たちには嗤われている。

 愛しい女を手に入れ、輝く王冠を頭に載せ、皆にかしずかれながらいずれこの国の頂点に立つはずだったのに。

 ブライアンのこれからの未来に光は見えなかった。




「まさかミーノスと駆け落ちするとは思わなかったよ」

 アルフレッドはタイを外しながら愉快そうに呟く。

《あら、白々しい。あの二人をその気にさせたのはあなたじゃない》

「僕は本当のことしか言ってないよ。ヘザー嬢には、国王陛下に命を狙われてるって親切に教えてあげたんだよ。むしろ感謝してほしいな」

《ミーノスにはお金と脱出路を教えてあげてたじゃない。しかも宝石をわざわざ持っていって、追跡を撒くために捨てろって》

「ミーノスはいい奴だよ?王子に婚約破棄されたアデラの腕を捻り上げ、乱暴に馬車に押し込んだ。愛しいヘザー嬢のためにそこまでできるなんて大したもんだよ。彼の純愛を応援してあげただけさ」

《なるほどねー。騎士を巻き込むなんておかしいと思ってたのよ。あなたに乱暴したクソ野郎ミーガンのモデルだったわけね》

 くくっ、とアルフレッドが笑った。……いや、いつの間にか、その姿は変わっていた。

 鏡に映るその姿は、文官アビーであり、女優アンヌマリーであり、……そして侯爵令嬢アデラ・クラークだった。



《ところで王太子はあれでいいの?レックスやヘザーに比べるとぬるい復讐じゃない?》

「いいのよ、あれで。それに仮にも王太子が行方不明になったりしたら大騒ぎになるじゃない。まだそれは困るのよ」

《でも王太子なら、もしかしたら這い上がってくるかも》

「あの甘ちゃん王子が自力で王冠を勝ち取るならばそれでもいいわ。できるならだけどね。……正直、あの男にそこまで思い入れはないのよ。私の本当の復讐対象はブライアンじゃないもの」


 ブライアンはアデラを粗略に扱い、苦しめ、悲しませたことは間違いない。

 だが彼は結果的にアデラを救っているのだ。もしブライアンがアデラを婚約者として丁重に扱っていたら、()()はアデラに王子の婚約者として致命的な怪我を負わせるなりして引きずり下ろし、何としても不幸にしただろう。ブライアンがアデラをそこそこ不遇にしていたからこそ彼らはアデラをそのままにしていたのだ。

 決してブライアンに感謝はしないが、アデラはされたこと以上のことを彼にするつもりはない。ブライアンはアデラの命までは脅かさなかった。だからアデラもブライアンを殺したりはしない。

 イシドラは公爵家から除籍されて生涯修道院、ヘザーとミーノスは今は盛り上がっているだろうが、温室育ちの彼らはやがて困窮して路頭に迷うだろう。王宮と学園でアデラを虐げていた彼らは各々に相応しい末路を辿った。

 捕らえて甚振っていたレックスも、先日記憶を消してから辺境の街に捨ててきた。今頃残飯でも漁っているはずだ。


「―――さあ、やっと本命よ」


 今までのはデモンストレーションだ。

 種はいくつか撒いたが、本来の目的は自分の力がどこまで通じるのか、周囲を騙せるのか試すことだった。

 魔法で姿を変えてしまえば、レックスもブライアンもそこにいるのがアデラだと気づかなかった。

 

「―――必ず復讐してやる」

 次からは容赦はしない。

「ジェマ、イーサン、そしてダニエル・クラーク……。あんたたちを必ず破滅させてやる」


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